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5-19

 ◇


 お昼のコアタイムを無事に終え、夏弥はすぐに一年生の教室へと向かった。


 廊下には、一年生達が精一杯力を合わせて作ったと思しきポスターや、誘導も兼ねたモニュメントなどが置かれている。


 所によっては、それが誰かとすれ違いざまに肩がぶつかるだろうというほど道幅を狭くしており、さながらドン〇ホーテの店内レイアウトのよう。


 ただしクラスごとによって製作物の数が異なっている理由から、数の多さ・少なさは割と極端なものである。


 なので、ドン〇ホーテっぽい廊下を抜けると、その先ががらんどうになっているなんてことも珍しくなく。


『今一年の教室前まで来てるけど。美咲は?』


 夏弥はそのがらんとした廊下に出るなり、すぐにそのラインを送った。

 それから数秒後。


『もうあたしも出てる』


 朴訥(ぼくとつ)なその返信を受けた直後、夏弥は背中をちょんちょんと小突かれる。



「うわ! びっくりした! ……なんだよ、もう抜けてたのか」


「ふふっ。驚きすぎじゃん?」


「てか、簡単に抜けられるんだな……」


「まぁ、あたしのクラス、そもそも飲食とかじゃないからね」


「確か……ダーツ・バー?」


「そうそう。クラスの中心っぽいグループの男子が、軒並みカッコつけたい人達だから。わかるでしょ?」


「ははっ……。一年も二年も変わらんな」


 夏弥は自クラスの出し物を決めた時のことを思い出していた。


 現在の出し物『たこ焼き喫茶♪』に決まる前、当然夏弥のクラスにも、いくつかの出し物候補があがっていた。


 そのうちの有力候補に『ビリヤード喫茶♪得点次第でサービスしちゃいます♡』という、いろんな意味で年齢確認を求められそうな出し物候補があったりして。


 これが俗にいう「カッコつけたい」部類に入るかは不明だけれど、ビリヤードはまずそのポージングからして文字通り斜に構える遊戯なので、夏弥の受け取り方はおおむね外れていないのだろう。


「しかも、女子にバニー服着せようとか言いだして」


「バニー⁉」


「もちろん、速攻却下されたけどね?」


「……そうか。そりゃそうだな」


(美咲のバニー姿か……。ちょっとくらい拝んでみたかっ……いや、やめよう。こういう妄想は顔に出るからな俺)


 ああなんということ。


『鈴川美咲のバニー姿』となれば、彼女は男子のみならず女子をも魅了する魔性の権化となるに違いなかっただろう。


 まず、クールな美咲にはお似合いの黒色のバニースーツを着用。

 ぴっちりしていて、足の付け根からは黒の網タイツに包まれた太ももが伸びる。


 おっぱいやおしりのふっくら具合も「ちょうどいい」より「やや大きい」くらいのサイズ感でずるいったらない。


 しかも、涼やかで美麗なご尊顔とはまるで対局だと言わんばかりのウサギ耳だ。


 あのピョコンとした遊び心のある耳を、一体何万人の輩連中(やかられんちゅう)がはむはむしてみたいと望むことか――――


「……」


「……夏弥さん、顔に出てる」


「あ」



 ◇



 さて、夏弥が美咲と合流してから数十分。

 秋乃も、なんとか無事に二人と合流することができていた。


 お化け屋敷の特殊メイク係を仰せつかったといっても、当然身なりは普段と代わり映えしない三條高校の制服姿。

 その頬に青色ポスコのかすったような痕さえなければ、至っていつも藤堂秋乃である。


「二人とも遅くなってごめーん! 特殊メイク係の仕事量舐めてた……」


「大丈夫か? 文化祭回る前からすでに疲れてそうだけど」


 秋乃は夏弥の心配そうな顔をチラリとみて。


「……」


「なんだよ?」


「ふぅ……。いやいや。それじゃ三人でまわろっか♪」


 秋乃は美咲の顔にも一瞥をくれ、元気に前へと踏み出していった。


「ていうか、やっぱり洋平は一緒に回れなかったんだねー。残念」


「まぁな。実行委員は実行委員で楽しめてると思うが」


「そうなん? でも美咲ちゃんは洋平とも回りたかったんじゃない?」と、秋乃は美咲にも話を振る。


「やっ、あたしは別に……。ま、まぁアイツがいたほうが()()()()()……」


「「()()()()()……?」」


 藤堂兄妹は、美咲の言い掛けたそのセリフの先を反射的に聞き出そうとした。


「~っ! ……てかなんでハモッて質問してくるの? フツーにうざいから!」


「悪い悪い」


「ぷふっ……ごめん美咲ちゃん。私もなつ兄と被せる気はなかったんだ」


「……この話はもういい」



 美咲は言葉少なにそう言って、二人から顔を背けるのだった。



 ――アイツがいたほうが、どことなく昔に戻れてる気がする。



 そう言い掛けていた。

 昔に。あの四人で仲良く遊んでいた頃に、戻れてる気がする。


 それは至極当たり前の感情かもしれない。


 今いるこの三人は、特に以前から仲たがいしていたわけではない。


 ほんの数年、絡んでいなかった期間があっただけで、そこにはあまり激しい軋轢のようなものはない。


 美咲が涙ながらに打ち明けたあの内容は、四人でなければ意味がなかったことをさす。


 ただ、洋平とも一緒に回れていたら、そこに気まずさがないとも言い切れないわけで。


 だから今の美咲は、洋平がいなくて嬉しい反面、やや彼がいないことを残念にも思うという複雑な心境にあったのだった。




 昼下がりの午後二時。


 校舎脇の体育館へと続く渡り廊下には、途中で外へ出られるスチール扉がつけられている。


 その扉の外へ出てみると、校舎と体育館に挟まれた人気のない空間が広がっている。


 建物の陰になっていることや、秋という季節柄も手伝って、そこはどことなくじめじめしていて土臭い。


 さらに少し進むと、所々さび付いた藍色のフェンスが学校の敷地をここまでよと決め込んでおり、それ以上進めなくなっている。


「確か向こうにベンチあったよね?」


 と言いながら、秋乃はうろ覚えな記憶を頼りに、フェンス沿いの向こうへ指さした。


「あったけど、そこまで行くのか?」


「うん! どうせなら、気持ちいいところでご飯食べたいしさ!」


 秋乃は夏弥と美咲を引き連れ、ずんずん進んでいく。


 三人は、その手にクレープやサンドイッチなど、この文化祭で買った食べ物をいくつか引っ提げていた。


 午後二時なので、散々お腹の虫は鳴っている。

 正直なところ、これはもう鳴いているというより怒っているというレベルである。



「ほぉ~ら、開けてきたっ‼」


「おお! この辺て、こんなに眺めよかったのか」


「……すごい」


 それまで、フェンス沿いに延々体育館の外壁が続いていたのだけれど、ある地点からは秋の心地よい日差しが差し込んできており、景色もまるで闇が晴れたかのように見渡せるものになっていた。


 しばらく進むと街並みは途切れ、向こう数キロまで田畑の続いている風景が見えてくる。



「いや~……こうして見ると何もない街だわ! 三條って!」


「おいっ」


 見晴らしがよくなった開口一番にそれか? と夏弥は秋乃の言葉に突っ込まずにいられなかったが。


「うん。何もない。……けど、こういうのも良いんじゃない? 何もない街って、『何もない』がある街だと思う」


「美咲ちゃん、大人っぽいこと言うねぇ~」


「美咲……」


 夏弥は横で一緒に遠くを眺めている美咲の顔を見た。


 地方の小さな田舎町には似合わない、その線の細い顔の輪郭。


 ショートボブでもなびくサラサラの髪。


 はたはた、はたはた。


 数秒の沈黙をいたずらな秋風は掻っ切っていく。


 夏弥が、こんなに気持ちいいシチュエーションも珍しいなと思っていると。


「よし。それじゃここら辺でご飯食べるわよ、お二人さん」


 秋乃はサクッと沈黙を破り、その手にさげていた袋をあさり始めたのだった。

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