決闘の申し込み
「私────アルティナ・ローズ・メイラーは、レイチェル・アイレ・ターナー伯爵令嬢に決闘を申し込みます!」
そう言って、アルティナ嬢はグローブをこちらに投げつけてきた。
────が、強風に煽られてすぐ床に落ちる。
本来であれば、決闘したい相手の体に触れなければならないのだが……。
なんとも言えないミスにどう反応すればいいのか迷う中、アルティナ嬢はいそいそとグローブを拾う。
そして顔を真っ赤にしながら私の手を取り、無理やり握らせてきた。
この人、力技多いな。
ピンク色のグローブを見下ろしながら、私は半ば感心する。
『こういう強引なところがヘクター様の関心を引いたのだろうか』と考える中、アルティナ嬢は軽く咳払いした。
白けてしまった雰囲気を何とか立て直し、火照った頬を冷ますと、彼女は真剣な顔付きに変わる。
「私は正々堂々と、ヘクター様の婚約者の座を勝ち取りたい!だから、私と勝負してください!」
『私が勝ったら正式にヘクター様を頂きます!』と宣言し、じっとこちらを見つめてきた。
先程の謝罪会見といい、決闘の申し込みといい……名誉を挽回するのに必死ね。
やはり、『婚約者を横取りした』というイメージは払拭しておきたいのかしら?
『巻き込まれた側は堪ったものじゃないけど』と嘆き、小さく肩を竦める。
次から次へと舞い込んでくる面倒事に内心辟易していると、ウィルがそっと身を屈めた。
「お嬢様、どうしますか?」
私の耳に唇を寄せ、小声で話しかけてきたウィルは苦笑を浮かべる。
困惑の滲んだ青い瞳を前に、私は無理やり渡されたグローブをおもむろに握り締めた。
「もちろん、断るわよ────と言いたいところだけど、正式な決闘である以上無碍には出来ないわね。貴族同士の決闘は、家の名誉にも関わるから」
『逃げれば後ろ指を差されるに違いない』と主張し、私はスッと目を細める。
ピンク色のグローブを恨めしく見つめる私の前で、ウィルは僅かに目を剥いた。
「では、決闘を引き受けるんですか?」
「……まあ、必然的にそうなるわね。面倒だけど、仕方ないわ」
『逃げるが勝ち』という選択肢を奪われた私は、不満げに頷く。
『全く……何で私がこんな目に……』と内心文句を言いながらも、アルティナ嬢に向き直った。
と同時に、口を開く。
「アルティナ嬢のお気持ちは、よく分かりました。そこまで仰るのなら、受けて立ちましょう。ただし────」
そこで一度言葉を切ると、私はわざと声を張り上げる。
周囲の注目を集め、決闘の証人になってもらうため。
「────こちらが勝利したら、ヘクター様と私の婚約を話題に出すのは金輪際やめてください。こちらとしては『もう終わったこと』と認識しているため、蒸し返されても困ります」
『未練などない』と再度アピールしつつ、私は条件を突きつけた。
出来ることなら、『もう二度と私に関わらないで』と言いたいところだけど……ヘクター様のご実家とはまだ交友が続いているから、完全に関係を絶つのは難しい。
ターナー伯爵家の事業や社会的地位にまで影響を及ぼすかもしれないから、ここら辺を落とし所にすべきだろう。
『家同士の繋がりって、本当に面倒臭い』と嘆息する中、アルティナ嬢は首を縦に振る。
「分かりました。その条件、呑みます」
「ご快諾、ありがとうございます。ところで、決闘の内容はどうしますか?」
「それは決闘を申し込まれた側のレイチェル様が、お決めください」
間髪容れずに答えるアルティナ嬢は、決闘のルール……というか、マナーに従う姿勢を見せた。
バハル帝国の決闘は基本、挑まれた方に種目やルールを決める権限がある。
著しく公平性に欠けるものは審判役に却下されてしまうが、相手の苦手分野や自分の得意分野を選択するのは別に問題なかった。
必然的に挑んだ側の方が不利になるから、決闘を申し込む者はほとんど居ないのよね。
だって、挑んで負けたら格好悪いし。
何より逃亡ほどではないにしろ、敗北も家の名誉に関わることだから。
『死ぬまで話の種にされるのは間違いない』と確信し、慎重に決闘内容を決める。
ここで選択ミスすれば、一生後悔することになるため。
「そうですね……では────カード当てゲームなんて、いかがでしょう?その名の通り、一方が引いたカードの数字を、もう一方が当てるゲームのことです」
運要素の強い決闘内容を提示すると、アルティナ嬢が明らかに顔色を曇らせた。
「それは……一回ごとに役割を交代するのですか?」
「いいえ、ずっと同じ役割です」
「それだと、当てる側が圧倒的に不利ですよね……?」
『公平性に欠ける』と主張するアルティナ嬢に対し、私はスッと目を細める。
「あぁ、言い忘れていましたが────当てる側は、私が務めます」
「えっ?」
呆気に取られたように瞬きを繰り返し、アルティナ嬢は戸惑いを見せた。
『何故、わざわざ不利な方を?』と疑問視する彼女に、私は淡々と言葉を重ねていく。
「三回勝負で二回以上、正解を言い当てたら私の勝ち。不正解を何度も叩き出した場合は、アルティナ嬢の勝ちとします。こちらの決闘内容に、不満はありますか?」
「い、いいえ……」
困惑しながらもきちんと受け答えするアルティナ嬢は、まじまじとこちらを見つめる。
『本当にそれでいいの?』と言わんばかりに。
勝つ気がないと思われても仕方ない内容なので、驚きを隠し切れないのだろう。
混乱するアルティナ嬢を前に、私は粛々と話を進めていく。
他人様のパーティーで、いつまでも騒ぐのは迷惑だと思ったから。
「では、決闘の日取りと審判役の手配を……」
「────お二人さえ良ければ、今この場で決闘してください。審判役は、私が務めますので」
『もちろん、トランプもこちらで用意しますよ』と述べ、私達の間に入ってきたのは────今夜の主役であり、オセアン大公家の次男坊であるルイス公子だった。
一体いつから、そこに居たのかは分からないが……大体の事情は把握しているようだ。
「よろしいのですか?せっかくの誕生日パーティーですのに」
「だからこそですよ。余興にちょうどいいでしょう?ギャラリーの皆さんも、勝負の行く末を気にしているようですし」
チラリと周囲の人々に目を向ける彼は、僅かに口角を上げる。
社交辞令として、『見世物のようで嫌かもしれませんが』と口にするものの……その表情は全く申し訳なさそうじゃなかった。
『完全に面白がっているな、これ』と確信しつつ、私はアルティナ嬢へ視線を向ける。
すると、ちょうど彼女もこちらを見ていたようでバッチリ目が合った。
どうやら、アルティナ嬢も私と同じ考えみたいね。
決意を固めたような視線から彼女の心情を読み取り、私は小さく頷く。
『同意見だ』と示すように。
そして、ルイス公子に視線を戻すと、姿勢を正した。
「そういうことでしたら、ルイス公子のご厚意に甘えさせていただきます」
「お手数お掛けしますが、何卒よろしくお願いします」
アルティナ嬢の言葉を皮切りに、私達は深々と頭を下げる。
決闘は出来るだけ多くの人に見てもらいたかったので、ルイス公子の提案はまさに渡りに船だった。
『証人を大量に獲得出来た』と歓喜する私達を他所に、ルイス公子は使用人に指示を出していく。
さすがは大公家の人間とでも言うべきか、言動に迷いがなく、あっという間に準備を終わらせた。
会場の中央に設置されたソファやテーブルを前に、私は『いや、ここまでしなくても……』と呆れる。
単なる余興にしては大掛かりな舞台に困惑しつつ、ソファへ腰を下ろした。
すると、テーブルを挟んだ向こう側にあるソファにアルティナ嬢も腰掛ける。
あれだけ派手に立ち回ったとはいえ、こういったことに慣れてないのか、緊張している素振りを見せた。
「さて────決闘の場も整ったことですし、早速始めていきましょうか。まずは決闘を挑んだ側のアルティナ嬢から、宣誓をどうぞ」