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2-26

 二人は、あまり通ったことのない道を歩いていた。

 例のミスッタドーナツに寄ろうとした日に通った道と同じ道だ。


 ただ今回は少し違う。

 学校帰りの進行方向とは逆だったので、この道はもうほとんど初めて見るようなものだ。


 夜空に浮かんだ白い月が、街灯や明かりの少ない道でも二人の歩く先を照らしてくれていた。


 しばらく歩くと、約束の第一公園が見えてくる。


 スマホでググって確認した時に比べて、さらに気持ち手狭に感じる。

 道の反対側には線路が伸びていて、電車のライトが向こうのほうで小さく光っていた。


「じゃあ、俺はこのまま公園のブランコの方に行くから、美咲はどこか物陰に隠れてなよ」


「うん……」


 そこで夏弥と美咲は一度別れた。


 夏弥は公園の敷地内に足を踏み入れる。

 柵で囲われた公園内は、夏弥がググって調べた通り、すべり台やブランコが設置されていた。


 カサッカサッと足元の芝生を鳴らしながら進む。


「ブランコとか久しぶり過ぎるな」


 早過ぎたのかどうやらまだ貞丸は来ていないらしい。

 そう悟って、夏弥はブランコに座りながら彼を待つことにした。


 待つこと十分。公園にやってくる人影が見えた。


「藤堂?」


「ああ」


 狭い公園。しかも物静かな夜だということもあって、夏弥は柵の外から発せられたその声に気付くことができた。


 無論、声をかけてきたのは待ち人の小森貞丸。

 こちらが夏弥だとわかると彼はすぐに敷地内へ入ってきたのだった。


「悪いな小森。話があるとか言って」


「いやいや。全然いいってそれは。てか、こっちこそ、今日の今日でいきなりだったよね? ごめんよ~」


 そう応えながら、例の男子、貞丸はブランコに座る夏弥の前に立っていた。

 相変わらず男子にしては低い身長と、キレイな黒髪マッシュヘア。


 夏らしいTシャツジーンズ姿だったけれど、そもそも夏弥からすれば貞丸の私服自体、珍しく感じられていた。


「今日だったのは構わないけど、どうしてこんな夜なんだ? 予定があるなら他の日でもよかったのに」


「いやー。バイトしてたからね~」


「バイト?」


「あれ、洋平から聞いてないんだ? 俺、ミスドでバイトしてるんだよね」


「え? そうだったんだ⁉」


「うん。一年生の時からね~」


 友達の友達。夏弥からすれば、貞丸は知り合い程度の存在だ。

 初めて知る情報が多いのは、こうして一対一で話したこともないからだった。


 洋平からあらかじめ情報を聞き出しておけば、そこまで驚くこともなかったのだけれど。しかし、ラインを教えてもらった以上のことを聞き出す気にはなれなかった。


 訊けば必ず洋平は「なんでそんなに色々知りたいんだよ?」とガチめなトーンで逆に夏弥自身を問い詰めてくるに違いないからである。


「それで。話ってのは。なんでしょうーかっ?」


 貞丸はふざけながらそう尋ね、陽気に隣のブランコに座った。


 彼はその古風な男らしい名前に反し、割に中性的な見た目や声をしていて、夏弥が予想していたよりもずっと気さくな雰囲気を醸し出していた。


「話っていうのはさ……」


 夏弥は少し言い淀む。


(ラインでどう訊こうか悩んでいた時もそうだったけど、貞丸に美咲の件を確かめるのってほんとにデリケートなんだよなぁ。美咲の他にも、洋平の顔が脳裏に浮かんでくるっていうか……)


 その通りである。この、今隣にいる小森貞丸というクラスメイトが、本当に美咲のストーカーだったとしたら――。


 そんなことを仮定してみると、夏弥はつい洋平の気持ちを考えてしまうのである。


 親友の友達が、その彼の妹をストーカーしているだなんて。


 洋平がそれをどう思うかはわからない。

 けれど一般的な考えからすれば、それはあまりにも不快な話だ。


 洋平が絶賛謳歌中のアオハルストーリーも雲散霧消して、一気にあのイケメン君が暗黒面へ落ち込むという展開もありえる。かもしれない。


 もちろん、夏弥が洋平にこの事を話さなければ済む話なのだけれど。


 夏弥は生唾を呑み込み、意を決してから例の話題に切り込んでいった。


「小森が……洋平の妹を好きなのかって話で」


「え……?」


 夏弥はまず、前提条件から話し始めることにした。


 無論、この会話は美咲にも聞こえていた。

 美咲は暗闇に紛れて、公園のすぐ隣に立つ民家のブロック塀に身を潜めている。


「洋平の妹だよ、妹。うちの高校の一年。鈴川美咲。わかるだろ?」


「し、しし知ってる……けど? なんで急にその子の話題?」


 貞丸はいきなり持ち出された美咲の名前に、あからさまな動揺を示していた。


 上ずった声。やたらと泳がせている目。非常にわかりやすかった。

 こんなキョドり方をすれば、いくら冴えたところのない夏弥でもすぐに事情がわかってしまう。


「……」


(慌てっぷりからして当たりっぽいな。やっぱり貞丸は美咲のことが好きらしい)


「――なんでっていうか、この前学校の帰り道で、お前が彼女のあとを付けてるところ、目撃しちゃったんだよ。だからまさかとは思ったけど……そうなのかなって」


 別に目撃なんてしていない。

 夏弥はウソをついた。ウソというか、これはカマをかけたのである。


 美咲から得た情報によれば、このカマにかかってくれるだろうと、そう思っていた。

 ところが。


「う、うう、後ろを歩いてただけだし! あとを付けてたとか、人聞き悪すぎなんだけど⁉ ご、誤解するなよ……」


 貞丸は大人しげなそのマッシュヘアには似つかわしくない、強めの語気で反論した。


「……付きまとってたことは認めるんだな。ふぅ~ん」


「だっ、だからさぁ! っ…………も……もういい! 俺、帰るわ!」


 貞丸はそんな捨て台詞を吐いてブランコから立ち上がった。


「おい、まだ話は終わってないだろ⁉ 待ってくれよ!」


 まずい。このまま貞丸を帰すわけにはいかない。

 ストーカーの理由も聞き出せずに終わってしまう。

 無駄骨に終わるパターンは一番避けたい。夏弥はそう感じていた。


「待てって! おいっ!」


 帰ろうとする貞丸の姿に焦った夏弥は、たまらず貞丸の服を背後から掴んだ。


「うわっ!」


「えっ――――⁉」


 服。というか夏弥が掴んでいたのは、貞丸が腰のあたりまで落として履いていたジーンズだった。


 暗闇のせいで、誤ってそこを掴んでしまったらしい。


 急に引っ掴まれたことで、貞丸は地面に倒れた。

 お尻だけ天に向ける四つん這いのポーズ。

 一方夏弥も、思っていたよりずっと貞丸の前進する力が強く、引っ張られる形で同じ方向に倒れてしまっていて。


「いったっ……」


「ご、ごめんな……え。ていうかお前…………それって……」


「ん? ……なあっ⁉」


 夏弥は目の前に突き上げられた貞丸のお尻を見て、思わず言葉を失った。


「み、見てんじゃねぇよ‼ バカやろうがぁぁ!」


「……」


 夏弥は一瞬、貞丸の性別を疑った。

 目の前に晒上げられたお尻には、本来装着されているべき男子の下着が装着されていなかったからである。


 ブリーフ。トランクス。ボクサーパンツ。


 どれでも結構だが、貞丸の履いていたパンツは、そのどれにも属していないものだった。

 統一感のあるミントグリーン。飾り立てられし魅惑あふるる下着。


 端的にいえば、()()()()()()()だった。


 ちょっぴりお高い価格帯のランジェリーショップに置かれていそうな、花の刺繍などのあしらわれている下着である。


 かの有名な精神分析法ロールシャッハテストになぞらえたら、シルエットでは牛の頭にも巨大な蛾のようにも見えるシルエットだろう。


 ただし、今の夏弥にはロールシャッハテストなんぞどうだっていいことで。

 問題なのは、今目の前にあるものが、女の子の履くパンツということだけだった。


 理解不能。そんな四文字が夏弥の顔には書いてある。


「……」

「……」


 謎の沈黙が生まれていた。


「み、見られてしまったようだね……」


 貞丸は、ゴゴゴゴ……とよくわからない効果音でも後ろに背負ってそうな雰囲気で、ゆっくりと振り返った。


「ひぇえっ⁉」


 夏弥は怯えて身をのけぞらせる。危うくブランコから落ちるところだった。

 怯えて当然だ。


 夏の夜の公園で、あんまりよく知らないクラスメイトの男子が女性ものの下着を履いていたのだから。

 そんな人の秘密を偶然知ったとあって何を平静なんて装えるものか。


 本当にあった怖い話として一本収録しておきたいシチュである。

 ただ、貞丸はそんな夏弥の顔を見てから、何か一つ諦めたような表情とため息をもらし、こう続ける。


「はぁー…………もう見られちゃったら仕方ないかぁ……」


「と、とにかく小森……ストーキングは良くないからやめたほうがいいよ」


「……」


「ていうか、それが好きな相手を困らせる行為だってことくらい、小森だってわかってるんだろ?」


「え……?」


「?」


 夏弥の諭す言葉に、貞丸は小首をかしげていた。


 夏弥なりに場の空気を切り替えるため、話を戻したつもりだった。だというのにピンと来ていないらしく。


(なんだこの小森の反応。俺の言ったこと、何か間違ってた……? いやいや。当たってるよな? 美咲が好きだからストーカーしてて。けどそれは困らせる行動だからやめたほうがいいって諫めてあげて。……ここまでで俺、どこか間違ってる……?)


「藤堂、お前何言ってるの?」


 夏弥が悩むなか、貞丸はずり落ちたズボンをはき直しながら答えた。


「俺、別に洋平の妹のこと、好きじゃないよ?」


「え。…………いやいや。今更そんなわかりきったウソとかつかなくていいよ?」


「あー……そうじゃなくて。マジで。マジだからね?」


「……そ、そうなん?」


 夏弥の思考が停止した。


「うん。洋平の妹がすっごい可愛い子だっていうのは知ってるよ? つーか割と有名人じゃん。うちの高校の花形。でもそうじゃないんだよ」


「そうじゃないって?」


「いや……まあまあ! いいじゃん、この話は!」


「はぁ? ここで答えないなら、ストーカーしてたこと洋平に言っちゃおっかなー」


「なっ……⁉ 藤堂、お前それ卑怯すぎるだろ⁉ 悪党だ! 悪藤堂(あくとうどう)!」


「どっちが悪党だよ。それに変なあだ名を発明するな。悪いのはそもそも小森だろ? 小森が影から付きまとったりしてなきゃこんな話にはなってないんだよ」


「ぐぬぅ……」


 貞丸は歯を食いしばるような、苦しい声をあげている。


「で? なんで付きまとったりしてたわけ? いい加減、理由教えてくれてもいいだろ」


「……ま、まぁ…………もういいか。藤堂はそんなに口軽くなさそうだし」


「うんうん」


 夏弥は少し身を乗り出して「うん」を二回連呼した。

 その口ぶりは綿毛のごとし軽さである。

 そんな夏弥に向けて、貞丸は想いの丈を一気にぶちまけたのだった。



「じ、実は俺…………男だけど、か、可愛い女の子になってみたいんだ! だから鈴川美咲とか、うちの学校の可愛い女子を参考にしようと思ってたんだよ‼」



 可愛い女の子になってみたい。

 確かにそう言った。


 夜の三條第一公園に特殊性癖のカミングアウトがこだました。


 向かいでブランコに座る夏弥は、目を点にさせていた。

 近くの物陰から見届けていた美咲も、当然目を点にさせている。


 夏の夜にふさわしい、いくらか狂ったセリフだった。

※あとがき

 以上で二巻目はおしまいとなります。


 お読みくださった方々、評価ポイントやブクマ登録等してくださった方々、執筆のモチベーションに繋がりました。とても嬉しかったです。

 続きの投稿は今のところ未定です。

 また次回、何かの作品でお会いできれば幸いです。

 ご愛読いただき、誠にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 美咲が自分の感情自覚してやっとここから動くのかと思いきや終了かー…続きいつか出ないかなぁとほんのり期待しとこ
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