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4-09


「あ。今日、あたし、帰りちょっと遅くなるかもだから」


 生徒玄関で内履きに履き替えたあと、夏弥は別れ際に美咲からそんなセリフを聞いていた。


 ()()()()ということもあって、遅れる事情までは詳しく聞かなかった。


 それからいつも通り、夏弥は二年の教室に入る。


 すると――――クラスメイト達の視線が一斉に夏弥へと注がれる。


 それは無論、朝から校内一、二を争うほどの美少女と登校してきたからだ。


(うっ……。教室でもこの視線か。……美咲の人気も、他人事だと思ってれば気にならなかったけど……。一瞬匂わせただけですぐこんなになるなんてな)


 クラスメイト達の反応は様々で、ただチラチラと見てくる者もいれば、耳打ちし合っている者。睨みをきかせてくる男子生徒なんかも当然居た。


 厳しい視線を浴びつつも、夏弥はゆっくりと自分の席に座る。


「おはよー夏弥。朝っぱらから一躍時の人だな~! ふふっ」


 そんな中、気さくに話し掛けてくるのは夏弥の幼馴染み。美咲の兄でもある鈴川洋平だった。


 その顔は美少年と評するにふさわしく。

 色気のある雰囲気は、やっぱり雛子や美咲に似ていて魅力たっぷりである。


 ナチュラルパーマがあてられているしゃれっ気の多いその髪も、洋平の雰囲気に一役買っているポイントだ。


「ああ、おはよう洋平。……時の人とか言って、お前は面白がってるだけだろうに……」


「あははは! まぁさ、こういうのはいっそ笑われたほうが気が楽だろ? この笑いは俺なりの愛ってやつだよ」


「愛ですか……愛とは……笑うことと見つけたり?」


 洋平は夏弥の前の席に腰をかけ、横向きでこちらを見ていた。

 そこは元々他の生徒の席なのだけれど、洋平には関係ないらしい。


「それにしても仲良さそうだったなぁ~。俺もさっき窓から眺めてたけど。あの美咲が夏弥にだけはよく懐いてるんだから。そりゃ周りも驚くよなぁ」


「……」


 夏弥は、洋平のその整った顔をじっと見つめる。


 均整の取れたその顔を間近で見ていると、つい思い出してしまう。

 美咲から聞かされたあの言葉。



 ――後からここに来たのはお前だろ。なんで俺が我慢しなきゃいけないんだ。



 あれは、洋平の本音だったのだろうか。

 美咲から聞かされたそのセリフを思い出すたび、夏弥の心はチクリと痛む。


 不安が延々渦を巻く。

 だから、あの時から今の今まで、なるべく考えないよう無意識に避けていたところがあって。


 でも同時に、詳しい事情を洋平に問いただしたい気持ちもあって。


 美咲という実の妹にだけ見せる、イケメン君の裏の顔。

 このセリフは、そんな洋平の陰りみたいなものを夏弥に感じさせる。


「ひょっとして、ついに夏弥までアイツに片想いしちゃったのか? アイツだけはやめといたほうがいいぞ~。兄としてこれだけは忠告を――「あのさ、洋平」


 気が付けば夏弥は、洋平のセリフを遮っていた。


「ん? どうした?」


「あ……いや……」


 目の前の洋平はあっけらかんとしている。


 実は美咲とあんなやり取りをしていただなんて一切匂わさないのは、さすがの鈴川洋平といった所なのかもしれない。


 しかし、それが一層、夏弥を焚き付ける。


(なんだよ洋平のやつ。美咲との仲が悪くなった原因なんて、まるで知らないみたいな顔して……。本当は、お前の言葉がきっかけだったって気付いてんだろ? 女子の気持ちをよくわかってるお前が、そこに気付けないはずないよな……?)


 胸に込み上げてくる思いがあっても、それをこの場で話すわけにはいかなかった。


 それは、洋平の沽券に関わるからだとか、そういう気遣いの話だけじゃない。

 洋平の真意を知るためには、教室ではノイズが多すぎるのだ。


「今日な、昼休み一緒に抜けないか? ちょっと話したいことがあるんだ」


「おっ? もしかして果たし状ってやつか~?」


「んなわけないだろ。何を果たす気だよ俺」


「えっ……じゃあもしかして……告白ですかっ? んー、俺は男には興味ないんだが」


「それはもっとないだろ……」


「あははは! 冗談だよ、冗談!」


「冗談とかそういうの、今はちょっといいからさ。……俺は真面目な話をしたいって言ってるんだ」


「真面目な話って……本当に真面目な話……?」


 夏弥の落ち着いた口ぶりに、さすがの洋平も空気を察する。

 それまでさわやかに笑ったりしていた表情が、一瞬でクールダウンしていく。


「……話ってのは、お前と美咲のことだから」


「……。そうか。まぁ、真面目な話だっていうなら、それはそれでいいけどさ~。……それ、教室じゃ話しづらいやつなん?」


「ああ。割とな」


「……」


 やや沈黙が挟まる。


 洋平はきっと、その沈黙だけで何かを悟ったのかもしれない。

 その綺麗な瞳を一度閉じて、ふぅ、と一息ついてから洋平は応える。


「わかった。それじゃあどこか空き教室使おうぜ。化学準備室とか、どう?」


「……化学準備室な。オッケー」



 ◇ ◇ ◇



 その日の昼休み、夏弥と洋平の二人は教室を抜け出して化学準備室へと向かった。


 お弁当を手に持ったまま、二人は移動する。

 お昼休みを共に過ごす、夏弥と洋平の図。


 その姿は、数年前まで毎日当たり前のように繰り返されてきたものだった。


 仲が良いは良いのだけれど、もはやそれは空気のような存在。居て当たり前で、居なくてもまぁそれほど問題でもない。


 お互い依存したりはしていないけれど、かといって離れすぎたりするわけでもない。


 最適な距離感をすでに見極め終わっている、友人関係の完成形。

 それが、藤堂夏弥と鈴川洋平の、紡いできた歴史でもあって。


「お、やっぱり開くやんけ~」


「今更だけど、なんで開くんだよ⁉」


「あはは。まぁ、ここは鍵が壊れかけてるんだよなぁー。直す直す詐欺ってやつかな」


 洋平は呑気に化学準備室の扉を開ける。


 この準備室は、本来なら常に鍵がかけられている部屋だ。

 だが、施錠部分の老朽化が激しく、こんな風にかけられた鍵が外れてしまうこともままあった。


「うちの高校、セキュリティ面やばくね? ここって危険な薬品とか置いてるだろ……硫酸とかクロロホルムとか……」


「割と自由が売りの校風だからな~。出入りも自由ってことじゃん?」


「自由の意味、違くね?」


「あっはっはっは! 絶対違うな」


 二人で準備室に入る。


「電気点けなくても十分明るいな~」


 と窓辺にさげられていた黒いカーテンを開けつつ、洋平は言う。

 彼の言う通り、カーテンを開けたことで室内はずいぶん明るくなる。


「今週、ずっと天気がいいらしいからな」


 夏弥はちょっとだけ感慨にふけっていた。

 洋平と二人きりでお昼を取ることの懐かしさ。


 いや、以前にもこうやって洋平とお昼を取ることはあったのだけれど、それはほとんどが教室でのことだった。

 周りに人がいたし、本当の意味で、二人きりで昼休みを過ごす機会はほとんどなかった。


 そんな想いに夏弥がふけっていると。

 洋平はその辺に置いてあった椅子を窓際へ寄せ、そこに座りはじめる。


「夏弥? さっさとお昼食べようぜ?」


「ああ。って、そんなに腹減ってたのかよ?」


「いや? だってさ、お前の話がどのくらいかかんのかわからないだろ? だからお昼はちゃちゃっと済ませたほうが良いのかなって」


「あ、すみませんね……」


「いえいえ。なんのこれしきよ」


 洋平は背もたれの無い丸椅子に座ったまま、片足を膝の上に乗せる。

 半分だけあぐらをかいたような格好で、そのままコンビニ弁当を食べ始めていた。


 夏弥も、洋平のそばに丸椅子を寄せ、そこでお弁当の風呂敷を広げる。

 無論、こっちは夏弥のお手製弁当だ。


「洋平のそれ、コンビニの唐揚げ弁当か」


「ん? ああ。ナントカ金賞受賞とか、ほにゃらら先生監修ってなってるけど……まあよくわからず買って、よくわからないままウマいと思って食ってる」


「ぶはっ。なんだよソレ」


(洋平はイケメンのくせに、こんな風に素を出してくるからマジでズルいんだよな。取り繕ったりもしないし、気さくだし……。なのに、なんで美咲相手にああいうこと言うんだよ……。クソ)


 ニコニコしながらから揚げを頬張る洋平。


 そんな彼を前にすると、夏弥はどういう感情を抱けばいいのかわからなくなる。

 底なし沼みたいな、どこまでも足の着きようのない葛藤が夏弥の思考を支配していく。


「ん? ……夏弥、どうした?」


「え? ……あ、いや」


「んぐ……俺に話があるんだろ?」


「……それはお昼食べてから、じゃないのか。まだ俺もお前も、食べ終わってないだろ」


 夏弥はそう言いながら、自分の持ってきていた弁当箱を開けた。

 開けると、今朝自分が作ったメニューがそこに現れる。


 ベーコンエッグとソーセージ。

 それに、昨日の冷やごはんに塩昆布が乗せてある。

 なんてことないお昼ごはんだ。


 ただそこで夏弥は、美咲の分も一緒に作ったんだよな、などと思い出してしまう。


 だからか、一瞬美咲の顔がチラついてしまって。

 その記憶に背中を押されている気がして。


「食べ終わってないけど、食べながら話すって感じでもいいんじゃね?」という洋平の問いに、そのまま。


「まぁ、そうだな。じゃあ……」


 窓から秋の日差しが差し込む中、夏弥は静かに話し始めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元々の同居のトリガーが兄の行為に起因している中、 二人がそういう関係になっていることに深さを感じる。
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