9.ファッションセンスって何それファンタジー?
敵の総本山。漸く、その門の前に着く。
門は、鍵が掛かっておらず、簡単に開いてしまった。
まるで、侵入者に入られてしまった方が好都合なのだと言いたいかのように、警備が手薄である。
何か罠が張られているのだろうか。
私の頭の中には、そんな疑問が浮かんできた。
いや、正確には、再浮上してきた、という方が近いだろうか。
スレアとの一戦。そのときに、既に思っていた。警備がザルすぎて、何か、罠でも張られているのではないか、なんて。
何故、ここまで守りが薄いのか。敵は何の目論見で守りを薄くしているのか。それが、わからない。わからないから、不気味だ。
「……誰もいねぇみたいだ」
周囲の状況を確認し終えた後、リティナが静かに呟いた。
誰も、いないのか。本当に? 実は、門の扉の陰に隠れているとか、何処かに隠し扉でもあって、そこから監視されているとかだったり、あるいは、門を潜り抜けた瞬間に警報システムが発動してアジト内にいる敵全員が向かってくるとかだったり、しない? 本当に、平気?
私の心には不安ばかりが募ってくる。
無警戒より、警戒心を高めていた方が生存確率は高くなるが、できるならば、警戒せずとも生存確率が高い方がマストだ。
しかし、物事と言うものは、そう都合良く進んでいくものではないので、『もしも』のときを考えて、やはり、私たちは警戒しながら進んでいくしかない。
頼むわ。本当、もういっそ、このままティアという子を奪還するまで、敵も罠も何もかもが出てこないでほしい。ティアがその辺に普通に放置されていて、ティアを連れ帰って終わり、で良いじゃない。それが、一番良い。
なんか、この世界に舞い降りた当初の私は刺激的な展開を求めていたらしいけれど、そんなのうそうそ。刺激的な展開がほしいイコール死と隣り合わせの冒険がしたい、ということではない。これは、イコールになっていない。と、思う。
というか、刺激的な展開って何よ。どういう展開よ。私、どういう発想でこんな命の危険しかない冒険ファンタジーを繰り広げてしまっているわけなのよ。発想が飛躍しすぎじゃない? 私。
刺激的イコール痛みとか危険とかって発想をあのときの私が持っていたと言うのならば、あのときの私は大人しく激辛カレーとか激辛スープでも食べていなさいってもんよ。
何故、私はこんなにも危険なファンタジーに自ら飛び込もうとしているわけ? 私って、そっち系の趣味でもあるの? いや、ないけど?
限界を迎えてきてしまっているのか、私はついに、脳内で独りツッコミを始めてしまう。
落ち着け。落ち着くのよ、私。
何故、危険なファンタジーに飛び込もうとしているか。その答えは、人助けをするため。アルリアの願いを受け入れたから。
何故、人助けをしようとするのか。何故、アルリアの願いを受け入れたのか。それは、私が超絶素敵でパーフェクトビューティーウーマンであるから。
以上の理由で、私はこの危険なファンタジーに飛び込もうとしているわけなのよ。つまり、私にとってこのファンタジーは飛び込まざるを得ないファンタジーであるわけ。だから、仕方がないのよ。
私は自分に言い聞かせるようなことを思って、顔を上げた。
「侵入、するぞ」
「ええ」
私たちは足音を立てないように門の扉を潜る。
「……何も起きない、みたいだな」
「ふーっ、なんとかなったわね」
私は安堵の息を吐く。
「アルリアは、平気そうかしら?」
「は、はい……全然、平気です!」
すぐにアルリアから返答が来た。気分も悪くなさそうだし、特に変わった様子はない。
私は、嫌な出来事やつらい出来事があったとき、その出来事をフラッシュバックしてしまうことが多々ある。アルリアの気持ち的に、大切なお友だちが連れ去られてしまっているというわけなのだから、嫌だろうし、つらいはずだ。
私たちは今、その連れ去っていた張本人がいる可能性のある場所の中に入ったのである。
フラッシュバックというものは、何かが引き金になって発生してしまうものだ。
例えば、生牡蠣を食べて食あたりになってしまった人が、それ以降生牡蠣を露骨に避けるようになってしまったり、鉄棒で遊んでいたら頭から落ちてしまって、それからというもの鉄棒で遊ぶのが怖くなってしまったり……あれ、これ全部私の体験談じゃない?
……まあ、それはどうでも良いとして、このように、フラッシュバックはいつ起こってしまうかわからないものだから、私はアルリアのことを常に気遣うようにしたい。なんと言ったって、この私は、完璧ウーマンなのだからね。
「ところで」
「あん?」
「貴方とティアの関係というものはわかったわ。ええ。でもね、私、貴方とアルリアのことを知らないの。いえ、正確に言えば、貴方が何故アルリアのことを虐げていたのか、を知らないのよ。貴方は何故、アルリアのことをいじめていたのか、ちょっとお姉さんに吐いてもらえないかしらね? ニコニコ」
私はつくり笑顔を浮かべて、リティナに思い切り関節技をきめる。
おほほほほほほほほほほ。ほほほほほほほほ。世の中、力が正義。いえ、本当はお金が正義。いや、お金と権力が正義? どっちでもよろしいけれど、兎に角、力こそ正義なのよ、おーほほほほほほほ。だから、この私の鍛え抜かれた……鍛え抜かれてはいないけれど、とりあえずそういう体で進めさせていただくと、この私の鍛え抜かれた筋肉で攻撃し、リティナに罰を与えるのだわ。おーほほほほほほほほ。おーほほっほっ。
「あ!? て、てめっ……い、いてててててて!? い、いてぇ!? ちょっ、て、てめぇ……いてててててて!? な、何しやがんだ、てめぇ、このやろ……いてててててて!?」
「さあ、吐きなさい! 何故、いじめていたの! 吐かないと懲らしめるわよ! 正義は……いえ、私という正義は必ず勝つのよ!」
「いきなり、な、何、わけのわからないこと言ってんだてめぇは! い、いててててて!? は、はなせ! お、おい!? い、いててててててててて!?」
「話せば、楽になるのよ。……は、はなせ、ってだけに」
「つまらねぇ駄洒落言ってんじゃねぇ! 話すから、さっさとこの腕、退かせよ、馬鹿!」
え、つまらない? 今、つまらない駄洒落って言った? え、絶対許さないんだけど。あと、私のことを馬鹿と言ったのかしら? 私は馬鹿ではないので、その行為、侮蔑行為と受け取ったわ。私のことを「馬鹿!」と言って馬鹿にしたわね。この危ないファッションセンスガール。如何にも染色しましたみたいなくすんだ金髪にして遊びやがって。ええい。なんか腹立つからやめない。懲らしめパワー五倍にしてやる。
とか、いろいろと思ってはみたが、冷静な思考に戻った私は、脳内で、今、この敵の根城の中で懲らしめてやるのは得策ではない、といった閃きが浮かび上がり、私はニコニコ顔で関節技を解いてあげた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……こひゅー……」
リティナは青ざめた顔で、苦しそうに息をしていた。少し、やりすぎたのかもしれない。
私は完璧で素敵な人間なのだから、もう、誰かに関節技をきめるのはやめよう。と、思った。
「……はぁ」
「落ち着いたようね。じゃあ、何故、アルリアをいじめていたのか話してもらえるかしら」
「……まあ、それは悪かったよ。妹が連れ去られてしまったから、カッとなっていたんだ」
リティナは語っていく。
「ティアが連れ去られたとき、こいつが……アルリアがいっしょにいたらしい。で、こいつは逃げ帰ってきて、ティアだけ連れ去られていってしまったんだ」
「それで、カッとなってやったと?」
「それだけでやったわけじゃねぇよ。もちろん、それもカッとなった要素のうちの一つだが、問題は、こいつがすぐにそれをウチに知らせなかったことだ」
「なるほど」
私は頭の中で、話をまとめてみる。時系列順にいこう。
まず、アルリアとティアの二人がいっしょにいた。
そのとき、ティアは『正義の教団』の者に連れ去られてしまい、アルリアは為す術もなく逃げた。
そして、アルリアはティアの姉であるリティナにそれを伝えなかった。
ここからは、推測が入るが、ティアが帰ってこないのを不審に思ったリティナは、おそらく、事情を知っていそうなアルリアのもとを訪ねたのだろう。それで、リティナはティアが連れ去られたことを知った。
怒ったリティナは、ティアのことを責めた。
そこを偶然にもこの世界に舞い降りた私が、その現場に遭遇してしまった、というところだろうか。
「アルリアはたぶん、悪意があって貴方に伝えなかったわけじゃないと思う」
「あ?」
「貴方のことを嫌いだから伝えなかったとかそんなのじゃなくて、単純に、どうすれば良いかわからなかったのか、あるいは、ティアが連れ去られてしまったという事実を貴方に突きつけたくなかったのか、だと思うの。そうでしょう?」
アルリアはコクコクと首を縦に振った。
「貴方がアルリアを虐げていた理由はわかったわ。貴方が怒っていた理由も理解できなくないわけでもないし、アルリアは元より悪くない。アルリアだって、混乱していたのだろうし」
私だって、その場面に遭遇してしまったら、混乱していると思う。
何をすれば良い。どうしたら良い。どうすれば、取り戻すことができる。
必死になって、考えて、でも結局、結論なんて出なくて、何もできず時間だけが過ぎ去ってしまうことになっていただろう。
とりあえず、これで今一度ハッキリすることができた。私たちが何をするべきなのか。私たちの敵が誰であるのかを。
「やはり、これは、私たちの間で争っている暇はないわ。私たちの共通の目的。それはティアを助けること。そして、私たちの敵は『正義の教団』とかいうクソダサネーミング組織なのよ。これは間違いないわ」
「ああ、そうだな……」
リティナもその取り巻きたちもアルリアも、全員が頷いてくれた。
進もう。私たちの目的を果たすために。
私たちは慎重に進んでいく。敵はいないか。罠はないか。確認しながら、奥へ奥へと進む。
しばらくして、階段に当たった。私たちはその階段を上っていく。
ティアが何処に誘拐されているか、敵の親玉が何処にいるのかなんてわからない。
だが、私たちはまるで敵の親玉の場所を把握しているかのように、その階段に吸い寄せられ、上っていってしまう。上へ、上へ、と上に行くことを強制されているみたいに足が勝手に動いていってしまう。
少し経って、先導していたリティナの足が急に止まった。
私もそれに続いて止まり、上方を見る。遠くの方に、何やら人影があった。
「やれやれ。異端な者たちもいるものです。我々に背く者たちよ、お相手して差し上げましょう」
本と共に宙に浮いている女が、煩わしそうな目をして、こちらの方へ近づいてきた。