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2-14

◇ ◇ ◇


 翌朝、夏弥は美咲に肩をゆすられる形で目を覚ました。


「……うん?」


「起きてよ」


「なん……ん?」


 夏弥は目をこすりながら身体を起こした。

 まだ少し眠気の残る視界には、すっかり見慣れた美咲の綺麗な顔が映っている。


 その直後、そういえば昨夜はリビングのソファで寝ることになったのだという事情を夏弥は思い出す。


 外はもうすっかり明るくなっていた。

 リビングはすでに電気が点けられていたけれど、きっとその電気を消しても大して変わらないと思えるくらい明るかった。


「美咲……起きるの早いな」


「いやもう七時十分なんだけど? こんな時間まで寝てたら、あたし遅刻確定じゃん」


「い、言えてる」


 美咲はもうすでに学校指定のブレザーをいつも通り着こなしていて、髪やメイクもしっかりと済ませた後だった。


「早く朝食作って? 話があるから」


「……話?」


 寝起き早々、一体どうしたというのか。

 夏弥は不思議に感じつつも、ひとまず洗面台で顔を洗うことにした。


 その後、歯を磨いている時に「そういえば昨日、俺って美咲に殴られたんだよな……」とあのコントのような一部始終を思い出し、夏弥はアゴの辺りをさする。


 あれはしっかりと痛かった。


(いくら美咲が普段冷静に務めるタイプでも、あの暴れん坊っぷりはなぁ……。……ヤバイ。思い出したらちょっと笑いそうになってきた。美咲自身、覚えてないだろうっていうのがまた……。……なんか俺だけが知ってる秘密みたいでちょっと優越感あるな)


 それから夏弥はキッチンに立ち、朝食を作り始めた。


 今日はシンプルに、焼きベーコンとレタス、トマトを合わせたサンドイッチにしようと決めていた。通称BLTサンドイッチと呼ばれる、見た目もお味も満足感のある一品。


 これだけで、山でも公園でもお手軽にピクニック気分を味わえる。しかしながら、夏弥は未だにこの手料理を山や公園でお披露目したことがない。そんな機会はない。


 小高い丘の上なんかでそよ風に吹かれつつ、女子と二人きりではむっとコイツを口に頬張りたいところだけれど。


「よーし、できたできた~。我ながら、また罪なものができたな」


「……夏弥さん、それサンドイッチ?」


「え? ああ、そうだけど」


「ふぅん……。なんか()えそう」


「……あ、ありがとうございます」


「……」


 よくわからない沈黙が、出来たてのサンドイッチと二人の空間に挟まった。


「とにかく早く食べるぞ? 俺はまだ制服に着替えてないんだから」


「うん。え、ていうか待って。……なんか量多くない?」


「ああ。お昼ごはんの分も作ったからなー。俺、今日はこれ持ってくし。最近、お昼は弁当にしてるんだよ」


「へぇ。そうだったんだ」


 夏弥は、同居を始めた当初こそほとんど購買でお昼を済ませていた。けれど、生活リズムに慣れて余裕が生まれてきたことから、最近はずっとお弁当を作るようになっていた。


 昨日もそうだ。ただ、その弁当はいつも一人分。

 それは美咲への意地悪でもなんでもなく、JKの美咲にはJKらしい都合が何かとあるだろうと思っていたからだ。


 友達と仲良く購買でお昼を買い、さあさあまったりランチタイム♪ 的な、そんな都合への配慮である。


 美咲は、夏弥のお昼事情がそんな風に変化していたとは思ってもいなかった。


「……夏弥さんって、ほんとお母さんみたいだね」


「あ、そんなこと言うなら朝食抜きかな」


「は? 冗談じゃん。通じなっ。……てか、お弁当ね……ふぅーん」


 夏弥は、美咲の表情からその気持ちを容易に察する。


「美咲もお昼、コレにする?」


「……余ってるの? 余ってるならそれでもいいんだけど」


「できたのはもう余ってない。けどまぁ、どうせ食材まだ出しっぱだし、ついでに作るよ? 渾身のBLTサンドイッチを」


「……BL、Tサンドイッチ?」


「おかしなとこで区切るのはやめなさい」


「何勘違いしてんの……? キモキモなんだけど」


「えっと……今、誘導してきたよな……?」


 夏弥の反応に、美咲の口角はほんの少しだけ持ち上がっていた。


 ――さてそんな会話もそこそこに、二人はリビングで朝食をとることにした。


 焼きたてのベーコン。シャキッと水で洗いたてたレタス。みずみずしいスライストマト。

 それらは絶妙な一口に昇華されている。


 夏弥はそんな素材の味に感謝しつつ、鼻をちょっとだけ高くする。


(普通にウマいな。一人暮らしの時から作ってる定番の朝食だったけど……。それにしても、さっき言ってた美咲の「話」ってなんなんだ?)


 夏弥は、サンドイッチを口に入れながら改めて考えていた。

 すると、美咲がまるでその思考を読み取ったかのように話を切り出して。


「あの、話っていうのは……あたしがずっと感じてた「借り」のことなんだけど」


「ああ、それね」


 美咲はその両手に持っていたサンドイッチをじっと見つめながら、さらに話を続ける。


「そう。夏弥さんが起きるまでのあいだに考えてたんだけど、こういうのどう? あたしが夏弥さんの恋愛を手伝ってあげるの。夏弥さんは、あたしに料理を作ってくれる。だから、あたしは夏弥さんの恋愛を手伝う。これなら貸し借りナシでしょ」


「手伝う……? っていうか、待ってくれ。俺の恋愛ってなんだよ……」


「いや……。はぁ。今更そういう面倒なのはいいってば……。フツーにバレてるから。夏弥さんは月浦さんが気になるんでしょ?」


「……」


 美咲は「やれやれ」といった様子で、サンドイッチを口にする。

 呆れた表情で、はむはむ言っている。

 かわいらしい口元にお似合いの、小さな一口の連打だった。


「借りを返すにしても、そういう方法か……」


「んっ……。あたしが料理の代わりにできることって、そういう事かなって思うし」


「いやいや。美咲って恋愛経験ほとんど無いだろ……⁉」


「まぁそうだけど。……でも、夏弥さんより女の子の気持ちわかるよ? たぶん月浦さんのことも。それだけで十分アドバンテージでしょ」


「確かに……。そう言われると拒む理由もないな……。じゃ、じゃあ仮に俺が月浦さんを気になるとして、具体的に何すんの? まず美咲は二年の教室には来られないだろうし、そうなると学校にいるうちは何も手伝えないよな?」


「その辺はこれから考える。……っていうか夏弥さん、そろそろ食べきったほうがよくない? めっちゃ悠長にしてるけど」


「あ、ほんとだ時間っ」


 夏弥は美咲のペースに合わせて食事をしていたのだけれど、よくよく考えてみれば二人の状況はまるで違う。


 美咲は、食後そのまま家を出ても問題ない格好。身だしなみもバッチリで、そのまま学校へ向かうことに何一つ違和感がない。


 一方の夏弥は、まだ思いっきり寝起きの姿だった。

 上下に着ている冴えないグレーのスウェット。後ろ髪も若干寝ぐせではねている。


「じゃあお弁当、持ってくから」


「ああ」


 食器をせっせと流し台へ運ぶ夏弥に、美咲はサッと告げる。

 そしてそのまま家を出ていくかと思われた。けれど――


「い、いってきます……」


 食器を洗う夏弥に対し、美咲はギリギリ聞き取れるボリュームでそう言った。


「え? ……あ、うん。いってらっしゃい」


(美咲が「いってきます」だなんて珍しいな。どうしたんだろう……? 昨日のやり取りのおかげ?)


 夏弥は、あっけにとられつつ、何気なくリビングの時計に目を向ける。


(うわ――⁉ 早く着替えないと遅刻すんじゃん。いってらとか言ってる場合か俺)


 一層慌ただしく、夏弥は制服に着替えた。寝ぐせとかもうどうでもいいのだろう。


 それから、昨日干しておいた洗濯ものをひったくり犯のように取り込んで、超特急で畳みはじめる。


 夏弥の脳裏に「猿でもできる! 皺にならない☆畳み方」とか、以前YouTubeで見た覚えのある実用系動画がチラついたりしたけれど、今はそんなことどうだっていい。時間がない。


 猿で結構。むしろこの速度に猿はついてこれるかな? と、夏弥の心のなかで見苦しい発想の転換が始まっていた。


 スピード重視。

 キレのある手さばき。


 一切の迷いがない。


 トレーナーは肩の辺りが難所だ。

 コーナーで差をつけろ。


 体感七秒くらいで畳み終えた夏弥は、そのまま家を出ようとした。


 無論、衣類はグチャグチャだが、彼のなかでは一応畳まれたことになっているらしい。


 玄関を出るすんでのところで、先ほど作ったばかりの弁当をキッチンに置き忘れていたことを思い出す。


 慌てて踵を返し、夏弥は弁当箱もまたひったくり犯のようにひったくって家を飛び出した。


 遅刻まであと十五分。


 走ればまだ余裕で間に合う。


 なかなか踏んだり蹴ったりな朝のひと時は、そんな風に、何かに急かされるようにして過ぎていったのだった。

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