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◇ ◇ ◇
「えっ……なにこれ。隠し撮りじゃん。普通にキモいんだけど」
「ですよね」
美咲の率直な意見を、夏弥はじっくりと噛みしめていた。
この場において言えば、美咲は今日イチで「素直」になれていたかもしれない。
圧倒的に軽蔑の意を込めたセリフ。
一語一語にギザギザッと棘が生えている気がする。
凍てつくオーラも申し分なし。
美咲がその画像に嫌悪感を示すのも無理はない。
この美咲の反応は、夏弥がもっとも予想していたものだ。
「でもこれ、ちゃんと見てみろよ。さっき美咲が言ってた『変なの』ではないだろ?」
「……夏弥さん、あの人の味方なわけ?」
「いや……。そう言われると肯定しづらいんだけど」
「何それ。意見ブレブレじゃん」
美咲の言葉に夏弥は黙り込むしかなかった。
そんな夏弥を横目に「はぁ」と一つため息を漏らし、美咲はさらにこう続ける。
「まぁ卑猥な写真撮ってるわけじゃないのはわかったけど、それでもなんか透けて見えるんだよね」
「透けて見える……?」
「そう……なんていうの? その、どういう目であたし達女子のこと見てたのかって。そういう『撮る側』の下心が写真から透けて見えるってこと。……まぁ、女子側じゃない夏弥さんに、こんな説明したって無意味なんだろうけど」
「……いやいや。気持ちは察する。ていうか、単純に不快に感じるよな。コソコソ撮られるのって」
「うん。……でも夏弥さんが言うところの『リスク』も、あたしはわかるから」
「そっか。……まぁ、それなら話は早いな」
「ねぇ、そういえば一個、条件があるんだけど」
「条件……?」
夏弥の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
改まってどうしたのか。
美咲の顔を見つつ、夏弥は彼女の次の言葉を待った。
「うん。どうせ撮るならさ……な、夏弥さんも一緒に映ってよ」
「え、俺?」
美咲は耳元の辺りに掛かった自分の髪に触れながら、そんなことを口にした。
「別にダメじゃないんでしょ? あっ、あたし以外が映ってても……」
「え、ちょっと待って。その写真を小森に見せるかもしれないんだぞ⁉ それはそれでおかしな誤解を生むだろ⁉」
「それは……あとでボカシとか入れたりすればいいじゃん」
困惑する夏弥の前で、美咲は指を軽く振ってみせた。
ジェスチャー・オブ・ボカシ加工。
スマホの画面上でボカシ加工をする際、きっと指はそのように動かすに違いない。
「まぁ、それなら確かに問題ない、のか?」
(一人で撮られることが嫌とか、そういうこと……? まぁそれはわからなくもないけど。……ちょっと寂しいっていうか、そういう気持ちってあるよな。特に女子は群れることが本能みたいなもんだって、前に洋平も言ってたし)
正直なところ、夏弥には美咲の本音がわからなかった。
けれど、写真撮影を許可した時点で、美咲に主導権がある。
そんな気がしていた。
だからこの意見は、できることなら通してあげたかった。
「わかったよ。それじゃ、一緒に撮るか」
「……!」
夏弥の返事に、美咲の目が一瞬だけ輝いた。
「言っとくけど、俺の写真写りの悪さ、すごいから覚悟してくれよ?」
「ふふっ。どういう脅しなの、それ」
「がんばろう、おうち☆撮影会。エイ、エイ、オー」
夏弥は、力のない拳をふにゃふにゃと振り上げてみせた。
「ふざけすぎでしょ」
「いや映り悪いのはガチだからな。開き直ったほうがいいかなって」
「へぇ。逆にちょっと楽しみかも」
そういうわけで、急遽二人のおうち☆撮影会が始まったのだった。
美咲の明るいライトブラウンのショートボブヘアは、いつも通り艶やかで綺麗だった。首回りはさっぱりとしていて、相も変わらずさわやか成分多めである。
トップスはその明るい髪色を映えさせる藍色のチュニックシャツ。
その色を意識してか、ボトムスは黒のチノパンでぐぐっと引き締められている。
カラーリングとしては、上から下にかけて段々と沈んでいく配色だ。
すでに大人びているそのビジュアルは、そのまま美咲の成人した姿を簡単に想像させるほどだった。
そんな美咲の横に立ちながら、夏弥は自分のスマホを掲げていた。
「うぐっ……! じ、自撮りって、結構腕が疲れるんだなっ⁉」
「ぷっ。夏弥さんの腕、震えすぎでしょ」
「ほ、ほっといてくれ」
自撮り棒も無いなか、二人は一緒に写真を撮ることになった。
これがどちらか一人だけの撮影であれば、大して腕をピンと伸ばさずに撮れるのだけれど、今回はツーショット。地味に大変である。
「っはぁ、ダメだ。腕がしんどい……。美咲、もうちょっとこっちに寄ってくれ」
「うん」
カメラに収めるため、夏弥はほとんど反射的にそんな指示を出していた。
「っ……」
美咲は夏弥の言葉に従って、ぴったりとくっついてみせる。
声こそあげなかったけれど、美咲は内心ドキドキしていた。
自分の鼓動がうるさいくらい高鳴ってしまっていて、むしろ隣にいる夏弥がその音に気付いてしまうかもしれない。
そのくらい緊張していた。
「よし。これならしっかり収まってそうだ」
「……そ、そうだね」
夏の薄着とあって、露出した肌と肌とが触れ合っていた。
ただ、それについては二人とも暗黙の了解といった雰囲気で、何も言わなかった。
肩から肘の辺りまで、本当は密着しているのに。
「何枚か撮るよ」
「……う、うん」
無論、内心のドキドキを隠したかったのは美咲だけじゃなかった。
(近いって近いって。確かに俺が寄ってくれって言ったんだけど。ていうか暑いっ! ……体感四十度オーバーなんだけど、冷房壊れてるのか?)
※もちろん冷房は正常に稼働しています。
上記の心の叫びは、スマホを持っている夏弥の叫びに他ならない。
「――ふっ」
ここで不意に、美咲がほくそ笑んだ。
笑った際のそのわずかな揺れが、触れていた夏弥の肩にも伝わる。
「ん? ど、どうした美咲」
至近距離だったため、夏弥は顔をずっと前に向けたままそう尋ねた。
今、横を向いたら、おそらくとんでもない近さで美咲の顔を見ることになる。
それがわかっていたから、夏弥は前を見続けていた。
「いや……シャッター音て、ウケるなぁと思って」
「ああ。……『ャケシュッ‼』みたいなやつな」
「え? 普通に『カシャッ』じゃない?」
「違うんだよ。よく聞いておけよ? いくぞ。ほら」
確かに『ャケシュッ‼』的な音が二人の前で鳴り響く。
「すごっ。小っちゃい『ャ』まで聞こえるじゃん」
「俺のスマホ、スピーカーに埃が詰まってて効果音おかしくなってんだよ」
「それは……え、てか買い替えれば? ……ふっ、あははは!」
緊張から綻びかけていた美咲の顔が、完全に綻んだ瞬間だった。
――さらにもう一度シャッター音が鳴る。
夏弥が二度目のシャッターボタンを押していたのだ。
彼はほとんど無意識的に、美咲のその笑顔をカメラに収めることができたのだった。
「ふぅ……も、もういいよな? このおうち☆撮影会」
そう言いながら、夏弥は美咲から少し距離を取る。
触れ合っていた肩や肘が離れたことで、ようやくひと心地着けたといった様子だった。
「え。もういいって……まだこの角度だけじゃん。これ、後で見返してその中から選ぶんでしょ? それなら、もうちょっと撮る必要あるんじゃない?」
「……確かに。言えてる……」
「じゃあほら、撮らないと」
「うん? 美咲、案外乗り気になってきた?」
「あっ……やっ、違うし。乗り気とかじゃないから! 枚数少ないとよくないでしょって話だから。乗り気になってきたとか、そういうの冗談でもつまんないよ?」
「そ、そっすか……」
自分や相手の気持ちを考えてみると、お互い「もう少しこの撮影には時間がかかるだろうな」と感じていた。
実際、午前中いっぱいがこの写真の件に費やされたのだった。




