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第四十ニ話 幻夢

 猫の鳴き声が聞こえ、そして意識が落ちた――そのはずが、俺はいつの間にか目を覚ましていた。


 不自然な寝入りと覚醒。自分の部屋なのになぜか違和感があるこの感覚。こういったことなら前にもあった――『ベック』だった頃に経験したことがある。


「(夢に干渉する幻術か……油断してたな)」


 幻術によって変化させられた夢、つまりは幻夢。この状況がどういうことなのか気づいてしまったなら、もはや寝ている場合ではない。


 夢から覚めるには幻術の使用者――あるいは発生源を見つけなければならない。


「(こういう魔法を使ってくるのは、悪魔系の魔物が多いんだよな……いや、人間でも幻術使いはいるか)」


 考えていても仕方がないし、じわじわ魔力が吸われている感じがする――このスピードならそうそう枯渇はしないだろうが、何時間も抜けられないのはまずい。


 ――そのとき、ドアがノックされる音が聞こえた。


「……藤原くん、ちょっといい?」


 今の状況は幻術だ――そうすると、七宮さんの声だからといっても警戒しなければならない。


 だが夢の中の登場人物だからといきなり攻撃しても無意味なので、まず相手がどう出てくるのかを見定める。


 ドアを開けると、そこには七宮さんが――七宮さんなのだが、何かいつもと違う様子の彼女が立っていた。


 寝苦しかったのか、パジャマのボタンの前がいくつか外れている。上目遣いにこちらを見てきて、瞳は熱っぽく潤んでいる――やはりこういう方向だったかと、俺は腹をくくる。


「今日はちょっと寝付きが悪くて……藤原くんも起きてた?」

「起きてたというか、寝たはずなのに目が覚めてたんだけど……これってたぶん幻術だと思うんだよな」

「幻術……?」


 不思議そうな顔をする七宮さん。やはり幻術によるまやかしに違いないが――俺の記憶から再現しているからなのか、夢の中でも美少女であることに変わりない。


 この姿をした七宮さん(?)に対して邪険にはできない。幻術だと直接言っても消えてはくれないと思うので、慎重に接してみることにする。


「えっと、まあ……寝付きが悪いときもあるってことで。そのうち眠れるんじゃないかな」

「……リンのことは見てない? 昨夜から見かけなくて」

「さっき鳴き声がしたような……探してみようか」

「ううん、もともと外にいた子だから、少し遊んだら戻ってくると思う」


 比較的普通の会話にも思えるが、幻術で見る夢の登場人物は、ほぼ現実そのままに近い。そうでないと術の対象者を籠絡できないからだ。


 それにしても、この七宮さんの感じは――いつもと違うというのも幻術なのだから当たり前だが、直視できないほど魅惑的に見えてしまう。


 現実の七宮さんはこんな艶っぽい表情をしそうにはないし、わざとボタンを外して誘惑してくる(これは気のせいかもしれないが)こともない。こんな細部の詰めが甘い夢は、早く終わらせないといけない――。


「ご、ごめん。俺、ちょっと行く場所があるんだ。七宮さんは部屋に戻って……」

「……行くって、他の人の部屋?」

「い、いや、そうと限ったわけでもないんだけど……」


 そろそろ鋼鉄の意志で振り払わなければ、幻夢の中で失う魔力が増大する――だが。


 ちょこん、と寝間着にしているTシャツの裾をつままれる。


「……ちょっとだけ、話したくて……いい?」

「い、いいというか……七宮さん、そのうち寝付けると思うから、部屋に戻った方が……」

「私とは一緒にいたくない?」


(やっぱり見せられる幻術を克服しないと駄目なタイプか……!)


 このパターンはあまり考えたくなかった――夢の中とはいえ、現実と全く同じ姿をしている相手に対して、ある意味での攻撃をして『倒す』必要があるからだ。


「分かった、それじゃここで話を……」

「……藤原くんの部屋に入るのは駄目なの?」

「え、えーと、その……まあ入っても大丈夫ではあるけど……」

「じゃあ、入る」


 少し声を弾ませて、七宮さんは俺の横をすり抜けて入っていく。本物の七宮さんではないと言っても、そのギャップが可愛らしく見えてしまう――なんて、平和なことを考えている場合ではなかった。


「んっ……」


 知能が一瞬にして奪われそうになる、それほどの質量の暴力。俺の横を抜けるときに、思い切り胸が当たっていった――彼女は寝るときもナイトブラを着ける派だった。


「……わざとじゃない」


 この幻術をかけている敵が悪い。俺は悪くない――こんな思考になっている時点でかなり精神力を削られている。


(もうだめだ……俺はここで死ぬのか……ジョーカーを倒したのにこんな……)


「ここって倉庫になってたって聞いたけど、片付いてる……凄い」

「結構大変だったけど、スキルを使ったりして片付けて……って……」


 七宮さんは何を思ったか、押入れの戸を開けた――そこに直行する心理が全く読めず、反応が完全に遅れた。


「私のものづくりに使えるものもあるかもって、硯先輩が言ってた」

「あ、あるかもしれないけど、探すのは夜じゃない方がいいんじゃないかな……」

「奥のほうに何かある……んっ……もう少しで届きそう……っ」


 七宮さんは押入れの下の段にあるものを取り出そうとして四つん這いになる――パジャマが引っ張られて、ショーツの一部分が見えてしまう。


(パステルブルー……そして腰の部分に紐が……)


 紐パンは結構普通に身に着けるものなのだろうか。それともその紐は飾りなのか。完全に幻術に弄ばれている。


「……これは何かに使えそう」


 出てきたのはハンディマッサージ機だった。前に見つけた時に電池が切れていたのだが――。


「魔力回路分析……マジッククラフト。魔力変換、チャージボルト」

「な、七宮さん、何を……っ」

「……充電が切れてるから、代わりの電力を足した」


 今の一瞬で、七宮さんが三つほどスキルを使ったように見えた――流れるような美しいコンビネーションだった。


 すべてが『主職業』のスキルとは限らないが、それにしても凄い。おそらく雷魔法を副職業で取得していて、そのエネルギーを機械で使えるように変換した――ということだろうか。


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