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4-13

◇ ◇ ◇


「お前ら、完っ全っに遅刻だぞ。早く席に着け。今日はラブコメヒロインの好感度を微分積分で隅々まで解剖して――――ってなんだ? その絆創膏は?」


 二年の教室に戻った夏弥と洋平は、教室に入るなりまず数学の山田先生に驚かれた。


 いつも以上に眼鏡のブリッジをクイクイやってみせるヤマセン。

 まあそれ単体で見るとなんだかそういうマスコットのようなのだけれど。


 その先生の疑問を追うようにして、クラスメイト達がヒソヒソと話し出す。


「え? もしかして鈴川と藤堂のあいだに何かあった?」

「うわ、マジだ! 絆創膏貼ってるし、藤堂の顔に青アザできてんじゃん」

「ひょっとして喧嘩……? こっわぁ……」

「好感度の解剖とか無理だろ?」

「藤堂がやったのか⁉ アイツ、大人しそうなのにな……」

「二人してどこかで転んじゃっただけじゃね?」

「洋平に何やってんのアイツ⁉」

「洋平君の綺麗なお顔がぁぁぁぁ!」


 ――ざわざわとしている。


 なんとも、秋の木枯らしにも似たざわめきである。


 夏弥は目を閉じて「やっぱこうなるのね」としみじみ体感していた。


 ああ、無情。

 風当りが厳しい。

 いや、むしろ夏弥にとっては予想通り過ぎてしっくり来ていたかもしれない。

 若干名、ヤマセンの授業の方が気になっていたらしいが、それはそれで良いことである。


 クラスメイト達は、「二人が一緒に転んだ説」と「二人が喧嘩で殴り合った説」の二通りに別れていたけれど、その比率は恐ろしく偏っている。


 概算でおよそ一対四くらいには偏っているだろう。クラスメイト達の血の気が多いのか、殴り合った説が強すぎる模様で。


「すみませんでした。ちょっと二人して転んじゃって~」


「遅れてすみませんでした」


 洋平が明るく理由を述べる。

 夏弥ものっぺりとした口調で謝り、二人ともそのままサッと席へ戻っていく。


 山田先生もクラスメイト達も、「ああ、そう……」みたいな空気で、表面的には洋平の言葉に納得してくれていた。転んだにしては顔がボコボコすぎるのだけれど、みんなで空気を読んだらしい。


 ただ、一人だけ、夏弥を未だに見つめてくる女子がいた。

 夏弥が自分の席に戻ると、その女子はすぐに声をかけてきて。


「藤堂くん。大丈夫……?」


 何を隠そう、その女子とは隣の席におわします月浦まど子である。


 野暮ったい黒縁メガネと三つ編みの黒髪。

 そばかすの散った頬に、手には文庫本。いや授業中なのでそこは数学の教科書といきたいところだけれど、問題を解き終えて暇だったのか、先生の目を盗んでこっそり読んでいる途中だったらしい。ああいけない子。


「大丈夫だよ。あはは、あ痛っ……」


 夏弥はカラカラと笑うも、すぐに頬の痛みでバツンと笑えなくなる。


 保健室での洋平よろしく頬を手で抑えながら「まぁ、ちょっと色々あってさ」と曖昧に答えつつ。そのままポロッと――


「実は秋乃を保健室に運んでたんだ」


 そう言ってしまった。


「え、秋乃ちゃん⁉ 秋乃ちゃんに何かあったの?」


「うん。……秋乃も()()()()()っていうか、ごたつきの巻き添えで倒れちゃって。でももう大丈夫だと思う。今は先生が付き添ってるし」


「そう……。先生が付いてるなら安心だね」


 安心だね、と言いながらも、まど子の顔には不安の色がまだ少し残っているようだった。


 夏弥は、詳細をどこまで話すべきかわからなかった。


 自分が洋平と喧嘩してしまったこと。

 秋乃がそれを止めに入ってきたこと。

 誤って自分が秋乃を殴ってしまったこと。


 これらの流れを、今この場でまど子に洗いざらい話すのは違う。

 そんな気がしていた。


 話してしまえば、洋平がみんなの前で口にした「二人して転んじゃって~」が、即座に嘘だったんだと思われてしまう。


 まど子と洋平にはほとんど接点がないので、そこまでケアする必要はないのかもしれない。

 ただ一応、教室内の空気と辻褄を合わせておく必要があると思って、夏弥はそんな返答をしていたのだった。




 それから午後の授業をいつも通りにこなす。


 授業中。


 夏弥が、保健室から教室へ向かう途中で送っていたライン『殴って悪かった。本当にごめん。』というメッセージに、秋乃から返信がきていた。


『なんで喧嘩になってたのかわかんないけど、暴力はダメっしょ。ノー暴力ノーライフ』


 これに対して。


『そうだよな。でも、ノー暴力ノーライフは意味が違うな秋乃』


 そのように送って三分後。


『ほんとだ』


 スマホで検索したのか、秋乃はすぐにそのヘンテコな誤用に気付いたらしかった。


 追加で、アザラシみたいなゆるキャラが『ふぉんとだ』と叫んでる謎のスタンプも送られてくる。


 無事、秋乃はお目覚めでいつもの調子を取り戻しているらしいのだと悟る。

 夏弥はそこでほっとして、一つ胸を撫でおろしたのだった。



 以降、放課後までにあった数回の短い休憩時間。

 隣に座るまど子は、少しだけスマホをいじっていた。


 誰かとラインをしているらしいが、夏弥はその相手を確認できなかった。


 この時、実はまど子は秋乃(※美咲)にラインを送っていた。

 彼女からしてみれば、この早急な連絡はごく自然なことである。


 なにしろ、夏弥には内緒で秋乃(※美咲)と会う約束をしていたわけで。約束の件をどうするか訊きたかったし、まずは安否そのものが気になっていたのだ。

 ただ一つ本当に惜しいのは、それが秋乃ではなく美咲であるという点だ。


 つまり、


『藤堂くんから秋乃ちゃんが倒れたって聞いたんだけど……大丈夫?』


 という、優しさに溢れたまど子らしいラインが、美咲に送られてしまっていた。


 一方その頃、洋平は洋平で、やはりクラスメイト達から質問攻めに遭っていた。


 どこで転んだのか。

 顔以外で傷を負ったところはないのか。

 そもそも転んだの嘘じゃね?

 など根掘り葉掘り。


「ああ、そう……」などと返しておきながら、クラスメイト達はどうにもそのイケてる顔の傷が気になって気になって仕方ないらしい。


「ただ廊下で転んで打っただけだってー」


 その都度、洋平はこのように軽やかにかわし、隠し通していた。

 隙のない見事な徹底ぶり。

 その裏事情を予感させない小慣れた対応は、もはやゴシップを屁とも思わないつよつよメンタルのアイドル然としていてお手の物である。


 夏弥はそんな彼を見て、ポーカーフェイス鈴川の名を授けようなどと考えていた。


 そんなことを考える夏弥はといえば、放課後までまど子以外、誰とも話すことはなかった。


 周りはみんな様子見一辺倒で、誰も夏弥に話し掛けてこない。

 美咲と登校した件もあってか、ヒソヒソ感は朝の三割増しである。


(もうだんだん慣れてきたかも。……いや、慣れるのもそれはそれでヤバすぎんか?)


 そして、クラスメイト達が三々五々(さんさんごご)帰る放課後。

 夏弥のスマホがとあるラインメッセージを受け付ける。


『やっぱり今日一緒に帰る。放課後、生徒玄関で待ってるから』


(ん……?)


 文面と、もう一度送り主を見返す夏弥。

 そのラインは、夏弥の同居人であり彼女でもある美咲からのものだった。


『生徒玄関ね。わかった』と夏弥は返信する。


(わかったけど、なんか用事で帰りが遅くなるって言ってなかったっけ……?)


 夏弥が冴え渡る男子であれば、まど子に秋乃の件を告げた時点で、まど子から美咲にラインが行くかも……という予感が働くのだけれど。

 残念ながら、夏弥はそこまで頭が回っていなかった。


 だから夏弥は少しだけその誘いに驚きつつ、ひとまずは美咲のこの誘いを受けることにしたのだった。


 特に美咲からの誘いを、夏弥が断る理由はない。

 帰る場所も同じだし、何より今の美咲は夏弥の恋人でもあるのだから。


(……まぁ帰りは登校の時より生徒もバラけてるし、俺も美咲にならって気にしないって決めたしな。途中、二人でスーパーでも寄って……。って、ん? …………なんだか…………あれだな)


 どうしたというのか。

 夏弥の気持ちに、少なくない()()()のようなものがある。


 本日の授業がすべて終わり、夏弥が教室から出るその時。

 なんとなくだけれど、彼は自分の胸がジンッと痛むような気がした。


 美咲のことを考えた瞬間だった。


 ふと、脳裏によみがえってくる。

 今日、あの、鍵の壊れた化学準備室で、洋平と言い合った時のこと。


 洋平から連発されたショッキングな発言のなかに、その違和感の種は潜んでいた。


(記憶違い……いや、間違いなく……洋平は言ってたよな……)


 生徒玄関に近付くにつれ、その記憶はどんどん色濃くなっていくみたいだった。


 そのセリフを耳にした時、夏弥は間違いなく切なかったし、たまらない気持ちだったはずだ。

 思い返せば、洋平は確かに言っていたのだ。



 ――――美咲のことマジで好きになったってのか? 俺の妹のこと、お前までそんな風に見てたのかよ。冗談でもやめろよ、()()()()()

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