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第六十五話 約束

 ダンジョンの入り口に戻ってきた――前に離脱したときとは違い、足元に発生していた魔法陣は転移を終えると消えてしまう。


「ふ、藤原くんっ……それに、あなた達は……」


 連条先生の姿はなく、代わりに伊賀野先生がいる。毛布をかぶっているだけだったり、上着しか着ていない人の姿を見てさすがに驚いたのか、言葉を失くしてしまっていた。


「事情は後で説明します。この人たちは衰弱しているので、どこかで治療を頼みたいんですが……」

「は、はい……救護隊が外に待機しています。藤原くん、あの、この人は……学校の生徒では……」


 最後まで言う前に、俺は続きを言わないように先生に目で訴えた――何とか通じたようで、先生は頷きを返してくれる。


「何か事情があるということですね。藤原くんのことですから、私としては最大限に意思を尊重したいと思っています……その、人さらいということではないですよね?」

「は、はい、勿論そういうわけではないですが……ただ、この人を俺がダンジョンから連れ帰ったことは、今は一部の人にしか知られたくないんです」

「……そのうちの一人が私ということですね。秘密の共有……いえ、そういったこととは関係なく、これは藤原くんとの信頼関係の問題ですね……っ」


 伊賀野先生は最初こそ日向に肩入れをしていたが、今は俺の話を真摯に聞いてくれるし、教師の中で協力してくれる人がいるのは助かる。


「……そうだ、伊賀野先生、今って何時ですか?」

「今は深夜の二時です。連条先生がダンジョンに入られていますが、中では会わなかったんですね……それなら、脱出するように伝えないと」

「連条先生が……すみません、お手数をかけて」


 岩切さんたちは救護隊に迎えられて外に出ていく――それを見たあと、伊賀野先生は神妙な表情で言った。


「……連条先生から連絡を受けて、私がここに来たのが二時間ほど前。そのすぐ後に、男子生徒が一人ダンジョンから離脱してきました。二年生の、日向龍堂君という生徒です。彼はすでに病院で治療を受けていますが……」

「彼は、立ち入り制限がかかっているはずのダンジョンに入ってきていた。あの岩切さんたちもそうですが……彼らにも事情があったようなので、一律に罰則を与えるというのは待ってもらえませんか」

「罰則……そうですね、もちろんお咎めはありますが。龍堂君の場合は……こんなことが二度も起こるなんて……」

「一体、何があったんですか?」

「龍堂君に、ある変化が起きているようなんです。藤原くんには伝えるべきかと思いますが、何と言っていいのか……」


 先生の様子を見る限り、無事というわけには行かなかったようだ――気になりはしても、言いにくいことを強要はできない。


「先生、無理はしないでください。話せると思ったときでいいですから……その前に、同じ学校なら彼らを見ることもあるかもしれないですが」

「……ダンジョンであんなことがあると周知されたら、生徒には動揺が起きるでしょう。世界的にも珍しい事例なんです」


 『ジョーカー』の『生命吸収』を受けたあと、どんな変化が起こるのか。


 実際に『ジョーカー』として動いていた『仮面の人形』を持ち帰ったことで、『生命吸収』の原理について調べられるかもしれないが――これについては、専門技術を持つ協力者が必要だ。


「探索者を育成する上でのリスクとして、本来であれば生徒全員に告知すべきですが……」

「魔物が出るダンジョンに潜る時点で、リスクはある程度承知の上です。特殊な条件下でのみ起きるアクシデントのようなものですし……俺も生徒のみんなを必要以上に脅かすようなことはすべきじゃないと思います」

「……ありがとうございます。ごめんなさい、先生なのに頼りないことばかり言ってしまって」

「予期しないことがあれば、誰でも不安になります。それは先生でも同じだと思います……って、差し出がましいことを言っちゃってますね」

「そんなことはありません。藤原くんの言葉で、どれだけみんなが救われているか……」


 振り返ると、仲間たちが俺を見ている。みんな笑顔だ――サイファーは表情こそ出ないが、カメラが感情を示すように動いている。


「……すみません、時間を取らせてしまって。少し待っていてください、寮までみなさんを送ります。御厨さんたちはどうしますか?」

「そう……ですね。寮に戻るべきですが、今日は妹についていたいと思います」

「お姉様、私はもう大丈夫ですよ?」

「何を言ってるの、まだふらふらしているじゃない。司くんがおんぶしてくれるって言ったのに、意地を張って断ったりするから」

「そ、それはっ……その……えっと……」


 双葉さんがこちらを向く――上着しか着ておらず、腰に毛布を巻いているという状態なので、正直を言って目のやり場に困る。


「……藤原さん、助けてくれて本当にありがとうございました。同行しますなんて偉そうに言っておいて、私、あなたの背中を追いかけてばかりでした」

「え……あ、ああいや、俺は『荷物持ち』だし、むしろ後ろの方にいたと思うけど」

「いいえ、あなたは私達の支柱だったわ。十字の陣形を組んだときもそうだったじゃない」

「……でも、いつかは、藤原くんを私も支えたい。おんぶされてばかりじゃ駄目だから」


 それは全然構わない――と言うと期待しているみたいなので、ただ照れ隠しに頬をかくしかない。


「御厨さんたちも、藤原くんの寮に……ということでいいんですか? 事情が事情ですから、寮監さんの許可を得られれば大丈夫ですが」

「私から電話してみる。遅い時間だから、出てくれるか分からないけど……」


 七宮さんがスマホで秋月さんに電話をかける――この時間でもすぐに繋がった。まるで待ち構えていたかのようだ。


「はい、私たちは大丈夫です……藤原くんのおかげです。その、私たちの他にも……」


 御厨姉妹のことについて伝える七宮さん。無事に許可が得られたようで、七宮さんはこちらを向いて手の指で丸を作る。


「……七宮さんって、最初はクールな人かなと思ったんですけど……とても可愛らしい人ですよね、ふとした仕草が」

「ふふっ……我が妹にとっては由々しき問題ね、ライバルがあの人だというのは」

「なっ……そ、そんなことっ……ちち違いますっ、ああっ、その、えっと……っ」

「だ、大丈夫ですよ、そんなに焦らなくても」

「……藤原さん、私は敬語ですけど、藤原さんはいいんですよ? もっと同級生みたくしても」


 焦ったり、攻めてきたりと忙しいが――双葉さんにはとりあえず、普通に服を着てもらわなくては始まらない。


「では、連条先生のこともありますので、警備部に連絡をしてから行きますね。皆さんは北門の方に行っていてください」


 伊賀野先生といったん別れ、そしてサイファーも――寮までは一緒に行けないので、ここで別れることになった。


「マスター、今回モオ疲レ様デシタ。次回マデ、少シ間ガ空クカモシレマセンガ……」

「え……少しっていうのは、どれくらい?」

「……一ヶ月、クライニナルカト思イマス」


 二度続けて一緒にダンジョンに潜り、次も当然一緒だと思っていた――しかしサイファーにも事情があるのなら、無理は言えない。


「ダンジョン探索だけじゃなくて、動画のことで少し相談したいことがあったんだけど……やっぱり、難しいかな」

「……ピピッ……ピピピ……」


 サイファーの目が明滅している――答えにくいことを聞いてしまっただろうか。


「……了承ヲ、得ラレマシタ。後日、ミーティングノ時間ヲイタダケマスカ?」

「っ……いいのか? 良かった……一ヶ月後なんて寂しいもんな」

「……私モ……イ、イエッ。寂シイナンテ、ソンナノハ言イッコ無シナノデス」


 サイファーの口調が、どこかあどけなくなった気がするが――前から自動人形とは思えないようなことを言うので、改めて気にすることでもないか。


「……やっぱりあの子、司くんに対する応対が可愛いわね」

「愛嬌がありますよね、他の自動人形はあんなふうじゃないですし」

「懐いてるのかも。藤原くんが優しいから」


 七宮さんにかなり照れることを言われているが――サイファーもそれは同じなのか、俺の方を見る仕草が遠慮がちに見える。


「……デ、デハ……マスター、マタ後日デス。次回ハチューンアップニツイテモ、是非ゴ意見クダサイネ」

「ああ。今回の活躍も凄かったよ」

「エヘヘ……頑張ッタ甲斐ガアリマシタ。皆サンモ、オ元気デ」


 サイファーは七宮さんたちにも挨拶をして帰っていった――夜中なので送った方がいいかと思うが、サイファーにもすぐに迎えが来ていた。


 あれが『研究所(ラボ)』の人たちなのか――白衣を着た女性がサイファーに何か聞いていて、その後こちらを見てくる。


 そしてなぜか親指を立てられた――なんというか、女傑という感じのする人だが。彼女とサイファーが普段どうやって過ごしているのかと、そんなことに想像を巡らせたりした。


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