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3-27

 美咲のキス待ち顔はとても可愛らしくて、「この顔は絶対他の男子に見せたくない」と夏弥が思ってしまうのも、無理はなかった。


 いつもの、ちょっと気だるそうでクールな雰囲気はそこになく。


 なんというか、エサを待つ仔犬にも似た愛くるしさに溢れていた。


 そんな彼女を前にして、夏弥は覚悟を決める。


 涼しげなその口元に、自分の口を近付け。

 そして。


「……」


 柔らかい美咲の唇に、夏弥の唇が触れたのだった。


「ん……」


 美咲から色気のある声がもれ、その声にまたドキドキしてしまう。


 一度顔を離すと、頬を紅潮させた美咲が、こんなことを口走る。


「キスって……気持ちいい、かも」


「…………それな……なんでこんなにってぐらい……。あっ」


 一度離した口づけを、今度は美咲から再び始める。


 寂しい。

 口が寂しいと言っているみたいな、そんな始め方。


 そこからはしばらく、二人でちゅっちゅちゅっちゅとやっていた。


 くっつけて、離して、またくっつけて。


 そういうキスを何度も繰り返していくと、体温がどんどん上がっていくみたいで。


「はぁ……。じゃあ…………夏弥さん。ここの……」


「……。ん? 何……」


 そう言ってから、美咲は静かに背中を向けた。

 美咲の、華奢で白い背中が目の前にやってくる。


「え、ここのって……。……っ」


「……コレ」


 美咲は前を向いたまま、背中に見えていた()()()()を指差した。

 肩甲骨よりやや下のライン。そこには、ブラジャーのホックが渡してあった。


「は、はず……します」


 流れを読み、夏弥はそのホック部分に手をかける。


「……うん」


「あっ…………え、これ……」


「?」


 困ったことに、夏弥はブラのホックに手こずっていた。


 かわいい桜色の生地に、小さいホックが二つ。

 ちょこちょこっと並んでいる。

 これらを外すには、一度力の向きを内側に交差させる必要があった。


「……もしかして…………ムズい……?」


「え? あ、いや。こ、このくらい余裕だぞ……」


 薄暗さもあいまって、なかなか外せない。

 しかも夏弥の手は少し震えてしまっていて。


「……いや、たぶん。おそらく……外せる、はず」


「ぷふっ……。強がりじゃん、それ。……。じゃあ夏弥さん……ちょっとそのまま、手、かけてて?」


「? ……っ!」


 美咲はゆっくりと手を後ろに回す。

 ブラのホックに苦戦する夏弥の手を、そっとリードしてあげようということらしい。


 とても器用だった。


 夏弥は、美咲に肘のあたりを触られ、またそのことにもドキドキしてしまっていた。


 ホック部分をつかんだままでいた夏弥は、美咲に促される形で、内側へ力を入れる。

 その次の瞬間。


「あっ……」


 ホックがしっかりと外された。

 一つに結ばれていたブラジャーが、境目でほどけていくみたいだった。


 その直後、美咲の肩にかかっていたブラの紐がだらりと弛緩して下りてくる。


「……外れたじゃん」


「……だな」


 こうして、美咲の背中は一糸まとわぬものになったのだった。


 その流れのまま、二人は、気が付けば生まれたままの姿になっていた。


 途中でキスを挟み、相手がそこにいることを確かめるみたいにして、身体に触れる。



 そしてある程度のところで、不意に美咲がこんなことをつぶやく。


「やっぱり…………あたしは、わからないままなのかも」


 美咲は潤みがちな目で夏弥のことを見ながら、そんなことを言っていた。


「わからないまま……?」


 お互いに息は上がっている。

 顔も赤くて、これまでにないくらい、二人とも自分の心臓をうるさく感じてしまう。


 状況が状況なので仕方ないのかもしれない。


「あたしは洋平のこと、汚いなんて思ってたわけでしょ……。でも結局、自分だってシテみたい相手が初めて見つかっちゃったら…………それを受け入れようとしてるから」


「……それは……どうなんだろ」


「え?」


「美咲は初めてで。俺だって……初めてだし……。こういう経験でいえば、俺達はまだまだ子供みたいなものだし……」


「子供……確かに小さい子供かもね……。夏弥さんさっきから…………あたしの……あっ、ちょっと……っ」


 お互いに触れていく。

 触れていった先に救いがあるような、そんな気がしていたのかもしれない。


 手のひらが熱い。

 肌が、熱い。


「……だから、経験してみたら、イメージなんて変わるのかもしれないな。さっきのキスは……汚いなんて思わなかったと思うんだけど」


「うん……。あたし、キスは…………好き。いいと思った……。夏弥さんは?」


「俺も……好き」


「じゃあもしかしたら、アレも気持ち良い…………かもしれないってこと?」


「かもな……。けど、確かめるなら…………俺は()()()()()()()()()っていうか……」


「~っ! ……な、なにそれ。……そんなの、あたしだって……夏弥さんじゃなきゃ嫌なんだけど」


「そっか……。……じゃあ一緒に……子供から成長してみるか……」


「……うん」


 そして二人は、初めてお互いを受け入れた。


 夜が過ぎていく。


 とても長い夜だ。


 夏を忘れてしまうくらいに濃い、二人のそんな夜だった。




◇ ◇ ◇

 


 夜が明けて、朝になる。


 夏休みの折り返しは、正確な日付を出せば八月の二週目くらいだろう。


 夏弥が目を覚ました時、すでにその日は八月の第二週目に入っていて、三條の夏祭り二日目に当たる日でもあった。


「……」


 夏弥は寝ぼけた目をこするため、自分の手を顔のあたりへ持ってこようとしていた。


「……ん?」


 すると、手の甲が()()に当たって、うまく顔まで上がってこなかった。


「え……」



 おや?


 朝から不思議なこともあるらしく。

 右の手の甲には、何か気持ちいい肌触りのものが当たっていた。


 夏弥はそこを、ちょっと試しに触れてみることにした。


 ぷにっとしていて、それでいてすべすべしている。


 二度三度、その肌に指を這わせてみると、だんだん寝ぼけていた感覚が冴えてだしてくる。


「……っ⁉」


 それが美咲の()()()()()()だと気がついた彼は、救いようのない無礼者だった。


 こういう場面は、大抵その正体が女の子の胸だろうと薄っすら予想していたからだ。


(……朝からどういう勘違いをしてるんだ俺は。恥ずかしくてほっぺで目玉焼きが作れそう)


 などという戯言(ざれごと)が思い浮かんで、冷静になっていく。


 隣の美咲は依然として、くうくう寝息を立てていた。


「……」


 夏弥はひとまず、ベッドから起きてリビングへと向かった。


 そのままリビング、キッチンスペースを通り過ぎ、脱衣室の洗面台で顔を洗う。


 ほぼオートマチックに歯みがきも済ませてから、キッチンへと向かう。


 キッチンの冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出して、そこでようやく動きがぴたっと止まった。


(あ、そういえば昨日、お祭りで晩ごはんいらないからって、何も買い足さなかったんだよな。あれを買う予定だったんだけど……)


 夏弥は、こんな時にこそ、ガムシロ入りの牛乳を飲みたいと思っていた。

 飲めば寝起きの頭がすっきりするはずだ。


 しかし残念ながら、ガムシロップは切らしたままで。

 手元にあるその素牛乳で我慢する。


 時刻は午前八時過ぎ。

 想うことが多すぎる朝。


 ()()()()()のだという現実感のない出来事は、文字通り夢みたいな後味を彼に残していた。


「でも……」


 美咲の肌と自分を重ねた時、夏弥のなかで言いあらわせない心地良さがあったのは事実だった。


 やっぱり、それが自分の答えなのだと思った。



 夏弥はそれから部屋着に着替え、朝食を作ることにした。


 美咲が起きてきた時、ちょっと幸せになるようなもの。何か、そういうものを作ってあげたい。


 そう思って、冷蔵庫の中身をチェックする。


「やっぱりパンと何か……野菜か卵がいいかな……?」と夏弥は独りごちて。



 ――彼は気付いていないだろう。


 おそらく美咲は、夏弥が何を作ったとしても、ちょっと幸せな気持ちにはなってくれるということ。



 冷たいところの多い美咲でも、惚れてしまった相手にはまあ弱いこと弱いこと。


 彼女は、そういう女の子である。




(了)


 ※あとがき

  ここで三巻分のお話終了になります。

  今回もお読みいただき、ありがとうございました。

  ブクマや評価、感想等いただけて、とても嬉しかったです。創作意欲にも大変繋がりました。

  四巻目の投稿は、作者の都合によりちょっと間があきます。

  ガムシロ入り牛乳でも飲みながらのんびりお待ちください。

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