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3-03

◇ ◇ ◇


 翌日は、すでに午前中からうだるような暑さだった。


 ただそれでも、夏弥の寝ていた201号室のリビングは、冷房によってまだずっと過ごしやすい室温だった。


「――――あ。夏弥さん、ちょっといい?」


「うん? ああ、もう起きてたんだ美咲。おはよう」


 美咲は夏弥よりも先に起きていて、ベッドの斜めに位置するいつものソファに腰を落ち着けていた。


「昨日のこと、考えたんだけど」と美咲。


「昨日のって、写真の件?」


「そう」


「ちょっと待って。先に顔とか洗ってくる」


 美咲は案外、律儀なところがあるのかもしれない。

 昨夜夏弥に言われた「考えておいてくれ」をしっかり受け、考え、そして結論を出していたようで。


 そして夏弥が洗顔などを済ませてリビングへ戻ると、改めて話を切り出してきたのだった。


「別に撮られてもいいと思って。写真」


「え、本当か⁉」


 リビングのローテーブルに朝食を出しながら、夏弥は美咲の言葉に目を丸くさせた。


「撮られてもいいのか」


「いいって言っても、もちろん変なのはダメだし」


「変なの……?」


 夏弥は美咲の瞳をじっと見つめて聞き返す。

 いや、夏弥は少し意地悪だったかもしれない。


 この時の夏弥は、美咲の言う「変なの」がどういった類いの写真であるのか、余裕で想像できていたからだ。


「変なのは変なのでしょ。てか、それで伝わってよ」


「ああ、大体想像ついてたわ」


「あの人が言ってたような変な写真はダメだけど、普段の写真ならまぁ別にいいし。ただ……」


 そこまで話し進めて、美咲は口ごもった。


「ただ、どうしたんだ?」


「……あの人に、資料以外の目的で使うのはやめさせてほしいんだけど」


「あぁー……」


 資料以外の目的とは、言わずもがな主にピンク色の発電行為を意味していた。


 この静かなるお察しは、思春期の夏弥と美咲にとって文字通り朝飯前のことだった。


「もちろん厳しく釘はさしておく。さすがに普段着の写真で何かそういう卑猥なことはしないと思うしな。そもそも、小森は洋平と仲が良いんだ。少なくとも誰かに広めたりとか、そっちの心配はない。そんなことしたら、アイツ自身の立場もまずいことになるだろうし」


「そう……だといいけど」


「とりあえず朝食食べよう。ホットサンド、冷めるよ」


「うん」


 今日の朝食は夏弥のお手製ホットサンドだった。


 二等辺三角形に成形されたパンには、美味しそうな茶色の焦げ目が網目状に入っている。


 二人は、それをザクザクと音を立てながら食べていった。


「うまっ……いいじゃん。これ」


「うん。我ながら点数高めだわ。十点」


「ねぇ、夏弥さんこれ、トマトと……あと何か他に入れてない?」


「あ、気付いた? やっぱり食感で気付くかなって思ってた」


「何入れてんの?」


「フッフッフ。それは当ててください」


「いや教えてよ。何のクイズだし」


「これも料理上達の一環ですよ。オホホ」


 夏弥のお手製ホットサンド。

 そのパンの内部には、マヨネーズとトマト、チーズ。そして小さく砕いたクラッカーを入れていた。


 ザクザクに焼き上げたパンの中で、クラッカーが気持ちいい食感を演出してくれる。


 これは、夏弥自身気に入っている一工夫だった。


「わかった。中に入れてるのクッキーでしょ、これ」


「違いますね」


「わかった。ビスケットだ」


「違います」


「……てか、クッキーとビスケットの違いってなんなの? 永遠の謎なんだけど」


「え? そう言われるとわかんないな……。クラッカーも分類がよくわからんし」


「クラッカー入れてたんだ」


「あ……。ハイ」


「じゃあもうほとんどビスケットだね。ビスケットで「正解」って言ってくれないの、ただのズルじゃん? ひどいんですけど」


「いや、ズルではないだろ。…………ていうか、ズルってなんだよ」



◇ ◇ ◇


 食事を終える頃、夏弥のスマホにとある人物からラインが届いていた。

 それは昨夜、三條第一公園でひと悶着あった小森貞丸からのものだった。


(……小森? 早速、美咲の返答が気になってライン寄越したのかな)


 特に深く考えず、夏弥は小森とのトーク画面を開いてみることにした。


『まずはこれを見てくれ↓』


 その一文の後に、数枚の画像が続けて送られてきている。

 画像は、どれも三條高校で日常を過ごす平和そうな女子の画像だった。


「は?」


 夏弥は一瞬頭が真っ白になった。

 なぜ貞丸が自分にこの画像を送ってきたのかわからなかった。


(なんだよこれ⁉ これって全部隠し撮りだよな? 映ってる女子、全員気付いてないっぽいし……。ていうか全員二年?)


 まさにその通り。

 夏弥の推測は大当たりだった。


 これは、貞丸がいつも自分の資料用として撮ってきたいわゆる隠し撮りのうちの数枚。ちなみに、この数枚は氷山の一角に過ぎない。


『朝から一体どうした……?』


 恐る恐る、夏弥は返信を送った。

 美咲に画面を覗かれたら一貫の終わりだったのだけれど、なんとかその最悪な出来事は起きなかった。


 夏弥のラインメッセージに対し、貞丸の返信が秒で返ってくる。


『いやいや。参考に送っただけ』


『参考?』


『こんな感じで、自然体を撮ってくれるのでもいいし、バッチリ目線もらって撮ってくれてもいいよ! まぁ個人的には自然体の方がいいけど……。とにかく一応送っておいたほうがいいかなぁって思って』


『いや、注文つけられる立場かよ⁉』


 夏弥の意見はごもっともである。

 自分の性癖に美咲を巻き込もうとするだけでは飽き足らず、貞丸はさらに注文をつけたいらしい。面の皮が厚いとはこの事だ。


『そもそも、まだ美咲から許可が下りたなんて言ってないだろ?』


『確かにそれもそうだね。…………訊いてくれた?』


『それはちょっと待ってくれ。色々あるからさ』


 そう返信を送り、夏弥はしばらく貞丸のラインを放置することにした。


 その場ですぐに『ああ、美咲からオッケーが出たよ』と答えるのは簡単だ。だけれど、夏弥はその回答がいくらか軽率に思えてならなかった。


 実際に撮ってみなければ、わからない感情もあるかもしれないのだから。


「夏弥さん……? どうかした?」


 夏弥が自分のスマホとにらめっこしていると、横から美咲が声をかけてきた。


「いや……」


「?」


 美咲をチラッと見てから、夏弥は手にしていた自分のスマホに視線を戻す。

 そこには無論、貞丸が送ってきた隠し撮り画像がある。


 同学年の女子達。


 ――机に頬杖をつきながら、友達とダベっている女子。

 ――昼休みに体育館でバレーボールに興じている女子。

 ――カーディガンのポケットに手を入れながら、廊下で友達とふざけあっている女子。


 そんな具合で、なんともバラエティに富んだ女子の隠し撮りオンパレード。


 共通するのは、決してそれらの画像がパンチラなどを狙って撮られたわけではないということだ。(※たぶん)


 同学年女子のごくごくありふれた日常を、丁寧に切り取ってみた。と、そんな印象を受ける一枚一枚。


(……まぁ被写体がカメラの存在に気付いてないほうが、自然体っちゃ自然体だよな。その理屈はわかる。いつもの佇まいというか。盗撮って言ってしまうとそれまでだけど)


 貞丸の考えは、ある意味筋が通っているのかもしれない。


 夏弥自身に変身願望は一切ないわけだけれど、それにしても貞丸のその理屈はわかっていた。


(うーん……まぁ……うん。美咲に見せるだけ見せてみるか……。その反応次第で実際に撮るかどうか、美咲と相談すればいいだろうし)


 結果、夏弥はこの送られてきた画像を、思い切って美咲に見せることにしたのだった。

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