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デュラハン。THE DULLAHAN.  作者: T・C・クローカー(Thomas Crofton Croker)ほか/萩原 學(訳)
妖精伝。南部アイルランド民話から FAIRY LEGENDS.by T. CROFTON CROKER.
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覚書

アーペル『魔弾の射手』(1810)にある、アイルランド民話コシュタ・バワーらしき描写はどこから来たのか。コシュタ・バワーを駆る人外とされるデュラハン共々、資料を検索したところが、1810年以前のそれらしき物は出てこない。最も早く夜に出たものが、トマス・クロフトン・クローカー(Thomas Crofton Croker,1798–1854)『アイルランド南部に於ける妖精の伝説及び伝承 FAIRY LEGENDS AND TRADITIONS OF THE SOUTH OF IRELAND.』(1825–8)というけれど、発行年代からして、これを『魔弾の射手』作者が参考にできた筈はない。とはいえ、この本自体が未訳なので、以下に抄訳する。いずれは専門家による全訳を期待する。

Dullahan(デュラハン)またはDulachan(ヅラカン)は、暗く陰鬱な人を意味する。場所によってはゴブリンを指す言葉とされている Durrachan または Dullahan も、同じ意味を持っている。これは『怒り』を示す Dorr または Durr、または『悪意』『激しい』などを示す Durrach から来ている。

…故エドワード・オライリー氏からの寄稿。

Dullahan or Dulachan signifies a dark sullen person. The word Durrachan or Dullahan, by which in some places the goblin is known, has the same signification. It comes from Dorr or Durr, anger, or Durrach, malicious, fierce, &c.—MS. communication from the late Mr. Edward O’Reilly.

この最後の語源の正しさには疑問が残るが、黒は明らかに言葉の構成要素である。死の高級車、あるいは首なしの馬車と馬は、アイルランドでは「コーチ・ア・バウワー」と呼ばれ、その出現は一般に死の兆候、あるいは不幸の前兆と見なされている。首のない人や馬が現れるという信仰は、多くの一般的な迷信と同様、広く浸透しているものと見られる。イングランドでは、『スペクテイター』誌(No.110)に、頭のない黒い馬の形をした霊が現れたという話が載っている。ウェールズでは、"Fenyw heb un pen"(首のない女)と "Ceffyl heb un pen"(首のない馬)の出現が一般に信じられている。

…ウィリアムズ婦人からの寄稿。

The correctness of this last etymology may be questioned, as black is evidently a component part of the word. The Death Coach, or Headless Coach and Horses, is called in Ireland “Coach a bower;” and its appearance is generally regarded as a sign of death, or an omen of some misfortune. The belief in the appearance of headless people and horses appears to be, like most popular superstitions, widely extended. In England, see the Spectator (No. 110) for mention of a spirit that had appeared in the shape of a black horse without a head. In Wales, the apparition of “Fenyw heb un pen,” the headless woman, and “Ceffyl heb un pen,” the headless horse, are generally accredited.—MS. communication from Miss Williams.

「アイルランドのデュラハンといえば、ドラムランリグ城の妖怪を思い起こす。クイーンズベリー公妃にも引けを取らない美しき仔猫、若く陽気に咲き誇る。……マンマの戦車で世界に火をつける代わりに、自分の頭を手押し車に乗せて大回廊を歩くのを趣味にする。」

…ウォルター・スコット卿からの寄稿。

“The Irish Dullahan puts me in mind of a spectre at Drumlanrig Castle, of no less a person than the Duchess of Queensberry,—‘Fair Kitty, blooming, young, and gay,’—who, instead of setting fire to the world in mamma’s chariot, amuses herself with wheeling her own head in a wheel-barrow through the great gallery.”—MS. communication from Sir Walter Scott.

スコットランドでは、1826 年 1 月、あの正真正銘の新聞「グラスゴー・クロニクル」が、ペイズリーで絹織物職人が失業した際に、「馬なしで、頭のない馬で、グレニファーの岬を上る荷車、キャラバン、馬車が目撃された」などと記している、云々。

In Scotland, so recently as January, 1826, that veritable paper, the Glasgow Chronicle, records, upon the occasion of some silk-weavers being out of employment at Paisley, that “Visions have been seen of carts, caravans, and coaches, going up Gleniffer braes without horses, with horses without heads,” &c.

セルバンテスは、『「首なし騎士」ほか、冬の夜、火を囲んで楽しむ昔話』などの物語に触れている、云々。

Cervantes mentions tales of the “Caballo sin cabeça among the cuentos de viejas con que se entretienen al fuego las dilatadas noches del invierno,” &c.

「バス・ブレターニュの人々は、人の死が間近に迫ると、(カリーク・オ・ナンコンと呼ぶ)骸骨の引く霊柩車が、白い敷布で覆われ、病人が寝ている家の前を通り、車輪のきしむ音がはっきりと聞こえると信じている。」

-1826年、Journal des Sciences誌、ウィリアム・グリム博士からの寄稿。

“The people of Basse Brétagne believe, that when the death of any person is at hand, a hearse drawn by skeletons (which they call carriquet au nankon,) and covered with a white sheet, passes by the house where the sick person lies, and the creaking of the wheels may be plainly heard.”—Journal des Sciences, 1826, communicated by Dr. William Grimm.

Thieleの Danske Folkesagnも参照されたし。

See also Thiele’s Danske Folkesagn, vol. iv. p. 66, &c.

Coach: 馬車の高級品、サスペンション付き。コーチマンかポスティリオン、あるいはその双方が制御した、少なくとも二頭立て以上の大型有蓋四輪馬車で、前席・後席・前後両側の扉を有し、御者は外の高い位置にある運転席に着く。ポスティリオンとは、馬車を引く馬に乗って誘導する人で、適当な訳語が見当たらない。「左馬騎手」というのを見かけたが、役割的には「先頭誘導員」のようである。

語源のコチ (Kocs [koʧ]) は、ハンガリー、コマーロム・エステルゴム県の町。15世紀、マーチャーシュ王の時代、この地で鋼鉄ばねをサスペンションに使った馬車の製造が始まった。この馬車はkocsi szekér(コチ・セケール、コチの馬車)と呼ばれ、のちに各国で「コチ」だけでサスペンションを備えた馬車を意味するようになった。


Coach a bower;「コシュタ・バワー」として知られる存在は、Your Irish.com に拠ると

The Cóiste Bodhar (pronounced coach-a-bower) in Irish folklore is a silent death coach that makes its appearance in the event of someone’s death.

とされ、Cóiste Bodhar と書いて「コーチ・ア・バワー」と読むものらしい。納得行かないのは bower が「木陰」「四阿」といった爽やかな休息所を指すので、これは当て字ではないか。訳者の仮説として、ドイツ語 Bauer(農民)を移入したものと考える。coach が高級車即ち王侯貴族のものなら、農民は一生乗れず、乗れるとしたら霊柩車のみ。

難点はアイルランド民話にドイツ語が入り込めるかであるが、クローカーの本作よりアーペル『魔弾の射手』が早かったのだから、可能性はある。オペラ『魔弾の射手』の黒い猟師ザミエルが、フリードリヒ・フーケ『瓶入り魔物』の黒い騎手から来ているのは明らかで、あんなにも「黒」を強調した騎手が、同じく黒を構成要素とするデュラハンと無縁な筈もない。ワシントン・アーヴィング『スリーピー・ホロウの伝説』の首なし騎士もドイツ出身とされ、やはり何処かにドイツ人との関わりがあるようだ。

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