5-09
「いや、違うって。俺、今年はクラスの文化祭実行委員なんだよ。だから忙しくてまわるどころの話じゃないかもって意味で――」
「「文化祭実行委員……?」」
夏弥と秋乃が共に声をあげる。
「ああ。クラスの奴らにやれやれって言われてさ。去年、青春を謳歌しすぎてたからそのツケかもな。はぁ……」
「マジか……文化祭実行委員…………」
文化祭実行委員とは。
ざっくり説明してしまうと、学校の文化祭を滞りなく進行するために用意された専用の人員のことである。
学校側が責任を放り出した末に生まれた悲しきイベントの奴隷。という肩書を付けられなくもないが、それを表立って言えば社会的に抹殺されること請け合いなので今は伏せておこう。
自主性を重んじ、責任感を養い、協調性を育むための文化祭実行委員なのである。
ああ文化祭実行委員。
なんて素晴らしいお役目だろう。
「……つーか、夏弥は俺が他薦で実行委員になったところ、教室で見てただろ⁉ なんで初耳の体なんだよ……」
「え、そうだっけ?」
「はぁ……。っとに……夏弥、ほんと興味ないことには我関せずだよな」
洋平は夏弥にジト目を向け、その線の細い綺麗な顔をムムッとくもらせていた。
「なつ兄らしいねぇ~」
「うーん。……覚えてないけど、少なくとも秋乃には言われたくないな。お前は我関せずの達人だろうて」
「え、私、そんなに我関せずかなぁ?」と眉根を寄せて、素知らぬふりをしてみせる秋乃。
「白々しいな……。もはや『我にも関せず』だ、お前は。自分のことにも無関心だ」
「それ知ってる。無我の境地っていうやつだよね☆」
「無関心と無我はイコールじゃないだろ……」
夏弥はさらに食い下がった。
「ぷはは――――」
夏弥と秋乃、それから洋平の三人で会話が進んでいく。
これはとても自然な流れで行なわれていた会話劇だった。
いや、そこにはもう一人、鈴川美咲がいる。いるはずなのに、会話はどことなく美咲抜きで進んでいるような空気を醸しだしていて。
隣に座っている夏弥が、この微妙に心がモヤつく空気の成分を感じ取れないはずもなかった。
「じゃあ文化祭を四人でまわるって話は、洋平抜きになるから却下だな。美咲もそう思うだろ?」
「……」
隣で粛々とお昼ご飯を食していた美咲に、夏弥が声をかける。
すると、その答えは案外意表を突いた軽口で。
「逆にアリじゃない? 洋平抜きでまわるとか」
「あははっ。確かに、逆にアリかもねぇ~」
美咲のチクリと刺すような兄へのお言葉に、秋乃が悪ノリしてみせる。
黒縁メガネ越し、秋乃の意地悪な視線が洋平のもとへと注がれていく。
「はぁ……。まぁ俺抜きで楽しむなら、それはそれで好きにやっていいけど。……ただ、忠告だ。俺のクラス、二年一組に冷やかしでやってこようもんならお前らは地獄を見るからな……。くっふっふ……」
洋平はなぜか諸手をあげ、ゾンビのようなおどろおどろしいポーズを見せ、不敵な笑みをそこに浮かべている。
洋平にしては珍しい、気持ちの悪いジェスチャーだった。
「うわ! 洋平が妖怪になったんだけどなつ兄」
「きもっ……」
秋乃と美咲は、豹変してみせた洋平に思い思いの反応を示す。
くっふっふ、とわざわざ声に出す辺りがキモい妖怪っぽいのだろう。なんとなく、肌の色が緑や紫でも違和感なさげなのである。
「洋平お前……俺も同じ一組だってこと忘れてね?」
「そのセリフ、そっくりそのままお前に返すぜ。俺が文化祭実行委員に決まったことを忘れといて一体どの口が言うんだよ……。というか、いい加減本題を忘れてないか?」
「あ、そうだったな。明日、四人で遊ぶなら何しようって話か」
洋平に諭されて、夏弥は話の本流に乗り直す。
一方で、夏弥達の会話を飛び越えて、美咲が秋乃に問いかける。
「……てか、秋乃のクラスは何やるのかもう決まってるの? 文化祭」
「うん。私のとこはベタにもお化け屋敷ってことで落ち着いたかなー。教室をあれこれ装飾して、ホラーチックにするの」
秋乃は前傾姿勢を強め、洋平の陰から身を乗り出して夏弥達を見た。
そのセリフを受けて、夏弥はアゴに手を当てながら考える。
「うーん。おばけ屋敷か。……文化祭の定番中の定番だけど、そもそもなんで文化祭におばけ屋敷なんだろうな。文化というか、ほぼ思考停止で取り入れることが一つの常識みたいになってるけども」
「さぁ? 驚く方も、驚かされる方も、ワクワクするからじゃない? ま、とにかく楽しい上にお金がそんなに掛からないからね。脈々と受け継がれし学校あるあるなんだよきっと。ちなみに私はおどかし役じゃないよ~☆」
「マジか。秋乃ならおどかし役即決だと思ってた。おどかすのとか、いたずらとか、割と好きじゃん」と夏弥。
「そうかなー?」
「小さいころ、散々俺にいたずらしただろ? 忘れたとは言わせない。中学時代、夜になると俺とか百合さんが眠る頃合いを見計らって、テレビをつけたり消したりして「怪奇現象だよなつ兄‼」とか言ってふざけてただろ⁉」
「いやいや~……それはさー……若気の至れり尽くせりってやつ? 大目に見てあげてよそのくらい」
「若気の至り、な。尽くしてどうすんだよ……」
「要するに、もうそんなガキじゃないってことだよ。だってもう高校生だよ? 私も少しは大人になったんだって」
秋乃は腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。
いきり顔、とでも呼べそうな面持ちである。
「でもそういう役じゃないってことは、なに? 秋乃はクラスの広報担当とか、教室の装飾担当なのか?」
隣に座っていた洋平が、さりげなく役割を訊いてみる。
「ううん。私はねぇ~……なんとこの度、特殊メイク係を仰せつかったのよ‼」
「「おお~」」
洋平と美咲の二人は同時に声をあげていた。
不仲な二人であっても、しれっと驚嘆の声がかぶる。
やはり以前までちゃんと兄妹をやっていたのだろうというシンクロっぷりだった。
「秋乃……お前大丈夫か? 特殊メイクっていうと、映画とかドラマで見かけるような、グロいのとか神々しいのとか、ああいうメイクだろ? そんな高等技術、施せるのか?」
「それがさぁ……まったくの未経験なのよ! 知ってると思うけど、いくら趣味の幅が広い私でも特殊メイクの知識は持ち合わせてないからさぁー……」
文化祭のお化け屋敷に、果たして特殊メイクと呼ぶほどの技巧が本当に必要なのだろうか。その答えは九割方ノーである。
「まぁ、そうだよな……。てか、そんな文字通り特殊で専門的すぎる知識を秋乃が持ち合わせてたら、それはそれでお兄ちゃん心配だ」
夏弥のジョークめいた心配もそこそこに、秋乃はお弁当を食べながら眉間に皺を寄せていた。
う~ん、と唸る姿に、夏弥も一身内として何か協力してあげたいところではあるが……。
このどん詰まり感の拭えぬ現状に秋乃は憂いていたのだけれど、そこへ希望にも似た妙案が舞い込んでくる。
「じゃあ家でメイクテストしてみれば? 四人でやれば割といい練習になるんじゃない?」