表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/36

帰り道

「いや、それはさすがに無理ですよ……!だって、相手は────大公家の騎士ですよ!」


 『無視なんて出来ないです!』と叫び、ウィルは必死になって私を説得してくる。

────が、私は頑として目を開けない。


「……」


「お嬢様……!」


「……」


「お願いですから、きちんと対応してください!」


「……」


 ウィルの懇願に、私は無反応を貫く。

だって、これ以上他人に振り回されるのは嫌だから。

アルティナ嬢やヘクター様のせいで、こちらは既に疲労困憊のため放っておいてほしかった。

『せめて、三日……いや、五日は休ませてくれ』と願う中、ウィルが大きな溜め息を零す。


「どう対応するかは、お嬢様の勝手ですが……このままだと、きっと屋敷までついてきますよ」


 『あちらに引き下がる気はなさそうだ』と主張するウィルに、私は思い切り眉を顰めた。

どれだけ無視を決め込もうが、最終的には対応しなければいけない事実に気づき、悶々とする。

『大人しく、一旦帰りなさいよ』と心の中で文句を言いつつ、渋々目を開けた。


「……しょうがないわね」


 ウィルの説得……というか、騎士の執念に折れた私は御者に指示して一度馬車を止める。

すると、馬に乗って並走していた騎士も停止し、下乗した。

礼儀正しくお辞儀する彼を前に、私とウィルも馬車を降りる。

そして、大公家の騎士と真正面から対峙した。


「我が主君ルイス様より、お手紙を預かってきました。出来るだけ早く開封し、返事を寄越すようにとのことです」


「はあ……」


 疲労のあまり気を抜けた返事しか出来ない私は、差し出された手紙をまじまじと見つめる。

『ただ手紙を届けるだけなら、明日以降でも良かったじゃない』と、内心毒づきながら。

オセアン大公家の封蝋が施された黒い封筒を手に取り、私は『確かに受け取りました』と述べた。

続けざまにお礼を言う私の前で、騎士は静かに頭を下げる。


「じゃあ、自分はこれで」


 それだけ言って馬に飛び乗ると、騎士は直ぐに来た道を引き返した。

どんどん小さくなっていく騎士の後ろ姿を前に、私は手元に視線を落とす。


「ウィル」


「ダメですよ、お嬢様。第二公子から頂いたお手紙を紛失なんて、論外です」


「……じゃあ、うっかりインクを零して文字が読めなくなったことにするわ」


 『いっその事、燃やすのもありね』と言い、私は手紙を読まずに済む方法を模索する。

何がなんでも休みたい私を前に、ウィルはやれやれと肩を竦めた。


「はぁ……大事な要件だったら、どうするんですか?それこそ、決闘のアレ(・・)とか……」


「……言わなきゃ、バレないわよ」


「それは分かりませんよ?ルイス公子は非常に優秀で、勘の鋭い方だと噂されてますから」


 『もっと警戒するべきだ』と主張し、ウィルは手紙を確認するよう強く勧めてくる。

その剣幕に押され、私は仕方なく……本当に仕方なく手紙の封を切った。


「分かったわよ。読めばいいんでしょう」


 半ばヤケクソになりながらもウィルの説得に応じ、私は中から一枚の便箋を取り出す。

綺麗に折り畳まれたソレをおもむろに広げると、文章に目を通した。

いきなり騎士を派遣した謝罪やら、誕生日パーティーに出席してくれたお礼やら書かれているが、面倒なので読み飛ばす。

『本題はどこに書いてあるのよ』と思いながら読み進め、一つ息を吐いた。


 はぁ……全く読めない────ルイス公子の考えが。


 『結局、要件は何なのよ』と、釈然としない気持ちで便箋を見下ろす。

────と、ここでウィルが顔を覗き込んできた。


「あの、お嬢様……ルイス公子はなんと?」


 おずおずといった様子で質問を投げ掛けてくるウィルは、僅かに表情を強ばらせる。

『アレに勘づいたのか?』と本気で心配し、青の瞳に不安を滲ませた。

ゴクリと喉を鳴らす彼の前で、私は手に持った便箋を裏返す。

そして、手紙の文面をウィルに見せた。


「狙いはまだ分からないけど────私と公子の()()で、食事がしたいそうよ」


 『お出掛け(デート)に誘われた』と説明し、私は憂いげな表情を浮かべる。

だって、本当の目的は間違いなく別にあるから。

『一体、何を企んでいるのやら……』と警戒する私を他所に、


「えぇー!?」


 というウィルの絶叫が、辺りに響き渡った。


◇◆◇◆


 ────第二公子の誕生日パーティーから、二週間後。

私は嫌々ながら、ルイス公子と食事することになった。

というのも、両親に押し切られたから。


 最初はのらりくらり躱していたのだけど、ルイス公子がついに痺れを切らしちゃって……お父様とお母様に直談判したのよね。

で、ちょうど私の婿を探していた両親が諸手を挙げて大賛成。

ルイス公子は一言も『レイチェル嬢と婚約を考えている』なんて、言ってないのに……。


 ここ数週間の出来事を振り返り、私は『はぁ……』と深い溜め息を零す。

半ば強引に外へ連れ出されたことに不満を抱いていると、ルイス公子が小首を傾げた。


「おや?顔色が悪いですね。もしや、鹿肉のソテーはお好きじゃありませんか?」


 テーブルを挟んだ向こう側に座る彼は、食事の手を止める。

『リサーチ不足ですみません』と謝罪しつつ、メニュー表を手に取った。

かと思えば、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。


「コース限定の料理も含めて、全部持ってきてください。ただし、鹿肉は抜くように。あっ、デザート類は食後にお願いしますね」


 慣れた様子で追加の料理を注文し、ルイス公子はメニュー表を閉じた。

さすがは大公家の人間とでも言うべきか……金の使い方が大胆且つ豪快だ。

『桁を間違って計算していないか?』と思う程度には。


 ここは一食、最低でも五十金貨掛かる。

それなのに、ほぼ全品頼むなんて……おまけに貸し切りだし。


 空席だらけの店内を見回し、私は『食事だけで一体いくら掛かっているんだ……』と思案する。

ルイス公子の奢りだから、勘定を気にする必要はないのだが……怖いもの見たさで知りたくなった。

『さすがに金額を探るのは失礼か』と悩む私を他所に、追加の料理とテーブルが運ばれてくる。

スピーディー且つ丁寧に新しいテーブルを設置し、料理を並べる店員達は最後に一礼して後ろへ下がった。

三つのテーブルで何とか収まる量の料理を前に、ルイス公子は『さあ、食べましょう』と促す。

そして、私がスープを口に含むと、満足そうに微笑んだ。


「お味はいかがですか?」


「美味しいです」


「それは良かった。外食にはあまり行かない方だと伺っていたので、少し不安だったんですよ。食へのこだわりが強いのではないか?と」


「『食べられれば何でもいい』とまでは言いませんけど、こだわりは薄い方です。嫌いな食べ物も、特にありませんし」


 食に淡白……というか適当な私に、ルイス公子は『そうですか』と相槌を打つ。


「では、またお誘いしてもよろしいですか?」


「……またですか?」


 思わぬ申し出にピタッと身動きを止める私は、レンズ越しに見える黄金の瞳をじっと見つめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ