勝敗
「さて────決闘の場も整ったことですし、早速始めていきましょうか。まずは決闘を挑んだ側のアルティナ嬢から、宣誓をどうぞ」
審判役を務めるルイス公子は、伝統に従って決闘の意思確認と決意表明を促す。
これはある種の儀式であり、決闘を取り止める最後のチャンスでもあった。
『引き返すなら、今のうちだけど……』と考える中、アルティナ嬢はチラリと後ろを振り返る。
そこには、ヘクター様の姿があった。
『俺のためにそこまで……!』と感動する彼を前に、アルティナ嬢はギュッと手を握り締める。
「私────アルティナ・ローズ・メイラーはレイチェル・アイレ・ターナーとの決闘で正々堂々と戦い、全力を尽くすことを誓います。審判役たるルイス・レオード・オセアンの判断の元、決められた勝敗に従い、否を唱えることはありません。また、決闘中に起こった出来事は全て自己責任であり、謝罪や補填は求めないと宣言します」
凛とした面持ちで前を見据え、アルティナ嬢は宣誓を終えた。
覚悟が窺える真剣な表情を前に、私もさっさと宣誓を行う。
内容はアルティナ嬢と全く同じなので、スラスラと言えた。
────と、ここでルイス公子が新品と思しきトランプをテーブルの上に置く。
「両者の宣誓、しかと聞き届けました。では、これより────アルティナ・ローズ・メイラー男爵令嬢とレイチェル・アイレ・ターナー伯爵令嬢の決闘を執り行います」
声高らかに開始を宣言したルイス公子は、改めて決闘内容を説明する。
そして、両者の認識に齟齬がないか確認すると、トランプをアルティナ嬢に渡した。
「こちらは何の変哲もない、普通のトランプです。どうぞ、ご査収ください」
『怪しいことはない』と証明するためカードを調べるよう促すルイス公子に、アルティナ嬢は頷く。
おずおずといった様子でトランプの束を裏返し、数字やマークの描かれた面に目を向けた。
そのままトランプを広げ、一枚一枚に目を通していく彼女の前で、ルイス公子は言葉を続ける。
「普通のトランプだと確信出来ましたら、一度よくシャッフルしてから一枚カードをお選びください」
『カードに不備があれば申告を』と言い、ルイス公子はこちらへ目を向けた。
「それと、レイチェル嬢には申し訳ありませんが、念のため目隠しをして頂きます。これも公平を期すためですので、どうかご理解ください」
審判の権限を活かし、不正防止措置を取るルイス公子はパンパンッと軽く手を叩く。
すると、侍女の一人が私の背後に回り、黒い帯状の布を目元にそっと当てた。
かと思えば、後頭部辺りで強めに布を縛る。
これで完全に視界は奪われた。
アルティナ嬢の引いたカードを盗み見ることはもちろん、観客からこっそり教えてもらうことも出来ない。
実に合理的な対応に内心拍手を送る中、カードの擦れるような音がしばらく続いた。
かと思えば、ペラッと何かを巡るような音が聞こえる。
「アルティナ嬢が今、カードを引きました。内容を当ててください」
審判役たるルイス公子の言葉に、私はコクリと頷いた。
と同時に、神経を研ぎ澄ます。
視界を奪われて聴覚が過敏になったのか、風の音がやけに大きく聞こえた。
「それは────スペードの8ですね」
「「「!!?」」」
一切言い淀むことなく回答を述べた瞬間、周囲がどよめく。
目が見えずとも、彼らの動揺や困惑は感じ取れた。
「せ、正解です……」
ルイス公子は若干上擦った声で一回目の成否を述べ、ゴクリと喉を鳴らす。
『先程までの余裕はどこへやら』と肩を竦める中、彼は大きく息を吐いた。
「つ、次のカードを引いてください」
「……引きました」
「では、レイチェル嬢。その内容を当ててください」
驚きながらも決闘を進行していくルイス公子に促され、私は口を開く。
「……ハートの2」
「残念ながら、違います」
『正解はクローバーの6です』と補足し、ルイス公子は安堵の息を吐いた。
不正解だったからか、少しホッとしているらしい。
立て続けに正解だと、自分の裁量不足を疑われるからだろう。
不正防止措置に問題があったのではないか?と。
なので、『先程の正解はマグレだった』ということにしておくのが最善だった。
「アルティナ嬢、最後のカードを引いてください」
「はい」
ルイス公子に言われるがまま、アルティナ嬢はカードを引く。
先程と同じ物音が鼓膜を揺らす中、周囲は静まり返った。
どこか緊張したような……でも、ちょっと期待しているような空気が流れ、最後の一戦に思いを馳せる。
「今しがた、最後のカードを引きました。レイチェル嬢、内容を当ててください」
審判役たるルイス公子は心做しか先程より硬い声で、回答するよう促してきた。
と同時に、ふわりと柔らかい風が私の頬を撫でる。
悪いけど、勝利は頂いていくわ。
「────赤のジョーカー」
確信を持った声色で躊躇うことなく、回答を口にした。
すると、周囲の人々がハッと息を呑む。
動揺のあまり言葉を失っているのか、しばらく沈黙が流れた。
かと思えば────
「正解です……」
────というルイス公子の一言で、みんな我に返る。
そして、戸惑いを露わにした。
『何故、二回も正解を言い当てられたのか?』と。
運がいいと言ってしまえばそこまでだが、違和感を覚えるのは当然のことだった。
『まあ、予想通りの反応ね』と思いつつ、目隠しを取れば、ルイス公子の思案顔が視界に入る。
『腑に落ちない』といった様子で下を向く彼は、顎に手を当てて考え込んだ。
────が、どれだけ思い返しても不正行為を感知出来なかったようで最終的に諦める。
アルティナ嬢は藁にも縋る思いで、ルイス公子を見つめているけど……。
私の粗探し……もとい、不正行為の摘発を行って決闘結果を無効にしてほしいみたい。
それが出来るのは、審判役だけだから。
『まあ、無理だろうけど』と考える中、ルイス公子はコホンッと一回咳払いした。
その途端、周囲の人々は一斉に口を噤む。
「今回の決闘は二勝一敗で、レイチェル・アイレ・ターナー伯爵令嬢の勝利となります。皆さん、大きな拍手を」
案の定とでも言うべきか、決闘結果が覆ることはなく……私側の勝利のまま幕を閉じた。
話し声を掻き消すほどの盛大な拍手と共に。
「まあ────……のお嬢様からすれば、当然の結末ですよね」
この場で唯一私の秘密を知っているウィルは、呆れたように肩を竦める。
『馬鹿だなぁ……』とでも言うような目で、アルティナ嬢を見つめながら。
哀れみさえ感じる表情を浮かべ嘆息するウィルに、私は『さっさと帰るわよ』と促した。
そしてルイス公子に挨拶すると、引き止めてくる周囲の人々を振り切って帰路へ就く。
またアルティナ嬢やヘクター様に絡まれたら嫌だから、強引にお暇させてもらったわ。
『さすがに体が持たない』と嘆きつつ、座席の背もたれに寄り掛かってぐったりする。
『これほど疲れたパーティーは初めてだわ』と溜め息を零す中────不意に馬車の小窓をノックされた。それも、外側から。
「……ウィル、私達は何も聞かなかった。いいわね?」
遠回しに『知らんふりしろ』と指示し、私はそっと目を閉じる。
『このまま本当に寝てやろう』と画策する中、ウィルは慌てたように私の肩を揺さぶった。
「いや、それはさすがに無理ですよ……!だって、相手は────大公家の騎士ですよ!」