表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/131

2-03

 ――というわけで、百戦錬磨の色恋天下人、洋平からこうした具体的なアドバイスをもらっていたわけである。


 洋平の言うところの「男子として尽くす」とは、今のところ「別れた悲しさを表に出さない」程度のことしか話されていないのだけれど。


 とにかく、一人の女子に何か尽くしてみたらいい。という事らしい。

 夏弥はそう解釈していた。


「まぁ、無いこともないけど。困ってること」


 ソファに深く腰掛けていた美咲は、自分の髪の毛に触れながら答える。


「おっ」


 美咲の反応が、夏弥には意外だった。

 夏弥のなかでは八割方「は? そんなん、あったとしても夏弥さんに話すわけないじゃん」と冷たくあしらわれて終わるかと思っていたからだ。


「どんなこと? 何に困ってるんだ?」


「あ……いや、やっぱいい。別に困ってなかった」


「は?」


「だからいいってば! その……やっぱいい。……困ってないって」


「……」


(これ……本当は困ってることあんのに、なんか恥ずかしいとか、めんどくさいとか、自分の中で色々理由付けてごまかしてるのか……?)


 冴えない夏弥でもこれには気が付いた。


 何に対してそんな困っているのかまではわからない。が、やはり美咲が素直じゃないことは、一か月も同居していればイヤでも理解できるわけで。


 夏弥は、この強情っ張りの冷徹JKが、どうしたら悩みを吐き出すのかと考えてみた。


 そして、彼は駆け引きに出る。


「美咲。まぁ、無理に言わなくていいよ」


「え?」


「本当は何かあるんだろうけど」


「……」


「言いたくなきゃ言わなくていい。ただ、今日から俺は()()()()()()()


「……は?」


 夏弥は、美咲を目の前にして「料理作らない宣言」をしてやった。

 主婦業ストライキ。これが効果テキメンだと踏んだのである。


 スト宣言を耳にした美咲の表情は、パキンッと音を立てて一瞬で固まった。

 あっという間の瞬間冷凍。ある意味でこれは当然の反応かもしれない。


 ここ一か月あまりの食事。主に朝食と夕食。そのほとんどが夏弥の素晴らしい手料理だった。和洋折衷、料理の三加減ぬかりなく。


 ソレは、まぎれもなく美咲の胃袋をぎゅっと握っていた。握りしめていたと言ってもいい。


 弱みを握るよりもはるかに効果があるだろう。


 人間、胃袋を握られてしまうと、はっきり言ってどうしようもない。上げられてしまった生活水準は、簡単には下げられないものである。コンビニ弁当やパック惣菜のお手軽な味も、デリバリーフードも、決してマズイわけじゃない。


 けれど、少しずつ美咲の舌に合うよう微調整を繰り返してきた夏弥の手料理のほうが、明かに美咲の胃袋を飼い慣らしていたのである。さらば出前〇。さらばウーバーイー〇。


「さて今日から夕飯どうしよっかなー? コンビニに行って買ってくるかぁ。ま、仕方ないよなー。美咲が困りごとを打ち明けないんだから」


「……」


 夏弥の言葉を聞いても、未だ美咲はカチコチに固まったままのようである。


「……じゃ、じゃあ俺、制服着替えたら外に行ってくるから――うおっ⁉」


 そう言って、夏弥が着替えの服を取りに脱衣室へ向かおうとした。その時だった。

 彼の肩を、美咲が後ろからガッと掴んでいた。


「え、……なに?」


 どこにそんな力が? と思えてしまいそうなくらい、美咲の手には力が込められていた。


 引き留められる形になった夏弥は、そのまま後ろを振り返る。

 美咲は目をそらしたまま、なんとか夏弥に聴き取れそうな声で話し始めた。


「……うから」


「ん?」


「言うから。……言うから作ってよ。料理」


「あれ? さっき困ってないって言ってたじゃん」


「……」

「……」


 お互いひと呼吸置いて。


「夏弥さんの料理……食べられないのは…………その……。イヤだし」


 美咲は、その小さくて可愛らしい唇をきゅっと噛みしめているようだった。


「そ、そっか」


 夏弥は少しだけ感動していた。

 美咲の言ったそのセリフの内容も、言い方も。前よりもずっと感情的で、急にいじらしく見えてしまっていたからだ。


「まぁ、困ってること言ってくれるなら、今日も料理作るよ」


「うん」


(胃袋を掴むのっておそろしいのかもしれないな……。覚えとこ)


 一か月以上ツンツンした態度が当たり前だった美咲だけれど、どうやら胃袋の意志には抗えないらしい。


 こうして、夏弥は駆け引きに勝つことができたのだった。


 実際のところ、夏弥も美咲が折れてくれるのか半信半疑だった。


 デリバリーの料理とはつまるところプロの料理なわけだし、夏弥もそこまで行きすぎた自信家じゃない。

 幸い、結果的には望んだ未来になった。夏弥は、ひとまずそのことに胸をなでおろす。


「――で、なんなんだよ。困ってることって」


「そ、その……」


 すぅっと一つ息を吸って、美咲は重大なことを告げるようにして言った。


「実は、ある人からつきまとわれてるんだよね。あたし」


「え⁉ マジ……?」


「うん」


「いつから? 心当たりとかある……?」


「いや、心当たりとかは――」


「そ、そうだよな。あるならとっくにわかって「ありまくるし」


 夏弥が言い終える前に、美咲の言葉が割り込んできた。


(あ、そっち……)


 ありまくって当然だった。

 なぜなら美咲は入学してから七月の現在まで、山のように男子をフリ続けてきていた。そんな死屍累々の彼らをカウントしていけば、心当たりがどうとかいう問題ではなくなってくる。


 彼ら全員が心当たりの対象である。全員が怨嗟の声をあげていて、これを原作にサイコホラー映画の一本でも撮れるだろうというレベルだった。


 夏弥は、そんなムービースターっぽい美咲の事情を踏まえた上で、溜め息をもらした。


「けどそれって自業自得じゃね? 今まで、ラブレターの中身も読まずに捨ててきたとかって前に言ってたし。そういう心無いことやってたツケだろ」


「そんなんわかってる。……な、夏弥さんが「何か困ってることないか?」って訊いてきたんじゃん」


(た、確かにそうだった……。洋平から言われてたこと、早速頭から抜けてたかも……)


 夏弥は、自分がすでにモテるためのアドバイスから離れた言動をしていることに気が付いた。


(俺に長年染み付いているクセみたいなものだ。恋愛をするのなら、こういった意見は、一度自分のなかでじっくり見据えてから外に吐き出す必要があるのかもしれない)


 そう感じて、夏弥は慌てて言葉を訂正した。


「ごめん。まぁさ、自業自得ってことを踏まえておくのは大事なことだと思うから。……それで? 俺はどうすればいい? いっそ彼氏役にでもなればいい……?」


「いや、違うから。そうじゃないでしょ?」


(え、この流れって、そういう、異性だからこそできる手助けカモンみたいな話じゃないの? 協力プレイで巻き返そう、みたいな)


「違うなら俺はどうすればいいんだ? それ以外だと、なんかまともに手伝えそうにない気がするけど」


「決まってんじゃん。夏弥さんも、あたしに()()()()()()()()()()?」


「なるほどな、わかった。俺も美咲に付きまとって――は?」


(今、付きまとってくれって言った?)


 思わず夏弥は自分の耳の裏に手を当てそうになった。


 そんな夏弥とは対照的に、美咲は真面目な面持ちでまっすぐ夏弥を見つめていた。


 微動だにしないその目は、いかにも今のセリフが正しい意見だと信じているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ラブレターを貰ったら読まないといけないとか、告白で呼び出されたら行かないといけないとか、よく考えたらそんな義理なくないですか。 受けてからすれば見返りとか返礼を当たり前だと言われるのは意見の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ