帰り道
「いや、それはさすがに無理ですよ……!だって、相手は────大公家の騎士ですよ!」
『無視なんて出来ないです!』と叫び、ウィルは必死になって私を説得してくる。
────が、私は頑として目を開けない。
「……」
「お嬢様……!」
「……」
「お願いですから、きちんと対応してください!」
「……」
ウィルの懇願に、私は無反応を貫く。
だって、これ以上他人に振り回されるのは嫌だから。
アルティナ嬢やヘクター様のせいで、こちらは既に疲労困憊のため放っておいてほしかった。
『せめて、三日……いや、五日は休ませてくれ』と願う中、ウィルが大きな溜め息を零す。
「どう対応するかは、お嬢様の勝手ですが……このままだと、きっと屋敷までついてきますよ」
『あちらに引き下がる気はなさそうだ』と主張するウィルに、私は思い切り眉を顰めた。
どれだけ無視を決め込もうが、最終的には対応しなければいけない事実に気づき、悶々とする。
『大人しく、一旦帰りなさいよ』と心の中で文句を言いつつ、渋々目を開けた。
「……しょうがないわね」
ウィルの説得……というか、騎士の執念に折れた私は御者に指示して一度馬車を止める。
すると、馬に乗って並走していた騎士も停止し、下乗した。
礼儀正しくお辞儀する彼を前に、私とウィルも馬車を降りる。
そして、大公家の騎士と真正面から対峙した。
「我が主君ルイス様より、お手紙を預かってきました。出来るだけ早く開封し、返事を寄越すようにとのことです」
「はあ……」
疲労のあまり気を抜けた返事しか出来ない私は、差し出された手紙をまじまじと見つめる。
『ただ手紙を届けるだけなら、明日以降でも良かったじゃない』と、内心毒づきながら。
オセアン大公家の封蝋が施された黒い封筒を手に取り、私は『確かに受け取りました』と述べた。
続けざまにお礼を言う私の前で、騎士は静かに頭を下げる。
「じゃあ、自分はこれで」
それだけ言って馬に飛び乗ると、騎士は直ぐに来た道を引き返した。
どんどん小さくなっていく騎士の後ろ姿を前に、私は手元に視線を落とす。
「ウィル」
「ダメですよ、お嬢様。第二公子から頂いたお手紙を紛失なんて、論外です」
「……じゃあ、うっかりインクを零して文字が読めなくなったことにするわ」
『いっその事、燃やすのもありね』と言い、私は手紙を読まずに済む方法を模索する。
何がなんでも休みたい私を前に、ウィルはやれやれと肩を竦めた。
「はぁ……大事な要件だったら、どうするんですか?それこそ、決闘のアレとか……」
「……言わなきゃ、バレないわよ」
「それは分かりませんよ?ルイス公子は非常に優秀で、勘の鋭い方だと噂されてますから」
『もっと警戒するべきだ』と主張し、ウィルは手紙を確認するよう強く勧めてくる。
その剣幕に押され、私は仕方なく……本当に仕方なく手紙の封を切った。
「分かったわよ。読めばいいんでしょう」
半ばヤケクソになりながらもウィルの説得に応じ、私は中から一枚の便箋を取り出す。
綺麗に折り畳まれたソレをおもむろに広げると、文章に目を通した。
いきなり騎士を派遣した謝罪やら、誕生日パーティーに出席してくれたお礼やら書かれているが、面倒なので読み飛ばす。
『本題はどこに書いてあるのよ』と思いながら読み進め、一つ息を吐いた。
はぁ……全く読めない────ルイス公子の考えが。
『結局、要件は何なのよ』と、釈然としない気持ちで便箋を見下ろす。
────と、ここでウィルが顔を覗き込んできた。
「あの、お嬢様……ルイス公子はなんと?」
おずおずといった様子で質問を投げ掛けてくるウィルは、僅かに表情を強ばらせる。
『アレに勘づいたのか?』と本気で心配し、青の瞳に不安を滲ませた。
ゴクリと喉を鳴らす彼の前で、私は手に持った便箋を裏返す。
そして、手紙の文面をウィルに見せた。
「狙いはまだ分からないけど────私と公子の二人で、食事がしたいそうよ」
『お出掛けに誘われた』と説明し、私は憂いげな表情を浮かべる。
だって、本当の目的は間違いなく別にあるから。
『一体、何を企んでいるのやら……』と警戒する私を他所に、
「えぇー!?」
というウィルの絶叫が、辺りに響き渡った。
◇◆◇◆
────第二公子の誕生日パーティーから、二週間後。
私は嫌々ながら、ルイス公子と食事することになった。
というのも、両親に押し切られたから。
最初はのらりくらり躱していたのだけど、ルイス公子がついに痺れを切らしちゃって……お父様とお母様に直談判したのよね。
で、ちょうど私の婿を探していた両親が諸手を挙げて大賛成。
ルイス公子は一言も『レイチェル嬢と婚約を考えている』なんて、言ってないのに……。
ここ数週間の出来事を振り返り、私は『はぁ……』と深い溜め息を零す。
半ば強引に外へ連れ出されたことに不満を抱いていると、ルイス公子が小首を傾げた。
「おや?顔色が悪いですね。もしや、鹿肉のソテーはお好きじゃありませんか?」
テーブルを挟んだ向こう側に座る彼は、食事の手を止める。
『リサーチ不足ですみません』と謝罪しつつ、メニュー表を手に取った。
かと思えば、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。
「コース限定の料理も含めて、全部持ってきてください。ただし、鹿肉は抜くように。あっ、デザート類は食後にお願いしますね」
慣れた様子で追加の料理を注文し、ルイス公子はメニュー表を閉じた。
さすがは大公家の人間とでも言うべきか……金の使い方が大胆且つ豪快だ。
『桁を間違って計算していないか?』と思う程度には。
ここは一食、最低でも五十金貨掛かる。
それなのに、ほぼ全品頼むなんて……おまけに貸し切りだし。
空席だらけの店内を見回し、私は『食事だけで一体いくら掛かっているんだ……』と思案する。
ルイス公子の奢りだから、勘定を気にする必要はないのだが……怖いもの見たさで知りたくなった。
『さすがに金額を探るのは失礼か』と悩む私を他所に、追加の料理とテーブルが運ばれてくる。
スピーディー且つ丁寧に新しいテーブルを設置し、料理を並べる店員達は最後に一礼して後ろへ下がった。
三つのテーブルで何とか収まる量の料理を前に、ルイス公子は『さあ、食べましょう』と促す。
そして、私がスープを口に含むと、満足そうに微笑んだ。
「お味はいかがですか?」
「美味しいです」
「それは良かった。外食にはあまり行かない方だと伺っていたので、少し不安だったんですよ。食へのこだわりが強いのではないか?と」
「『食べられれば何でもいい』とまでは言いませんけど、こだわりは薄い方です。嫌いな食べ物も、特にありませんし」
食に淡白……というか適当な私に、ルイス公子は『そうですか』と相槌を打つ。
「では、またお誘いしてもよろしいですか?」
「……またですか?」
思わぬ申し出にピタッと身動きを止める私は、レンズ越しに見える黄金の瞳をじっと見つめた。