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パーティー

 それから、あっという間に月日は流れ────第二公子の誕生日パーティー当日を迎えた。

『行きたくない』などと弱音を吐く暇もなく、浴場へ連れて行かれ、私はさっさと湯浴みを済ませる。

そして、肌や髪のお手入れを終わらせると、今日のために新調したドレスに腕を通した。


 母自らデザイナーの元に足を運び、選び抜いた青のドレスは夜空をモチーフにしている。

スカートに散りばめられたスパンコールは、星のようでとても美しかった。


「お嬢様、目を閉じてください」


「髪を結い上げますね」


「じっとしていて下さい」


 『久々のおめかしだから』と気合いを入れるようで、侍女達は忙しなく動き回る。

メイクからヘアセットまでこなす彼女達は、ファッション関係のエキスパートのようだった。

されるがままの私は心地よい眠気に誘われ、欠伸を噛み殺す。

今にも夢の世界へ羽ばたきそうになる中、コンコンコンッと部屋の扉をノックされた。


「お嬢様、ウィルフレッドです。中に入っても、よろしいですか?」


 扉の向こうからこちらに声を掛けるウィルは、入室の許可を求めてきた。

一気に現実へ引き戻された私は眠気も半減し、大きな溜め息を零す。

憂鬱な気分になりながら目を開けると、『どうぞ』と気だるげに返事をした。

ご機嫌ななめの私を他所に、ウィルは『失礼します』と言って、部屋に入る。

ゆっくりと扉を閉めてこちらに顔を向けると、優雅にお辞儀した。


「おはようございます、お嬢様。馬車の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」


 『でも、まだ支度に時間が掛かりそうですね』と苦笑するウィルは、珍しく正装姿だった。

紺色の礼服に身を包み、普段は絶対に装着しないアクセサリーまで身につけている。

髪型もオールバックで、いつもの執事姿とはかけ離れていた。


 今日は随分と、めかしこんでいるわね。

公子様の誕生日パーティーに参加する(・・・・)から、張り切っているのかしら?

それとも、私のパートナー(・・・・・・・)として恥ずかしくないように、両親があれこれ口を出した結果?


 『後者の可能性が高いわね』と考え、私はやれやれと肩を竦める。

両親のプレゼント攻撃を思い浮かべつつ、ウィルに目を向けた。


 ターナー家の分家筋であるウィルは、バーンズ男爵家の次男坊である。

戸籍上、親戚に当たるため男兄弟と同じ扱いになり、エスコート役を頼んでも問題なかった。

一応貴族だから馬鹿にされることもないし、『新しい婚約者か?』と邪推されることもない。

これ以上、都合のいいパートナーは居なかった。


「ねぇ、ウィル。本当にパーティーへ行かなきゃ、いけないの?突然、高熱を出したとかで欠席しちゃダメ?」


 都合のいいパートナーも用意出来て準備万端だというのに、私はまだ悪足掻きを続ける。

『行きたくない』と主張する私を前に、ウィルは呆れたように溜め息を零した。


「ダメに決まっています。あの大公家のパーティーですよ?高熱程度で休める筈ありません」


「そうよね……。じゃあ、謎の盗賊に襲われて、攫われたってのは……」


「奥様と旦那様が発狂してもよろしいなら、お好きにどうぞ」


「うっ……それは困るわね」


 正論と現実を叩き付けられた私は、ガクリと項垂れる。

もう逃げ道はないのだと理解し、ようやく白旗を上げた。

意気消沈する私を前に、ウィルは『やっと諦めたか』と苦笑いする。


「今日一日の辛抱ですよ、お嬢様」


「はぁ……分かっているわよ」


 半ば投げやりになりながら、私はコクリと頷いた。

不貞腐れる私を他所に、侍女達はいそいそとアクセサリーを取り付けていく。

高価な宝石をあしらった指輪やピアスにげんなりする中、彼女達はようやく手を止めた。


「さあ、終わりましたよ。鏡をご覧ください」


 侍女の一人が私の肩にそっと手を置き、出来栄えを確認するよう促してくる。

『別にどんな格好でもいいんだけどな』と思いつつ、私は素直に鏡を覗き込んだ。

すると、そこには────長い銀髪を後ろで結い上げた、自分の姿が。

三つ編みのように編み込まれた髪には、ところどころ真珠が散りばめられており、まるで天の川(ミルキーウェイ)のよう。

また、左耳の近くには三日月を象ったデザインのヘアピンが挿してあった。


「……凄い力作ね」


「はい!久々に頑張っちゃいました!」


「お友達、出来るといいですね!」


「お土産話、期待しております!」


 キラキラ目を輝かせてはしゃぐ侍女達に、私はなんと答えればいいのか分からず……押し黙る。

すると、こちらの様子を見守っていたウィルがプッと吹き出した。


「こ、これは頑張ってお友達を作らないといけませんね……くくっ!」


 口元を手で押さえて笑いを噛み殺しながら、ウィルはそっぽを向く。

一応笑っていることを隠しているようだが……震えている肩と声のせいでバレバレだった。

『隠すなら、もう少しちゃんと隠しなさいよ』と呆れていると、ウィルがようやく正常へ戻る。

『すぅー……はぁー……』と乱れた呼吸を整え、こちらに向き直る彼は私の元までやってきた。

かと思えば、コホンッと一回咳払いし、少し腰を折る。


「では、参りましょうか、お嬢様」


「……ええ」


 差し出されたウィルの手を前に、私は一つ息を吐いた。

渋々ながら彼の手を取り、椅子から立ち上がる。

正直憂鬱でしょうがないが、気合いを入れて準備してくれた使用人達のためにも頑張ろうと決意した。

眠い目を擦って屋敷の外に出た私は、用意された馬車へ乗り込む。

そして、ウィルも乗車したところで馬車は走り出した────バハル帝国唯一の大公家たる、オセアン家を目指して。


 ぼんやり窓の外を眺める私は、何とか眠気に抗いながら到着を待つ。

普段なら迷わず仮眠を取っているところだが、今回はかなり(めか)し込んでいるため、そうもいかなかった。

『寝た時に服や髪が乱れたら困る』と自重する中、不意に馬車が止まる。

どうやら、目的地へ到着したようだ。


「お嬢様、心の準備は出来ましたか?あっ、『やっぱり帰りたい』と駄々を捏ねるのはやめてくださいね」


「……分かっているわよ」


 僅かに口先を尖らせつつも、私はウィルの軽口に応じる。

そして促されるまま馬車を降りると、パーティー会場へ足を運んだ。

『ついに来てしまった……』と嘆息する中、ウィルは感嘆の声を漏らす。


「大公家のパーティーというだけあって、豪華ですね」


 こういった場に不慣れということもあり、ウィルは少しはしゃいでいた。

『いつも、お留守番だものね』と思いつつ、私は相槌を打つ。


「そうね」


 牛より大きいシャンデリア、靴越しでも分かる上質な絨毯、思わず聞き入ってしまうほど綺麗な演奏、一種のアートとも言える食事など……大公家の繁栄ぶりが見て取れる壮麗(そうれい)さだ。

きっと、社交界に入り浸っている貴婦人達も驚く規模だろう。


 私もここまで金と労力を掛けたパーティーは、初めて見たわ。

と言っても、こういった場に顔を出すことは凄く稀だけど。


 『婚約者も居て将来安泰!』ということで、好きなだけ引き籠っていた過去の自分を思い浮かべる。

『あの頃は婚約破棄になるなんて、思いもしなかったな』と考える中────ふと元婚約者の姿を見つけた。

『彼もここへ来ていたのか』と少し驚いていると、あちらも私達の存在に気づく。


 あら……?これはもしかして……もしかしなくても、修羅場になりそう?

だって、隣に居るのは恐らく────恋人のティナさんよね?


 ヘクター様が言っていた恋人の特徴に全て当てはまる彼女を前に、私は嫌な予感を覚えた。

『頼むから、お互い不干渉で行きましょう?』と心の中で問い掛けるものの……無駄に終わる。

何故なら────


「ど、どうしてお前がここに居るんだ!?」


 ────ヘクター様が思い切り反応を示してしまったから。

『適当にスルーしてやり過ごす』という選択肢は、なかったらしい。

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