3.ノリと勢いでどうにかなれ!
街。いや、村という表現の方が正しいのかもしれない。牧歌的な風景が広がり、その風景の中にポツリポツリと家が疎らに点在している。
遠くには森林。近くには草原。たまに、家と畑。想像していたものとちがっていた。
私が想像していた街。それは、サイバーパンクで超近未来的な街、あるいは、レンガ造りが並ぶ異国風の街。そんな感じの街を想像していた。
しかし、今、私の眼前に広がっている光景は、自然豊かな景色。森と草原と共存していますよとでも言いたげな顔をして、家が点々と存在している。
これは、夢。ここは、夢。夢の中の世界だもの、べつにどのような景色が出てきても驚きはしないけれど、案外、普通な景色だっただけに、拍子抜けしてしまったところはある。
実に長閑。とても、長閑だ。なんだろう、この田舎のおばあちゃんの家に訪れたみたいな感覚は。
まあ、私はシティーガールだし、生まれも育ちも、父も母も、祖父母も都会生まれ都会育ちであるので、田舎のおばあちゃんの家に訪れた感覚、というものをいまいち理解することができないでいるのだが。それは一旦無視することにして、田舎のおばあちゃんの家に来たような感覚ということにしておこう。その感覚に近かったのだ。
「も、もうすぐ着きます」
アルリアはこちらの方をチラチラと見ながら言った。挙動不審だ。
どうやら、私の顔色を窺っているようなのだが、何故、私の顔色を窺っているのだろうか。
私の表情が曇るようなものでもあるとか。あるいは、単に自分の家を紹介するのが恥ずかしいだけ。それか、何か疚しいものがあるとか。例えば、ベッドの下に如何わしいものが……ってそれは男子限定か。ええっと、話を戻して、例えば、お部屋の掃除ができていなくて汚いからあまり見せたくないとか。
私はそういうの、あまり気にしない性格であるので、そこまで困ることではないよ。たぶん。うん。あくまでこれも、個人によって感じ方がちがうのだから、私の物差しでアルリアの感情をはかるのも不躾な話か。
「つ、着きました……」
と、アルリアに言われて、私はそこで止まる。
そして、アルリアのお家をよく見てみる。
私の視界には、ログハウスのようなものが映っていた。とても木のにおいを感じることのできる家だ。
家、家。これは、家? イェーイって感じの、家?
おっと、隙あらば激ウマなギャグを挟んでしまうクセが発動してしまった。いけない、いけない。それは、どうでも良い。
で、本題は、これを家と呼んで良いのかどうか、ということ。
ログハウス。ログハウスなのだから、家と呼んでも特に差し支えることはないが、私の思い描いていた家とはまったくちがう、家である。正確にはログハウスではないのだろうけれど、だとは言っても、これが家だと言われて「ああ、そうか!」と納得できる人は少ないはず。レジャー施設の宿泊所か何かと思う人は大勢いるだろうけれど。
というように、私の頭の中には疑問が浮かび上がってきてしまったので、その疑問を解消するべく、アルリアに訊ねてみることにした。
「アルリア。これ、本当に貴方の家? 大丈夫? 実はレジャー施設の宿泊所を私の家です、って主張していたり、あるいは、間違えて向かい側にある建物と勘違いしてしまいました、なんてオチだったりしない?」
「い、いえ。こ、ここが、ワタシの家ですよ」
ほう。家だけに、いえいえ、と。
いや、そんな親父ギャグはどうでも良いとして、これが本当にアルリアの家? 私の予想していたイメージと全然ちがっているじゃない。
私はもっと、庭とプール付きの滅茶苦茶デカい豪邸、あるいは普通の民家、もしくは未来的でハイテクな家、それか異国風のレンガ造りの家。などといった家を想像していたのだが、なるほど、ログハウス系の家ときたか。なかなか想像の斜め上を行ってしまわれるわね、この夢の世界は。
今、リアルで寝ている私の脳が勝手につくり出している世界。それがこの世界であるわけなのだが、私の意思とはまったく異なる答えを用意してくる。それは何故か。何故、私の意思に反したものを用意してくるのか。
夢というものは、大概、自分の好きな通りに想像して、現実とは異なり、好きな通りのことをできるからこそ夢であるわけだと思うのだが、この夢の中の世界には、少しばかり違和感のようなものが生じてしまっている。
考えられることとして、レム睡眠とノンレム睡眠のちがい、というものがある。
レム睡眠は、一般的に眠りの浅い状態のことを指し示す。眠りの浅い状態であるので、どのような夢を見ていたのか自分自身が覚えているし、自分の意思を夢に反映することができる状態であるために、自分の好きな夢を自由自在に見ることができるわけである。
それに比べて、ノンレム睡眠はレム睡眠の反対で、一般的に深い眠りの状態のことを指し示す。この状態では、自分自身が夢をはっきりと覚えておらず、自分の意思を夢に反映しづらい状態なのである。
人は通常、このレム睡眠とノンレム睡眠の時間を合わせて、何回か夢を見る。一回ではなく、複数回、夢を見る。
この夢の中の世界で自分の思う通りに話が進んでいないのは、リアルの私が今、ノンレム睡眠の状態であるからなのではないかと考えたのだが、しかし、それであると決めつけてみても、説明のつかない点が存在してきてしまう。
ノンレム睡眠は、自分の意思が反映しづらい状態。まったく反映しないと言っても差し支えはない。そんな状態である。それに、既に述べた通り、ノンレム睡眠の状態で見た夢を、人は覚えていることができない。
故に、おかしな点が存在しているのだ。その点は、何処か。
それは――『私』が存在している点だ。
正確には、『夢の中の私』が存在しているという点だ。ここに、明らかにおかしい要素が存在している。
先程も述べた通り、ここの世界をノンレム睡眠による夢の世界であると仮定したとき、リアルの私は、この夢の中の世界を覚えていることができない。
夢の中の世界を覚えていることができないからこそ、この世界に『私』が存在して、この世界がどんな世界であるかを『記憶』しようとしている今この状態は、違和感でしかないのだ。
と、ここまで思考を巡らせてみたとき、私の頭の中にはある一つの考えが過ってしまっていた。
もしかして、ここは夢の中の世界ではないのかもしれない。
と。
考えれば、考えるほど、怖くなっていく。
なんだ? この世界は、いったい、なんだ? なんなんだ?
私の頭は、今にもパンクしそうな状態になっていた。
「か、顔色が悪いようですけど……カ、カナ。だ、大丈夫ですか……?」
「少し考えごとをしていたの。心配ないわ」
「そ、それなら良いですけど……」
この私の顔色が、悪いらしい。
ちょっとした違和感。多少の。それだけの違和感で、私は、顔色を悪くして、深刻に考えていたらしい。
完璧スーパービューティーレディは、この程度の違和感で悩むことなど、しない。
であるのならば、私はこのような若干の違和感で、表情を曇らすわけにはいかない。
「アルリアのお家、上がらせてもらうわね」
「ど、どうぞ~……」
「お邪魔します~」
行儀良く中に入ると、中も見た目と同様にログハウスのような空間が広がっていた。
室内をを隅々まで見回してみる。ロフトも付いていて、結構な広さがある。
「ここに、貴方と、貴方の家族が住んでいるのかしら?」
「…………! い、いえ。ここには、私一人だけ……」
「一人?」
その言葉を聞いて私は変だなと思った。この家、どう考えても一人で住むような広さの家ではない。
たしかに、豪邸に暮らす金持ちとかなのならべつに不思議ではない。使用人などがいるケースもあるだろうが。
だが、見た感じアルリアは豪邸で優雅に暮らす金持ち、という感じにはお世辞にも見えないし、だからこそ、この家で一人で暮らしているという発言について、変に思ってしまっている。
アルリアは家族といっしょにこの家に住んでいない。
家族といっしょに住んでいないということは、一人で住んでいるということ。
一人で住んでいるということは、アルリアはこの家を一人で管理しているということになるわけだ。
アルリアの見た目はどう考えても少女。立派な大人ではない。そんな少女が、このログハウスのような家を管理している。
……アルリアの家って、結構、複雑な家庭なのかしら。ならば、余計な詮索はしないべきだ。
というか、その設定が本当なのだとしたら、この夢の中の世界は、相当お手厳しい世界である。
そういえば、私が夢の中の世界に舞い降りたとき、最初に出会ったのがあのチンピラ女であったが、夢の中であるというのにあのようなガラの悪い存在をこの夢の世界に顕現させる私っていったい何を考えているのだろうか。ここは夢の中の世界なのだから、もっと私をヨイショしてくれるキャラクターだとか私にとって都合の良いキャラクターだとか私の理想のキャラクターだとかをこの夢の中の世界に顕現させていても、バチは当たらないはず。
何故だ。何故、何故、何故、何故、なんだ? 何故、私をヨイショしてくれるような理想なキャラクターではなく、あのようなキャラクターを私は夢の中に顕現させてしまっていた?
……ダメだ。考えないようにしないと。考えたくないものは、考えないようにしないと、頭へ重くのし掛かってくる負荷を遮断することができない。
「ど、どうぞ……つ、つまらないものですが……」
アルリアは手を震わせながら、近くのテーブルに紅茶とお茶菓子を置いてくれていた。
「ありがとう。いただきます」
「い、いただいちゃって、く、ください……!」
私は遠慮することなく紅茶とお茶菓子を頂戴すると、「さて、この後どうするか」なんて考え始める。
アルリアの家にお邪魔すること。それが目的だったわけではない。あくまでじっとしていても、何もアイディアが浮かばないから、移動してみようと思っただけで、本来の目的は『正義の教団』とかいう謎のクソダサネーミングセンス集団に連れ去られたアルリアの友だちを取り返しに行くこと。それが本来の目的であって、ここでお茶を啜り、お茶菓子をパクパク食すことが目的ではない。
「アルリア。早速だけど、作戦会議を始めようか」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
アルリアは真剣な表情でこちらを見ていた。