第2理科室 「先生!セクハラとパワハラって、どっちが優先順位高いんですか!?」
美春「やっべぇ、谷間に汗疹できたわ」
夏樹「グッ・・・グゥゥウウウウッ・・・」
「あら、なっちゃん、今日もオレンジジュースみたいな顔してるわね」
そうみーちゃんがにこやかに言い放ったのを受けて、僕の背筋は凍りつく。
余りに意味不明なその出会い頭の挨拶は、果たして挨拶なのかと世に問えば、100人のうち120人が困った顔をして「いや、わかんねーよ」と素で返すことしかできないものであった。
しかし、そこは流石に幼馴染である。
きっとこの女はなっちゃんに喧嘩を売ってるんだろうなーとヒシヒシと感じる。
流石だろ?と世に問えば、100人のうち180人が「いや、そうでもねーよ、誰でもわかるよ」と真顔で返さない気がしないでもないが、そんなことは僕の知ったことではない。
とりあえず僕は早急にこの場をなんとかしなくてはいけないのだ。
折角の花の高校生活である。
鼻ではない、花なのだ。
鼻くそまみれな高校生活を送る気は、僕には毛頭ない。
幼馴染どうし、なぜ争わなければならんのだ。
手と手を取り合い。
共に青春を謳歌しようではないか。
時に助け合い、時に励ましあい、美しい友情とともに鬱屈としながらも一度しかないこの高校生活を―――――――――。
「相変わらず地味ね、なっちゃん、そんなことだからオランダの親戚みたいな名前の微炭酸ごときにコンビニの棚のスペースを奪われるのよ?やーい、地味子~」
このクソみーちゃん!!!!!!!!!
山中美春はほがらかに微笑んでいた。
何人の男どもがこの微笑みに騙されているのだろう。
僕は、戦わなければならない。
このクソみーちゃんに騙されているいたいけな子羊たちを守るために。
青春という迷路の中で、顔面に天使のツラを下げて裏でほくそ笑む悪魔にほだされていく迷える思春期の男たちを救わなければならない!
と、僕が決意も新たに闘志を燃やし始めたのも束の間、ベキンッ!!!!と派手な音を立ててなっちゃんが手を置いていたドアの取っ手部分が陥没したものだから、僕の決意は「ヒィッ!?」という悲鳴と共に霧散飛翔したのであった。
恐るおそるではあったが、僕はなけなしの、ありんこのコップ程の容量しかない勇気を振り絞ってなっちゃんの顔に視線を定める。
セミロングにカットしたおかっぱにも近い髪をメドューサのように逆立て、ギィィイイイインッと派手な効果音でも背景につきそうな程、瞳孔を収縮させた怒りに打ち震えるなっちゃんが、そこに立っていた。
あぁ・・・今のなっちゃんならきっと人外ひしめく天下一武闘会でも右手一本で優勝できるであろう。
よく、この殺気で僕は死なないなぁ、と自分を賞賛したくなるほどの、殺意の波動に目覚めたなっちゃんであった。
「美春・・・あんた喧嘩売ってんの・・・?」
ユラリ、となっちゃんが獲物を前にした蛇のような目をして動く。
僕は神様に「どうか僕だけでも巻き込まれませんように、連れて行くならみーちゃんだけにしてください」と願うことしかできないような、そんな圧力を伴っていた。
「えー、なっちゃん、先輩に向かって呼び捨てー?ないわー、そんな子に育てた覚えないのに、そりゃないわー。みーちゃんがっかりだわー」
しかし一方のみーちゃんはどこ吹く風である。
相も変わらずにこにこと微笑むその顔に、出来るのであれば渾身のコークスクリューブローを叩き込んでやりたい。
今だけは、男は女に手を上げてはいけないという世の中の風潮に声を大にして異を唱えたい気分である。
男女平等パンチが流行語大賞に選ばれれば良いのに。
きっとこの理不尽な状況を打開する、大きな切り札になるはずだ。
フワァアアア、と幽霊のように音を立てずにみーちゃんの眼前2cmまで接近したなっちゃん。
もし仮になっちゃんが、顔面を怒りのあまり蒼白にして、ヤクザさんでもたじろぐであろう眼光でもって「オ、コラ?ア、コラ?」とガンをくれていさえしなければ、女子高生2名による倒錯したバラ色の結末を迎えてもおかしくなさそうな二人の位置関係である。
しかし、その時の僕には残念ながら「キャッ//」と顔を赤く上気させながら目を手で覆うような余裕は存在しなかった。
二人の間で、僕は相変わらずみーちゃんにチョークスリーパーを決められているのである。
凍傷を起こしてもおかしくないなっちゃんの殺意を伴った冷気が頭上から降り注ぎ、火災を起こしてもおかしくない二人の視線の交差点で生まれる火花がチリチリと、僕の最低でも50代までは付き合っていきたい大事な髪の毛を焦がしているのである。
例え後頭部にミス青陵の胸が押し付けられ、眼前にソフト部の人気者の(とても、うすい)胸が迫ろうとも、決して僕は二度とこのシチュエーションを望まないであろう。
逃げ出さなければ!!
僕は心の底からそう思った。
今逃げなければ、僕は死ぬ!
大げさでもなんでもない。
この争いに巻き込まれてしまったが最後、僕を待つのは死のみである。
僕は戦争など好きではないのだ!
頭上に意識を飛ばせば、ハンカチを手に神様が「ガンバレー!今全力を出さずにいつ出すんだー!ガンバレー!」と涙ながらに絶叫する姿が見える。
ぼく、逃げるよ!
と僕が神に誓い、みーちゃんの腕から逃れようと僅かに身をよじったその瞬間。
見計らったようにして、みーちゃんが、いや、クソみーちゃんが僕の事を、パッ、と離したのであった。
何を言っているかわからないと思うんだが、僕だって何をされたのか全くわからない。
頼むから、誰か教えてくれ。
僕がこっそり買い集めたメイドキャラフィギュアを全部あげたって構わない。
なんで、ただ自分の命を大事にしたかっただけの僕が
「龍二・・・死にたいの・・・?」
なっちゃんの胸に顔面から突っ込んだ状態で静止していなければならないんだ。
ガバァッっと僕はその身を起こす。
しかし不幸にして、僕の腹筋は自分の不安定な上半身をその力だけでもってして起き上がらせることはできず、さらにさらに不幸にして激しく混乱状態に陥っていた僕の精神は正しい判断でもって回避行動を取ることができず
なっちゃんからその身を遠ざけようとするあまり、なっちゃんの胸を両手で押し返す凶行に及んでしまっていた。
傍目には、僕がなっちゃんの(可哀想になるくらい薄い)胸を鷲掴みにしているように、映らないでもない。
しかも僕の後頭部付近にはなにやら柔らかい、「あーこれが本物だよね、なっちゃんのは、にせものー」と言いたくなるような感触がボイーンと伝わってくるではないか。
あぁ夢のようである。
男ならば、この状況、死んででも一回は経験したいと思うであろう。
夢であればいいのに・・・本当の死を目の前にして、そんな思いはただのイマジンであると僕は期せずして気づいてしまったのだ。
「ち、ちちちちち、ちち、違うんだ!!!!!なっちゃん!!!!」
「もー、龍くんエッチすぎ!乳乳いうんじゃありませんっ!」
「あんたは黙っててくれみーちゃん!!!!!!」
「手・・・離してくんない・・・?」
ギロォォオオオオオオッ、と、何故か殺意の方向を僕へと変化させながらなっちゃんが視線を定めてくる。
言われなくたって、離します。
望むところである。
「本当にこれは違うんだなっちゃん!!!!僕は君の胸を掴むつもりなんて毛頭なかった!!!」
「掴むほどの胸ないしね」
「みーちゃん!!!!!!代わりにテメェの胸もんでやろうか!?黙っててくれ!!」
「へぇ・・・龍二は美春の胸触りたいの・・・?」
「なっちゃん!!君の怒りの矛先が何に向いているのか僕にはさっぱりだ!!!!」
「いいよ、ほら、こいよ」
「みーちゃん!!!!!!お願いだから消えてくれ!!!!頼む!!!このとおりだ!!!!死ねとは言わない!!!!消えなさい!!!!!」
「とりあえず」
となっちゃんがググゥッ・・・と拳を後方へ振りかぶる。
僕の頭上では神様が「イヤァァァアアアアアア!逃げてぇぇぇぇえええええ!!」と絶叫していた。
「龍二は、反省しろ」
その言葉を最後に、僕の意識は天へと旅立った。
ハロー神様☆
君だけだよ、僕に優しいのは。
花ではない、華である。
次回更新予定は2016年です。よろしくお願いします。