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5-15

 ◇


 妹達が思い思いにドーナツを選んだあと、お兄ちゃんズは残ったケーキ箱をのぞき込む。


「じゃあこのチョコレート大作戦(※商品名)は俺がいただく……か」


 夏弥が手にしたドーナツは、その名前に恥じぬほどのチョコレートドーナツだった。


 全身茶色。ドーナツ自体がブラウニー仕立てで、そこへランダムに黒のチョコソースがかけてある。


 さらにその上にはチョコチップが振りかけられており、はは~ん考案者は胸焼けしらずのチョコレートジャンキーだなということが一発でわかる一品だった。


「夏弥って、意外と超甘いモノもいけるんだな」


「ん?」


「いや、俺なら三分の一くらいで手が止まりそうだから……」


 洋平は苦い笑みを浮かべながら、口では夏弥を褒め称えていた。


「まぁ俺も一個が限界だけどな。ていうか、自分が食べられそうにないもの買ってきたのかよ?」


「え? あ~……あっはっは!」


「笑ってもごまかせないけどな……」


 夏弥は窓際のベッドに座る洋平を、今一度ジト目で見る。

 そこから「はぁ」とさらにため息をつき、ソファに深く腰を落ち着け、クッションやラグの上に座っていた妹達に目を向ける。


 美咲と秋乃。

 二人は二人で、次のドーナツについて相談しているようだった。


「――美咲ちゃん、このミルク・オン・ミルクは半分こにしない?」


 ミルク・オン・ミルクは、ホワイトチョコをベースに作られたミスドの定番商品である。


 真っ白な見た目に反して甘さは控えめ。

 ただ完全に控えられたわけではなく、ちょっとこのくらいなら甘みを感じてもいいよ的な、節制の精神を感じることのできるすんばらしい一品である。


 秋乃がこのМОМ(ミルク・オン・ミルク)を美咲と二等分にしたいと提案した理由はただ一つ。こちらも、洋平が一つしか買ってこなかったからである。


「ん? ……なに?」と美咲。


「え、絶対聞こえてるよね⁉ なんで聞こえなかったフリしてんの⁉」


「ぷふっ。…………いやフリじゃないし。あたし、最近耳が遠くなってきてて――」


「嘘ですやん。目がもうミルク・オン・ミルクをロック・オンしてるし、絶対食べねばという強い意志を感じるんだけど……」


「気のせいじゃん……?」


「……」


 結局、二人はこのドーナツを二等分し、お互いの舌の上でその豊かなミルクチョコ味のドーナツを堪能することに。


 さて一方で、夏弥は妹達に向けていた視線を、そのままベッド上で寛ぐ洋平の顔へと向ける。


「……」


 無言でしばしそのイケメンっぷりを眺めたあとで、


「それにしても、洋平って本当化粧映えする顔してるよな」


 つぶやくようにそう言ってみせたのだった。


「そうか? でもまぁ、本来綺麗になったり可愛くなったりすることがメイクの目的なら、俺は割と向いてるほうなのかもな。あはは」


「……」

(洋平というか、鈴川家が遺伝子レベルで向いてるって感じだけど……)


 この、夏弥と洋平の会話を耳にしたせいだろう。ここで秋乃がちょっとした妙案を思いつく。


「あっ……なつ兄、今度はさ、ちょっと違うメイクやってみたいんだけど!」


「違うメイク……?」と、夏弥は突然申し出てきた妹の意見にどこか懐疑的だった。


 秋乃の思い付きだ。どうせロクなことにはならん。

 と、そう感じるだけの根拠が、幼少期から共に生きてきた兄としてはあったわけで。


「痛いやつとか、危ないやつなら却下なんだが……?」


「もー、そんなんじゃないから安心してよ、なつ兄!」


 秋乃はうんざりしつつ返答する。


 そのセリフを横で聞いていた美咲も、果たしてこの藤堂秋乃がどれだけ面妖なアイディアをその豊かな脳内で繰り広げていたのか、気になって仕方ない。


「でも秋乃、どんなメイクにするつもりなの? ていうか、それも特殊メイクのリハーサルってこと……?」と美咲。


「あ、それはねー……」


 秋乃は、夏弥と洋平の二人には聞こえないよう、美咲にだけこっそりと耳打ちをした。

 美咲は頭を傾け、片耳を秋乃へ。


「――――」

「……」


「おい、美咲……なんなんだよ?」


 夏弥と洋平の前で耳打ちをするシスターズだが、夏弥は不安一色だった。


 何しろ、秋乃に何事かを囁かれた美咲の顔色が、徐々に悪化していったからである。

 悪化も悪化。そのまま眉間に皺をよせ、しまいには凄惨な悲鳴さえあげてしまうのかと思いきや……。


「ふっ……。いいんじゃない? てか面白そう」


「だよね? よーっし! やろうやろう!」


 一転攻勢。

 秋乃からすべてを聞き終えた美咲の様子は、どういうわけか好奇心に火をつけられてしまったらしい。


 秋乃と美咲、二人はその場で立ち上がった。


 秋乃の考案した謎のメイキングリハーサルに、すっかりやる気をみなぎらせているようである。


「え、も、もう再開すんの?」と、かのイケメン男子高校生・鈴川洋平は妹達の様子に戸惑い、


「さっきメイク落としたばっかなんだけど……俺達にもクールタイムとかさぁ……」と夏弥は夏弥で、今まで懸念したこともないお肌へのダメージを謎に懸念していたのだった。


「クッフッフ……。いいですか? これから私達が、お二人を新しい世界へ連れていってあげますよ……」


 秋乃はその黒縁メガネの奥で、瞳をギラつかせていた。


「ヒッ……わ、わかったから……。痛くすんなよ秋乃……」


「ぷはっ。夏弥さん、怯えすぎなんだけど」


 もう抵抗しても無駄だと悟ったお兄ちゃんズは、おずおずと段ボールの上へ。

 結局、メイクリハーサルの再開は余儀なくされてしまうのだった。



 さてさて、メイク再開から一時間。悪魔のようなお時間が過ぎたころ。

 時刻はお昼をちょうど回った辺りだ。


 あのドーナツ休憩タイムから、夏弥の顔は秋乃が、洋平の顔は美咲が担当していた。


「よし。これでもう大体完成かな……?」


「だね」


「おぉ~~。美咲ちゃん、やっぱこういうのはお手の物なんだね!」


「そう……? まぁこんなもんじゃない?」


 段ボールの上に大人しく鎮座している兄達の前で、秋乃と美咲は文字通り一仕事終えたような雰囲気を出していた。

 達成感とでも言うべきものを噛みしめている。


 しかし反対に、夏弥と洋平は気が気でないわけで。


「ど、どうなったんだ俺……?」


「なぁ夏弥。俺のほうを見てくれ。そしてどうなってるか実況解説してくれないか?」


「や、怖くてあんまり見たくない」


「そう言わずに頼むって!」


 夏弥と洋平。二人はお互いにリビングの窓の方を向いたまま、動けずにいるのだった。


 ただ、そんな夏弥達をさすがに憐れだと思ったのか、美咲がさらに話しかけてくる。


「夏弥さん……確認する?」


 そう言って、美咲は夏弥にピンク色のかわいらしい手鏡を渡した。


「お、ありがとう」


「まぁ、あたしも秋乃も最善は尽くしたから。……その目で確認して」


「ああ。そうさせてもらう……」


 夏弥はドキドキしながら、ゆっくりとその手鏡に自分の顔を映してみるのだった。

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