5-21【完】
◇
夏弥は、秋乃や美咲と別れて、当てもなく校内をブラブラと散策していた。
一人でもそれほど孤独感はなかった。
それは廊下を行き交う生徒の中にも一人で行動してる者たちが居たからだ。
彼らは一人で散策するというより、ほとんどが自クラスの所用で動いてるだけだったのだろうけれど。
『洋平、今何してる?』
洋平に連絡を取ってみるも、返信はない。
よほど忙しいのだろう。
夏弥の送ったメッセージに洋平が応えたのは、時刻が午後四時を過ぎた頃だった。
文化祭の終盤も終盤。
父兄もそのほとんどが帰ってしまい、生徒達も各々が自クラスの片づけに差し掛かったくらいの時間帯である。
夏弥は出し物で使用したたこ焼き機を、家庭科室の流し台で洗っていた。
そこで、彼のスマホがメッセージを受ける。
『ごめん! 実行委員めっちゃ忙しくてよー』
洋平からの返信である。
『みたいだな。もうそろそろ文化祭も終わりだが、実行委員は帰りも遅くなるのか?』
『どうなるかわかんねーな、それ……。さっき聞いてみたけど、去年はちょっと遅かったらしい。やっぱり実行委員て……アレだよな(ガイコツマーク×3)』
夏弥は洋平のそんな話を受けて。
(……一緒に帰るのは厳しいか)
夏弥としては、日中一緒に回れなかったのだから、せめて下校くらいは四人で帰りたいなと感じていた。
たぶん、美咲もそう思っているはずだ。
四人で同じ道を歩くこと自体が、もはや一つの目的でもあったりして。
(こうやって都合が合わなくなっていって、そのうち連絡も取らなくなっていって、関係が疎遠になっていくんだろうな……)
夏弥はスマホの画面をブラックアウトさせ、ポケットにしまう。
綺麗になったたこ焼き機を布巾で拭くと、そのたこ焼き機を手に教室へと戻っていった。
夏弥はこの『都合の合わなさ』が、『疎遠』の入り口であることを知っていた。
高校を出れば、もっと付き合いは減っていくのだろう。
それこそ、仲良くしたくても、する機会自体が減ってしまえば、一人の力でどうにかすることなんてできなくて。
「……」
夏弥が廊下を歩きながら、四人での思い出を振り返っていると、
『夏弥さん、途中で抜けちゃってごめん。かなり遅くなっちゃった。……てか今日一緒に帰る?』
美咲からそんなラインが送られてきていた。
「……」
美咲の言っていたあの気持ちには共感する。
事実、夏弥は夏祭りの時も、201号室での特殊メイクリハーサルも、楽しく感じるシーンはたくさんあった。
幻のように感じていた幼少期の記憶。
それがしつこく蘇えってくるのは、自分も美咲と同じように、あの頃の自分達になんとか近づきたいと思っていたから。
純粋無垢な少年少女四人に、どうしても近付きたいと思っていたからだ。
「やっぱり母さんの言ってたことも、百合さんの言ってたことも、どっちも正しかったんだ」
――四人とも、明日は今日よりも仲良くしなさい。
――仲良くすることだけが、仲良しじゃないんだよ夏弥。
◇ ◇ ◇
些細なおはなし。
彼らは十年の付き合いを経て、現在へと至る。
鈴川家は真っ白な外壁のお家で、その脇にはちょっとしたお庭があって、母親の趣味でもあるガーデニングによって花々が咲いていた。
生意気ながきんちょ四人組がその庭で遊ぶこともあり、無邪気に踏み荒らされたりなどもして。
鈴川雛子はそのたびに拳を四人に向けたことだろう。
翌日になれば、昨日の傷が痛むと笑いながら、夏弥と洋平は学校で話す。
美咲は最初こそお兄ちゃんズの奇行を止めたりしていたが、途中で、
「美咲はおかあさんにビビッてんだよな~」
と、洋平からわかりやすく煽られ、
「ち、ちがうもん!」
などと顔を赤くし、三人目の舞踏家として花々を蹴散らしにかかったものだ。
秋乃だけは終始、
「やめてよ! 美咲ちゃんだけでもやめてよ!」
といって、せめて美咲だけでも救おうと声を張り上げていたが、結局は四人とも雛子からゲンコツを食らう運命なのだった。
子どもでも連帯責任。
当時の雛子の教えは、なんとなくそれから四人にとって絶対的なものになっていった。
そう。連帯責任である。
四人のうち一人一人が、他の三人の責任も引き受ける。
どんなにバカな行ないも、くだらない言い争いも、泣くほど辛いことも、四人がそれを他人事に感じられない本当の要因は、もしかしたら鈴川雛子のこの教えにあったのかもしれない。
加えて、藤堂紅葉は当時から言っていた。
「明日は今日よりも仲良くしなさい」
この言葉を聞いた夏弥、洋平、美咲、秋乃の四人は、子ども心にこう感じていた。
「別に明日も、今日と同じくらい仲良しだと思うけど……?」
四人は想像もしていなかった。
中学、高校と進んでいった時、この気持ちや関係性が揺らぐなんて。
そんなことはありえない。信じられない。
夏弥のお母さんはおかしなことを言うなぁ、と。
◇ ◇ ◇
『ああ、一緒に帰ろう』
夏弥は美咲にラインのメッセージを返した。
美咲と二人で帰るつもりでそう送った。
三條高校の文化祭は、終了時、特にクラスで集まるという形をとらない。
片づけ作業はあらかじめ決められたメンバーが行なうので、基本的に仕事のない生徒はそのまま下校しても良いことになっていた。
午後五時過ぎ。
夏弥が片づけを終えて生徒玄関を出てみると、そこにいたのは意外な奴らで――
「おせーぞ、夏弥ぁ!」
「なつ兄が一番最後なんだけど~?」
「洋平と秋乃⁉」
夏弥は思わず声をあげた。
手にしていた鞄を、べたにも地面に落としてしまうくらい動揺していた。
「……あたしが呼んでおいたの」
「美咲!」
夏弥の後ろから美咲が現れる。
明るい髪色のショートボブをゆらす彼女は、紛れもなく美少女だった。
それから少しはにかみながら、美咲は夏弥に言った。
「四人で帰ろ?」
「……~っ」
透き通るような瞳でのぞき込まれ、夏弥は胸に込み上げてくるものを感じる。
「さっさと帰ろうぜ。そろそろ暗くなってくるわ」
「だよねー。これが夏だったらもっと日が長いのにさー」
洋平と秋乃はとてもナチュラルに生徒玄関前から歩きだしていく。
その二人に続き、美咲も歩き始める。
ただ、夏弥が動き出さないことに気が付くと、美咲は振り返って。
「? ……ほら、夏弥さんだけ置いてかれるよ?」
ちょいちょい、と優しく手招きするのだった。
「ああ。そうだな。……そうだよな。 あはははは!」
「……」
なんだか笑いたくなった。
夏弥はただ、先を歩く三人の姿に、笑みがこぼれて仕方がなかったのだ。
この光景をいつまで見られるかはわからなくても、夏弥が嬉しくなったことは事実で――
他に下校する生徒もまばらな秋の夕暮れ時。
空には薄い雲がかかっている。
そこに西日の淡い光が滲んでいて、向こうまでくすんだオレンジ色が広がっている。
「あ、そういえば来週の日曜さー」
洋平が軽く振り返って三人に話しかける。
「日雇いの単発バイトするから、お前らも参加してくれない?」
「ほぉ? ……まぁ、いいでしょう♪」と秋乃。
「仕方ない。手を貸してやろう」と夏弥。
藤堂兄妹の二人がさくさく答えて、さて三人目のご返答。
妹の美咲はというと。
「あたしも…………手を……貸してやろう……」
恥ずかしがりながらも、ちゃんと応えたのだった。
四人は、夕暮れの街へと歩きだしていく。
数年前まで当たり前だった毎日に、少しでも近付きたくて。
例えこれからの未来がそこから外れたところにあったとしても、四人ならまた再生できる。
そう信じている。
きっとまた、四人が共に過ごす時間は増えていくに違いない。
もう彼らの後ろ姿は、仲が良かったあの頃の後ろ姿だった。
(了)
※あとがき
ここで五巻分の本編は終了です。
応援コメントやフォロー、レビュー、☆の評価などいただけて大変嬉しかったです。創作意欲にもとても繋がりました。
また、数か月投稿停止していた期間があり、お待たせしてしまった読者様には本当に申し訳なく思っております。
長い間お付き合いくださり、誠にありがとうございました!
※一度こちらで完結とします。
後日談として、数年後の夏弥と美咲を書こうかなぁ…と考えていますが、そちらは投稿予定がかなり怪しいので、連載中という形はここまでとさせていただきます。
現在201号室で同棲中の二人の境遇がどうなるかは、後日談の頭の方に書こうかなと予定しています。投稿当初から、同棲してる境遇については本編で回収しない予定でしたので、何卒ご理解をいただければと思います。
度々になりますが、今まで応援していただき、誠にありがとうございました。