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「――あ、うま~。やっぱ抹茶ラテサイコーっ。あれ? みちゃんあんまり飲んでなくない? ひょっとして体調悪かった?」


「ううん。飲む飲む」


「そう? それでさー、鈴川先輩ってどんな子がタイプなのかなぁ? 有益な情報求ムんだけど!」


「そうだね……うーん。タイプって言われると難しいかも?」


 またしても会話内容は恋バナのようだ。

 無論、美咲の恋ではなく、芽衣の恋愛相談。

 もしかしたら昨日の夜、美咲と電話していたのはこの芽衣だったのかもしれない。

 夏弥がそう感じているあいだも、お年頃のガールズトークはどんどん花を咲かせていく。


「鈴川先輩って中学時代どんなだったのー? やっぱり色んな女子からモテてたんだろうけどっ。あー、めっちゃ気になる~! あー、でも聞きたくなーいっ!」


「まぁね。でもやっぱりおすすめしないけどな……。芽衣とか周りの子が言うような完璧超人じゃないし」


「えー。そうなの? でもでも、完璧超人じゃなくっても、あの顔はズルいでしょ! 少女漫画のイケメンそのまま引っ張り出してきたみたいな人じゃん! あの目元とか、笑顔とか……爽やかが過ぎるよ?」


「ぷふ、そこまでじゃないでしょ。アゴそんなに尖ってないよ?」


「あ、それ少女漫画ディスだからね? アゴまで再現しなくていいから! むぅ~」


「ごめんて。あははっ。夢壊すみたいで悪いけど、ほんとにただのいい加減なやつだよ? あいつ。たぶん一緒に暮らしたら一日で嫌になるよ」


 芽衣に洋平の攻略法を伝授しているのかと思いきや、その内容はがっつりネガティブキャンペーン。


 顔の良い洋平にも欠点はあるよ、ここが悪いよ、と、妹だからこそ知ってる情報をリークしているようだった。


「色々美味しいお店とか、イイ感じの服屋さんとか、そういうのは知ってるみたい。だからデートとかは評判良いっぽいけど、家庭的なところはまったくダメだよ、洋平は」


「え、家庭的なところって?」


「えっと例えば料理とか、掃除とか。そういう家事全般は全然ダメ。やろうともしてくれないし。前に、洗濯洗剤買ってきてって頼んだのに食器用洗剤買ってきたし。どうやってこれで服洗う気なん? みたいな」


「あははは! 可愛いじゃん、そういうところ~」

「そう?」

「そうだよ~。みちゃん、やっぱり厳しくない?」

「兄妹だからね。厳しいっていうか……普通?」


「ふぅーん。あ、ねぇねぇ、そういえばさー」


「え?」


「あの、ほら。向こうで料理してたけど、藤堂先輩ってどうなの?」


「どう……って?」


「もうー! とぼけないでよ~。男嫌いのみちゃんが、鈴川先輩以外と平気で暮らしてるって異常じゃない? 異常事態だと思う! あの先輩は従兄でもなんでもないんでしょ? ウチのクラスの男子が聞いたら皆びっくりしちゃうと思うんだけど。びっくり&がっかりになるよ?」


「それは……。あの人、幼馴染でお兄ちゃんみたいな感じだったから、かな……?」


「へぇ~……ほんとかなぁー?」


「何? じゃあもう洋平のこと教えてあげないよ? それか、教えるにしても一回1000円もらうから。1100円」


「ぎゃっ! なにその有料化! しかも税込み価格じゃん。ウチのお財布事情知っててまだ巻き上げる気なの⁉」


「無料で訊かれ続けるあたしの身にもなってよね?」


「ぐぅ……! さ、さっきスタバ奢ったったのに……」


「それは芽衣が奢りたかったんでしょ? あたしは別にいいって言ったじゃん」


「え? でもいざ買うってなったら三人分買おうって言いだしたりして、結構ノリ気だったじゃん! ……あ、そういえば、なんでさっきごまかしたの? 先輩の分も買うの、ほんとにみちゃんが言い出した事なのに……」


「あたしは……三人分って言っただけだよ。「夏弥さんの分」なんて言ってない」


「むふっ。なにその可愛すぎる意地っ張りっ。みちゃんサイコーなんだけど。あっはっは! YOU素直じゃないなぁ」


「違うって。本当に違うから」


 夏弥は、そんな二人の会話をリビングで聞きつつ、コーヒーに口を付ける。


 美咲が「違うって」と否定するその言葉。

 引き戸越しに聞いている夏弥ですら、それが照れ隠しのセリフじゃないことを理解できる。


 美咲の口調は、そういう口調だった。


 会話が聞かれているとも知らず、女子二人はなおもガールズトークを続ける。


 会話内容は、もちろん今を生きる女子高生らしいものだった。


 SNSや動画サイトの話題。ファッションや化粧品。ドラマ俳優やアイドルのゴシップ。再び恋バナに戻ることもあれば、込み入ったクラスメイトのうわさ話に脱線することも――。


 基本的に芽衣が話題をふって、美咲が応える。

 そんな形で続いていた。


 芽衣の「アレいいよ、コレいいよ」に対しては「悪くないね、良いかもね」と返す美咲だった。


 美咲は、夏弥と話している時ほど暗く冷たい態度じゃなかった。

 けれど、一方の芽衣が明るく気さくな性格だからか、美咲の態度は相対的に落ち着いたものに感じられる。


(器用な使い分けだなぁ……)


 夏弥がそう思うのも、無理はなかった。


 美咲は、しっかりと使い分けていたのだ。


 ただの冷たい態度と、冷たそうでもその薄膜のウラに慣れ合いを忍ばせた態度。


 例えば、会話の中で芽衣からこんな質問が飛び出ていた時。


「みちゃんは、好きなYouTuberとかいる?」


 それは、前に夏弥が美咲に投げかけた質問と同じものだった。


 芽衣に対して「えぇ~、それ教える必要ある?」と美咲は応えていた。


 夏弥の質問の時と、似ているようで違う反応だ。

 相手に与える印象も、そのわずかに異なる口ぶりがもたらす意味も。


 美咲は、それを器用に使い分けているらしい。

 芽衣をあしらったり否定したりすることがあっても、その言い方にはどこか温かみがある。


(高校からの友達なのに、もうかなり打ち解け合っているんだろうなぁ……)


 夏弥は、二人の会話全体から、そんな印象を受けていた。


「――っはー、たくさん話したし、そろそろ帰ろっかな?」

「そうだね。ていうか、話してるだけでもう七時過ぎてるじゃん」

「ほんとだ。やばっ。あ、お母さんからライン来てたし!」


 芽衣のその声が聞こえたかと思うと、美咲の部屋から腰をあげたような音がする。

 直後、夏弥がぼんやりと眺めていた美咲の部屋の引き戸が、がらりと開けられた。


「あ、藤堂先輩っ。おじゃましましたー」


「もう帰るんだ」


 戸を開けた芽衣は、その背中にバッグを担ぎ、まさに帰る態勢になっている。

 夏弥はあくまでスマホをいじっている風を装っていたが、その姿に美咲は目を光らせていた。


「もしかして、夏弥さん、話聞いてた?」

「いや、全然」

「……ふぅん」


 果たして、美咲が一体夏弥のセリフをどこまで信じているのかはわからない。

 やや胡散臭そうな顔で夏弥を見つめたあと、美咲はつぶやくようにして言った。


「夏弥さん、もしなら芽衣を家まで送ってあげてくれない?」


「……そうだな。街灯あるけど、それでも結構この辺暗いんだよな」


「ええー、そんな悪いですよ~……でも、送ってくれるならそれはそれで嬉しいです!」


 芽衣は目じりをへにょっと曲げて微笑んだ。

 美咲にはない素直すぎる反応に、少しだけ夏弥はどきっとしてしまう。


「め、芽衣ちゃんの家ってここから近い?」


「歩いて十五分くらいですよ~」


「結構あるじゃん。一応男が居たほうが安全だろうし、まぁ行こっか」


「ありがとうございますっ」


 夏弥がソファから腰をあげ、芽衣と一緒に玄関を出ようとした、その時。

 美咲が一言、付け加えるようにしてこう言った。


「あ、夏弥さん。帰りに何か飲み物買ってきてくれない? なんでもいいんだけど」


「え? ああ、わかった」


 なんてことない頼み事だけれど、少しだけ昨日より美咲と話すハードルが低くなった気がする。それは芽衣がいたからかもしれない。ただ気のせいだった可能性もある。


 明確にはわからなくても、美咲の発する空気の棘が、いくらか撫でつけられているようだった。


 夏弥にはそう映っていた。


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