5-08
「おっす、夏弥……と美咲」
夏弥達がベンチに腰をかけて十数分。
一人の男子生徒が二人に声をかけてくる。
「おー」
「……」
鈴川洋平。
美咲のお兄ちゃんにして、女子から圧倒的な人気を博す不動の美男子。
毛先はナチュラルパーマで細やかにくるんと巻かれていて、明るい髪色にほどよいボリューム感を演出したヘアスタイル。
目鼻立ちはいつも通り整っている。へたに加工アプリなんて使うと加工前のほうがかえってイケメンだったことを証明してしまう程のご尊顔である。
「洋平、来るの遅かったけど、今日は購買が混んでたのか?」
「まぁなー。それもあるけど……」
「……なんだよ?」
煮え切らない洋平の態度に、夏弥は小首をかしげて問う。
午前の授業終わり、洋平は『購買で昼飯買うから先に行っててくれ』なんてことを言っていたのだけれど。
夏弥の横に並んでいた美咲は声こそ発していなかったが、言葉を詰まらせる兄貴をじっと見つめていた。
「今日はコイツをゲットしておきたかったからな」
言いながら、洋平は手にしていたプラスチックのパックを夏弥と美咲の前に差し出す。
「こ、これは……」
「……!」
「『濃厚ふわとろたまったまご』です」
「おおっ。あの、一日二個しか売られてないという幻のっ……!」
高校の購買で売られている惣菜パンなど、その味はたかが知れているものである。がしかし、こと『濃厚ふわとろたまったまご』に関していえばその限りではない。
いわゆる一般的な『たまごサンド』なのだけれど、その味は筆舌に尽くしがたいものだ。
粗めに崩された白身と黄身。
適度に空気を含ませ、和えたたまごはネタとして天下一品。
挟む食パンもほかの惣菜パンに比べ、明らかにふんわりとしていて口当たりが良い。
これを食べればどんなひねくれた生徒の心も立ちどころに癒えて、一瞬別人かと友達に疑わせてしまうレベルになるそうな。(※個人の感想です)
「ほら、ひとパックに四切れ入ってるからさ。秋乃も来るなら四人で食べようぜ?」
「え、でもこれ食べちゃったら洋平の昼ご飯がなくならないか?」
「いいっていいって」
洋平は空いているベンチに腰をかけた。
夏弥や美咲が座っているベンチに、並ぶように配置されているベンチだ。
夏弥は濃厚ふわとろたまったまごのパックを受け取り、隣の美咲に目を向ける。
「美咲、先に食べる?」
「え。……いや、夏弥さん先に食べていいよ。あたしはお弁当食べてから、まだいけそうだったら食べる」
「わかった」
(このたまごサンド。美咲もいるってわかってて、洋平なりに気を遣ったってことだよな)
夏弥はパックの中からたまごサンドを一切れ取り出して、はむっと食べはじめた。
ああ包み込むようなたまごの優しいお味。
それが、夏弥の口いっぱいに広がる。
(罪深ぇ……ほっぺが落ちるってこういうことよ)
夏弥が頬に手を当てて浸りきっていたそんな折、校舎から一人の女子生徒がやってくる。
「あ、もう三人ともいたんだねぇー」
発せられるその声には、三人とも聞き覚えがあった。
夏弥に呼び出されたもう一人の人物。
彼の妹の藤堂秋乃だった。
黒髪の天然癖毛パーマに大きい黒縁メガネ。身長は美咲よりもやや低く、陰キャ特有のオーラをまといつつも口調や性格は明るめという、なかなかにアンバランスな性格をした妹君である。
「遅いぞ秋乃」
「お~。夏弥の呼び出しに秋乃がちゃんと応じるとは。俺はてっきり、秋乃なら昼休みは自分の時間として過ごすもんだと思っていたが」
「それは時と場合によるっしょ? それにしても屋上でご飯なんてはじめてだよ私。カラスとかの鳥類にメシを横取りされないか心配」
秋乃は、かかかと陽気に笑みをこぼし、洋平が座っていた方のベンチに腰を落ち着けた。
二脚のベンチにそれぞれ二人ずつ座る。
夏弥と美咲。洋平と秋乃。
ようやく役者がそろったとあって、夏弥は一度咳払いをした。
それから三人に聞こえるよう、一段と大きめの声量で話を持ち掛ける。
「さて、ここにかつての幼馴染み四人が集結したわけなんだけど、今日はひとつ、提案があっての呼び出しだったんだ」
「提案……? もしかして……なんか悪だくみしてるの?」
夏弥のセリフに、秋乃がすぐさま反応する。
「そうだ。って悪い話前提かよ⁉ 違うからな? ……。まあ改まって伝えるほど大げさなもんでもないけど、その……四人でまた昔みたいに遊ぼうって話」
「四人で遊ぶって、この前一緒に出掛けたあの夏祭りみたいな感じってこと?」
秋乃はフランクないつも通りの口ぶりで言い返す。
夏祭りという単語が出たことで、四人の脳内に八月のあの光景が呼び起こされる。
オレンジ色の灯に包まれた、どこかノスタルジックなお祭り風景。
三条の中央商店街に並ぶ出店と、群れて歩く人の波。射的屋台で遊んだこと。夜空の花火。
つい先月のことなのに懐かしさを感じるのは、おそらく幼少期の思い出とどこかで重ねている部分が各々あるからで。
「……」
「夏弥……」
美咲は目線を下げたままだんまりで、洋平もどこか気まずそうな面持ちだった。
「四人で団体行動。これが俺からの提案だ」
「なつ兄。私は別にいいけどさ…………」
秋乃はチラリと美咲に目を向ける。
「あ、あたしも……いい」
美咲は指先をもじもじと動かし、遠慮がちに首肯する。
「それじゃあ早速だけど、明日は土曜日で学校もおやすみだ。四人で遊ぶ一日目としてはこれ以上にないチャンスだと思うんだが」
「ほぉ、夏弥くん。……して、四人で何するんだ?」
洋平は自分の耳たぶを痒そうにつまみつつ、夏弥の顔に目を向ける。今にも、ちょっとダルいなぁ、なんてセリフを言い出しそうな仕草だった。
けれどそれは所詮ポーズである。
夏弥は、洋平の視線の先が、チラチラと美咲にも当てられていることからその本心を見抜いていた。
珍しく夏弥は冴えていたのかもしれない。
「ふっふっふ……。それはだな……えっと……………………なにがいいんだろう?」
「「「はあっ⁉」」」
もったいつけた挙句、答えを持ち合わせていなかった夏弥に三人は愕然とした。
目は点となり、口はあんぐりと開いている。今ならいくらでも口内に埃が入ってきてしまうことだろう。
藤堂夏弥。
やはり彼は、肝心な部分でどうしようもなく冴えないおろか者である。
◇
「なつ兄、何も考えてなかったの⁉」
「夏弥さん、ちょっとそれは無計画っていうか……」
「あっはっは。それ言うためだけに集めたのかよ夏弥ぁ~」
どんよりとしたくもり空の下で、夏弥は幼馴染三人から非難轟々浴びせられていた。
「いやいや。まずはこの土台が肝心だろ⁉ 四人で遊ぶって土台がさ。現状の俺達にとっては大きな第一歩っつーか、主旨を考えた時点で褒めてほしいんだが……」
「主旨はわかったけど、具体的な内容持ってきてないんじゃなぁ~」と洋平。
「まぁ計画の中身が充実してたら、それはそれでなつ兄っぽくないけどねー」と続く秋乃。
「……八方塞がりかよ」
洋平と秋乃が似たようなあきれ顔を露わにしていると、美咲が横からこんな一言をつぶやいてくる。
「さっき秋乃が言ってた夏祭りで思い出したけど、……そろそろ文化祭の季節じゃない?」
「文化祭か……。すっかり忘れてたけど、うちの高校にもそんなのあったな。来月の中頃だったっけ?」
「三高祭かぁ~」
高校の文化祭。
これはなんともお誂え向きのイベントである。
四人の親交を深めるために、夏祭り同様文化祭は絶好のチャンスと言えよう。
夏弥はほぼ反射的に、話の照準をその学校行事へ合わせようとしたのだった。
ところが、
「あ~悪い。あらかじめ伝えておくけど、俺、一緒に文化祭回れないと思うわ」
「え?」
洋平の一言により、その新案もバッサリと切り捨てられてしまった。
「なんだよ洋平。もしかしてお前、また……」
そこで夏弥の脳裏を駆け巡ったのは他でもない女子のことだった。
洋平が女子達との連絡をスパっと断ち切ったのだとしても、断ち切る以前から取り付けていた約束であれば無関係。律儀にその約束の分だけは果たさないと鈴川洋平の名折れだとかなんとか。アオハル☆ストーリーについこの前まで興じていたこの友人ならば、万に一つでもそれくらいのことを考えていてもおかしくはない。
そんな嫌な予感が夏弥には働いていた。