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3-04

◇ ◇ ◇


「えっ……なにこれ。隠し撮りじゃん。普通にキモいんだけど」


「ですよね」


 美咲の率直な意見を、夏弥はじっくりと噛みしめていた。

 この場において言えば、美咲は今日イチで「()()」になれていたかもしれない。


 圧倒的に軽蔑の意を込めたセリフ。

 一語一語にギザギザッと棘が生えている気がする。

 凍てつくオーラも申し分なし。


 美咲がその画像に嫌悪感を示すのも無理はない。

 この美咲の反応は、夏弥がもっとも予想していたものだ。


「でもこれ、ちゃんと見てみろよ。さっき美咲が言ってた『()()()』ではないだろ?」


「……夏弥さん、あの人の味方なわけ?」


「いや……。そう言われると肯定しづらいんだけど」


「何それ。意見ブレブレじゃん」


 美咲の言葉に夏弥は黙り込むしかなかった。


 そんな夏弥を横目に「はぁ」と一つため息を漏らし、美咲はさらにこう続ける。


「まぁ卑猥な写真撮ってるわけじゃないのはわかったけど、それでもなんか透けて見えるんだよね」


「透けて見える……?」


「そう……なんていうの? その、どういう目であたし達女子のこと見てたのかって。そういう『撮る側』の下心が写真から透けて見えるってこと。……まぁ、女子側じゃない夏弥さんに、こんな説明したって無意味なんだろうけど」


「……いやいや。気持ちは察する。ていうか、単純に不快に感じるよな。コソコソ撮られるのって」


「うん。……でも夏弥さんが言うところの『リスク』も、あたしはわかるから」


「そっか。……まぁ、それなら話は早いな」



「ねぇ、そういえば一個、条件があるんだけど」


「条件……?」


 夏弥の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 改まってどうしたのか。


 美咲の顔を見つつ、夏弥は彼女の次の言葉を待った。


「うん。どうせ撮るならさ……な、()()()()()()()()()()()()


「え、俺?」


 美咲は耳元の辺りに掛かった自分の髪に触れながら、そんなことを口にした。


「別にダメじゃないんでしょ? あっ、あたし以外が映ってても……」


「え、ちょっと待って。その写真を小森に見せるかもしれないんだぞ⁉ それはそれでおかしな誤解を生むだろ⁉」


「それは……あとでボカシとか入れたりすればいいじゃん」


 困惑する夏弥の前で、美咲は指を軽く振ってみせた。

 ジェスチャー・オブ・ボカシ加工。

 スマホの画面上でボカシ加工をする際、きっと指はそのように動かすに違いない。


「まぁ、それなら確かに問題ない、のか?」


(一人で撮られることが嫌とか、そういうこと……? まぁそれはわからなくもないけど。……ちょっと寂しいっていうか、そういう気持ちってあるよな。特に女子は群れることが本能みたいなもんだって、前に洋平も言ってたし)


 正直なところ、夏弥には美咲の本音がわからなかった。


 けれど、写真撮影を許可した時点で、美咲に主導権がある。

 そんな気がしていた。


 だからこの意見は、できることなら通してあげたかった。



「わかったよ。それじゃ、一緒に撮るか」


「……!」


 夏弥の返事に、美咲の目が一瞬だけ輝いた。


「言っとくけど、俺の写真写りの悪さ、すごいから覚悟してくれよ?」


「ふふっ。どういう脅しなの、それ」


「がんばろう、おうち☆撮影会。エイ、エイ、オー」


 夏弥は、力のない拳をふにゃふにゃと振り上げてみせた。


「ふざけすぎでしょ」


「いや映り悪いのはガチだからな。開き直ったほうがいいかなって」


「へぇ。逆にちょっと楽しみかも」


 そういうわけで、急遽二人のおうち☆撮影会が始まったのだった。



 美咲の明るいライトブラウンのショートボブヘアは、いつも通り(つや)やかで綺麗だった。首回りはさっぱりとしていて、相も変わらずさわやか成分多めである。


 トップスはその明るい髪色を映えさせる藍色のチュニックシャツ。

 その色を意識してか、ボトムスは黒のチノパンでぐぐっと引き締められている。


 カラーリングとしては、上から下にかけて段々と沈んでいく配色だ。


 すでに大人びているそのビジュアルは、そのまま美咲の成人した姿を簡単に想像させるほどだった。



 そんな美咲の横に立ちながら、夏弥は自分のスマホを掲げていた。


「うぐっ……! じ、自撮りって、結構腕が疲れるんだなっ⁉」


「ぷっ。夏弥さんの腕、震えすぎでしょ」


「ほ、ほっといてくれ」


 自撮り棒も無いなか、二人は一緒に写真を撮ることになった。


 これがどちらか一人だけの撮影であれば、大して腕をピンと伸ばさずに撮れるのだけれど、今回はツーショット。地味に大変である。


「っはぁ、ダメだ。腕がしんどい……。美咲、もうちょっとこっちに寄ってくれ」


「うん」


 カメラに収めるため、夏弥はほとんど反射的にそんな指示を出していた。


「っ……」


 美咲は夏弥の言葉に従って、ぴったりとくっついてみせる。


 声こそあげなかったけれど、美咲は内心ドキドキしていた。

 自分の鼓動がうるさいくらい高鳴ってしまっていて、むしろ隣にいる夏弥がその音に気付いてしまうかもしれない。

 そのくらい緊張していた。


「よし。これならしっかり収まってそうだ」


「……そ、そうだね」



 夏の薄着とあって、露出した肌と肌とが触れ合っていた。

 ただ、それについては二人とも暗黙の了解といった雰囲気で、何も言わなかった。

 肩から肘の辺りまで、本当は密着しているのに。


「何枚か撮るよ」


「……う、うん」


 無論、内心のドキドキを隠したかったのは美咲だけじゃなかった。


(近いって近いって。確かに俺が寄ってくれって言ったんだけど。ていうか暑いっ! ……体感四十度オーバーなんだけど、冷房壊れてるのか?)


 ※もちろん冷房は正常に稼働しています。


 上記の心の叫びは、スマホを持っている夏弥の叫びに他ならない。


「――ふっ」


 ここで不意に、美咲がほくそ笑んだ。

 笑った際のそのわずかな揺れが、触れていた夏弥の肩にも伝わる。


「ん? ど、どうした美咲」


 至近距離だったため、夏弥は顔をずっと前に向けたままそう尋ねた。


 今、横を向いたら、おそらくとんでもない近さで美咲の顔を見ることになる。


 それがわかっていたから、夏弥は前を見続けていた。


「いや……シャッター音て、ウケるなぁと思って」


「ああ。……『ャケシュッ‼』みたいなやつな」


「え? 普通に『カシャッ』じゃない?」


「違うんだよ。よく聞いておけよ? いくぞ。ほら」


 確かに『ャケシュッ‼』的な音が二人の前で鳴り響く。


「すごっ。小っちゃい『ャ』まで聞こえるじゃん」


「俺のスマホ、スピーカーに埃が詰まってて効果音おかしくなってんだよ」


「それは……え、てか買い替えれば? ……ふっ、あははは!」


 緊張から(ほころ)びかけていた美咲の顔が、完全に綻んだ瞬間だった。


 ――さらにもう一度シャッター音が鳴る。


 夏弥が二度目のシャッターボタンを押していたのだ。

 彼はほとんど無意識的に、美咲のその笑顔をカメラに収めることができたのだった。


「ふぅ……も、もういいよな? このおうち☆撮影会」


 そう言いながら、夏弥は美咲から少し距離を取る。


 触れ合っていた肩や肘が離れたことで、ようやくひと心地着けたといった様子だった。


「え。もういいって……まだこの角度だけじゃん。これ、後で見返してその中から選ぶんでしょ? それなら、もうちょっと撮る必要あるんじゃない?」


「……確かに。言えてる……」


「じゃあほら、撮らないと」


「うん? 美咲、案外乗り気になってきた?」


「あっ……やっ、違うし。乗り気とかじゃないから! 枚数少ないとよくないでしょって話だから。乗り気になってきたとか、そういうの冗談でもつまんないよ?」


「そ、そっすか……」


 自分や相手の気持ちを考えてみると、お互い「もう少しこの撮影には時間がかかるだろうな」と感じていた。

 実際、午前中いっぱいがこの写真の件に(つい)やされたのだった。

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