6.女騎士にはやっぱり敗北が似合うと思いました
ちょっ、ちょっと待って。ア、アルリアさん……?
私は愕然とした目でアルリアのことを見る。
私は、アルリアに危害が及ばぬようにと自分なりに考えて行動をしていた。だが、そのアルリアが自ら危険に飛び込んできてしまっている。
これでは、私の取ってきた行動が意味をなさなくなってしまう。
アルリア。何故、飛び出してきてしまった。私は、もう、どうすれば良いのかわからないわ。
「ア、アルリア。お、お前……お前みたいな弱虫は、早く逃げろ!」
「で、でも……」
「早く逃げるべきなんだよ!」
チンピラ女とアルリアのやり取り。
チンピラ女はアルリアのことを虐げていたし、アルリアはチンピラ女に虐げられていた。だから、険悪な関係なのかと思っていたのだが、先程のやり取りから受けた感覚は、それとは異なるものであった。
私の勘違いだったのだろうか。
私はたしかアルリアと出会ったとき、アルリアに、あのチンピラ女にいじめられていたのかと訊ねていたのだが、そういうわけではない、と返されていた。助けたことに感謝はしていたが、虐げられていた、とは一言も言っていなかったはず。
まず、私は一部始終を目撃していたわけでもない。勝手に、話の流れやアルリアの様子から、虐げられていた、と思い込んで話を進めていただけなのだ。
しかし、私視点では、やはりアルリアはあのチンピラ女に嫌がらせをされていたようにしか見えないわけだし、私自身の行動を信じるべきなのか、目の前で起きていることを信じるべきなのか、悩むところである。
最初っから、アルリアとあのチンピラ女の関係について、アルリアに訊ねておくべきだった。
頭がごちゃごちゃしてきたが、目の前にいるあのチンピラ女が、仮にもまだ悪人ではない可能性があるのだとしたら、目の前で死なれてしまうと寝覚めが悪すぎる。
チンピラ女がアルリアを虐げていたわけではないと決まったわけでもないし、アルリアがよっぽどのお人好しであれを助けるために飛び出してきてしまったという可能性は残されているが、目の前で助けられる命があるのならば、私は助けるべきなのだろう。何と言っても、私は完璧素敵なスーパーウルトラキュートビューティフルウーマンなのだから。
助けず、見殺しにするという選択肢は私には残されていない。
「そうだよね。よく考えたらさ、これ、やっぱり、私の夢の中のお話なわけ。ということはさ、私が主役になるわけじゃない。その主役がさ、誰かを見殺しにしてしまって良いはずがないわけよね」
「……次から次へと。何奴だ」
甲冑女に訊かれる。
「私の名前を教えてさしあげましょう。私の名前は六鳳堂カナ。この世界の神。それが私よ」
「自らを神と自称する不届き者か。良いだろう。この力で捩じ伏せてやる」
『神と自称する不届き者』ですって……? 散々な言われようじゃない。
この世界はリアル世界の私によって創造されてしまった、謂わば、空想の世界。つまり、この世界の創造神、それがリアルの私ということである。そして、その創造神の思考、性格などがそっくりそのまま吹き込まれた依り代的存在。それが、この私である。
『私』は『リアル世界の私』と同一人物であると言っても良い。それで、その『リアル世界の私』がこの世界の創造神であるわけだ。よって、『私』はこの世界の創造神である、ということと同義であると解釈して良いことになる。
これらの要素から、私は紛れもなくこの世界の神であることは間違いないはずなのだが、その神を不敬にも『神と自称する不届き者』呼ばわりした輩がいるらしいが。さて、如何なる方法で、その輩を懲らしめてやるべきだろうか。
「逆に、可哀想な貴方を私が捩じ伏せてあげましょう」
「口だけは達者のようだな。なら、お望み通り、参ろう、ではないかっ!」
甲冑女が大剣を振り回し、重いものを身に付けているとは思えないほどの素早い動きでこちらへ突進してきた。それを私は間一髪のところで躱す。
早いっ! え、啖呵切ったのは良いんだけど、これ、本当にやれる!?
この世界が私の想像した夢であることを前提として考えているわけだが、その前提が間違えている可能性があるわけで。私の思う通りに上手くいくとは限らないわけである。
というか、今のところ私の思う通りに行っていないのだから、そんな前提で進めてしまっていること自体がおかしいのだ。
「避けたか。さすがに威勢を張るだけのことはある。これくらい避けられないようであれば、貴様は本当に口先だけの人間だ」
口先だけで何が悪い。あと、私は人間ではなく、この世界の神的存在なのだから、私のことはもっと丁重に扱いなさい。
と、説教をしてやったところで、これは私視点だから言える話のことで、こやつの目線からは理解できない話であるのだから、この甲冑女が私のことをさも頭のおかしい人だと言わんばかりの対応をしてくるのは至極当然のことなのだ。
私のことをどのように思おうと構わないのだが、私の邪魔になるようなことを仕掛けてくるのはやめてほしい。
人間という生き物は頭を使うことのできる生き物だ。
怪しい人物がいた。だから、排除しよう。それが、今の状態だ。
しかし、頭をフル活用することができれば、これが変わってくる。
怪しい人物がいた。身分や身元の証明をさせたり、事情聴取を行ったりする。行った結果、怪しい人物であると判断できた。対話をし、交渉をする。交渉決裂。人々を脅かす存在になるかもしれないし、仕方がないから排除しよう。
と、頭をフル活用することができればこのように、段階、とかいうものが生じてきてくれるのである。この段階が生じたことにより、力を行使せずとも争いが解決する可能性はある。たとえ、低い可能性であっても、力を行使せずに解決できる道があるのならば、その方が良いだろう。
が、目の前のこの甲冑女には、私を排除することしか頭にないようだ。
それ即ち、この女と話し合うことが不可能であることを示している。
話し合うことが不可能だということは、力を行使せずに解決できる道はないということ。
やはり、私にはこの甲冑女を捩じ伏せること以外の方法が用意されていないようだ。
「降参するなら今のうちだ。泣き喚き、這いつくばって無様な姿を晒せ」
「ありがちな言葉。これが、テンプレート。テンプレ的な発言ってやつかしら。私は完璧で素敵な存在よ。無様な姿を晒すのは、貴方の方がお似合いだと思うのだけれど」
余裕綽々な態度で返す。べつに、余裕綽々ではないのだけれども。
「吹き飛べ。下衆よ!」
あの重そうな格好で宙を舞い、大剣を思い切りこちらへ振りかざしに来る。
一撃受けたら、ゲームオーバー。それくらいに威力のありそうな剣が、こちらの喉元のところまで届いてきた。
まずい。躱せなければ、終わりだ。
私は必死に、相手の重い一撃を躱して、少しずつ後ろに下がっていく。
ジリジリと。ジリジリと。後ろに詰められ、逃げ場をなくされていっている。
防戦一方な展開だ。自分の身を守るのに必死で、攻撃ができていない。
「やはり、口だけか。避けるだけで、何もできないのでは、苦しかろう。すぐに楽にしてやろう」
相手は、舐め腐った態度を見せ始めていた。私の力がどれほどのものかを、理解していない状態で。
争いにおいて一番してはいけないこと。それは相手の能力を見誤ってしまうこと。
この甲冑女は、それをしてしまっている。
隙を見せてしまうことがどれほど恐ろしいことなのか。それを、この愚かな者に教えてやろう。
私はニヤリと笑い、腰の横に提げていた剣に触れた。
「私の名前だけ教えるのは不公平よね。貴方の名前も教えなさい」
「不必要だ。侵入者に教える意味も道理もない。それに、我が手によって貴様はすぐに抉り殺されてしまうのだ。今から土に還る者に名乗る名前などない」
きっぱりと言い、手を止めることなく大剣をこちらに目掛けて振り回してくる。
この、脳筋め。大剣で人を殺すことしか考えていないのかしら、この女は。
「ふぅ。どうにも、話が通じないわね。このよくわからない剣を使うときが来たみたいだわ」
私は全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。
敵の足音。息づかい。大剣の音。
わかる。わかるわ。敵が、どのように攻撃を仕掛けてくるのか。私が、どのように動けば良いのか。頭の中に浮かんでくる。
まず、敵の大振りの攻撃を右に避ける。敵は大剣を右に構えているので、右に目掛けた攻撃より、左に目掛けた攻撃の方が僅かな差ではあるが、しづらくなっている。だから、敵から見た左……つまり、私から見て右側に避けた方が敵は攻撃を当てにくいので私はそちらの方に避けるわけだ。
次に、右に避けたおかげで僅かな隙が生じる。ここを逃してはならない。
私は低い姿勢で転がり、敵の背後を取った。
大剣は重い武器だ。従って、攻撃速度が遅い。攻撃速度が遅いから、攻撃を命中させるのが容易ではない。
そんな元々命中に不安がある武器を持つ相手に、さらに命中させることが難しい位置で避けることにより、攻撃が当たるリスクを極限まで下げることができるのだ。
低い姿勢で避けた理由は、敵の大剣の攻撃を回避しやすくするためにしたことだが、理由はそれだけではない。
大剣はたしかに重い武器だ。だが、その特性をこの甲冑女が理解した上で攻撃を行ってきた場合、甲冑女は大剣を一時的に地面に落として、素手や脚で攻撃を仕掛けてくる可能性がある。脚による攻撃を避けることは難しいが、素手による攻撃に切り替わった場合なら狙う標的が自身より低ければ低い位置にいるほど狙うことが難しくなってくる。私はその素手攻撃を避けるために低い姿勢を取ったわけだ。
このようにして敵の背後に回り込めたら、あとは仕上げのみ。この腰に提げている剣を、素早く抜く。
そして、それを甲冑女に向けて、思い切り突き刺した。
「……効かないな。この鎧を剣如きで貫けるはずがないではないか――」
「……隙ありっ!」
甲冑女が余裕な声色で呟きながら、こちらへ振り向く。私にとっては、それが絶好のチャンスだった。
ここで振り向いたことは甲冑女にとって、最大の失態だったと言えよう。
その結果、鎧に覆われていない顔の部分をこちらに晒してしまい、私の剣が甲冑女の顔を貫くことになってしまった。
「貴方の敗因は、私を侮ってしまったことよ」
私は、甲冑女の顔を貫いたままの剣から手を離して、すぐさま後ろに飛び退く。
甲冑女は顔を剣で突き刺されているというのに、苦しそうな顔をするどころか逆に狂ったような笑みを浮かべて、愉快そうな目でこちらのことを見ていた。