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19.百合は世界を救うから百合を愛せ

 あっれ~誰だっけ~?

 私はその人物の顔を見ても、その人物が誰なのか思い出せない。

 知っているはず、聞いたことのある声のはず。なのに、思い出せない。

 それは何故か。答えは簡単。私が意図的に思い出さないようにしていたから。

 理由。思い出してしまうと、面倒くさいため。




「……ごめんなさい。私、貴方のことを知らないわ。貴方、誰でしたっけ。ああ、でも答えなくて良いわ。何故だか、私には貴方が面倒くさい人間なのではないか、とわかってしまっているの。不愉快というか目障りというか、嫌悪感を覚えるというか、その、なんかごめんなさいね」




 私は深々と頭を下げて、くるりとそいつに背を向ける。

 辛辣なことをたくさん言ってしまったけれど、遠回しにねちねちと言うよりは、直球でぐちぐちと言った方がマシだと思う。だから、仕方なく、ぐちぐちと言って、相手のメンタルをへし折って、嫌な予感がする相手はスルーするのよ。私はスピリチュアルだとかオカルトだとかはあまり信じないタイプの人間だけれど、今だけは、自分の予感とかいうやつに頼ってみせるわ。

 いえ、訂正するわ。私は自分にとって都合の良いときと都合の悪いときでスピリチュアルだとかオカルトだとかのまやかし物を信じたり信じなかったりするタイプの人間なのよ。

 たとえば、神頼み、ってものがあるけれど、私は自分の都合が悪くなると神頼みをして祈るけれど、私はべつに神の存在なんて信じていないわ。これは、それと同じことなのよ。ええ。

 私は首を小さく縦に振って、自分の行動を完全に肯定した。




「え、えっと……ボ、ボクは嫌われているのかな……」


「用件を早く言ってもらえるかしら、シャルロスター」


「…………! やっぱり、ボクの名前、覚えていてくれたんだね! 嬉しいなぁ!」


「やめて。抱きついて来ないで。百合がうつる」


「ゆ、百合がうつるって何だい!?」




 ガビーンとした顔でシャルロスターは訊ねてくる。オーバーリアクションを欠かすことなく。

 この人を生かしておくのは失敗だったかもしれない。あのとき、私のこの手で始末してあげるべきだった。




「あっ、そうだ用件だったね。そうそう。お姉さんたちって、ここの人じゃないよね。何か、お探しものでもあるのかな?」


「お探しもの……お探し者ならいるけれど……」


「だよね。わざわざ塔内に入ってきているわけだものね。困っているのだろう? 良ければ、ボクも手伝うよ」




 キラキラ、と今の私のメンタルと身体的にきついオーラをシャルロスターは飛ばしてくる。

 そうだった。この人、一々話すたびにストレスが溜まっていってしまうくらいの主張のうるさい話し方をしてくる人なんだった。

 私は「うっわー嫌だなぁこの人としばらくいっしょに行動するのは」と思いつつも、協力してくれるらしいので一応の感謝もしておくことにする。

 これでいきなりミルペラみたいに「はい、うっそぴょーん☆」って言ってきたり、「手伝うとは言ったけれど、手伝うのはキミたちの死に対してだよくふふ」って言ってきたりしないよね。よくよく考えれば、シャルロスターもここの組織の人間なのだから、何をしてくるのかわからない存在なのよ。

 私は警戒するように剣を構えて、シャルロスターから五歩ぐらい距離を取った。




「そんなに警戒しないで。ボクは本当に何もしないから」


「あっ、そう。じゃあ、早速本題だけど、貴方たちが攫った人――ティアって子を返してほしい」




 私はシャルロスターにはっきりと言う。

 シャルロスターは怒った表情も、曇った表情も、嫌そうな表情も、何一つ見せずに、ただ静かにこくりと頷き返した。




「もしかして、お前は知っているのか、ティアの場所を!?」


「し、知っているんです……か……!?」




 アルリアとリティナも食い気味に訊き、シャルロスターに迫った。




「……あ、ああ。知っているよ。だって、彼女を攫ったのは、ボクだもの」




 うん? 何を言い出すかと思えば、本当に何を言い出した、この人。

 攫ったのは誰って言っていた? ええと……シャルロスター自身、と言ったのかな?

 なるほど、なるほど。なるほど?




「貴方が元凶なわけ!?」


「……ッの野郎! 何か、言い残すことはあるか、テメェッ……!」


「ま、待ちたまえ。い、今、ティア君を呼んでくるよ……」




 この場から去ろうとしているシャルロスターをリティナが強引に押さえつけ、リティナは怖い表情でシャルロスターのことを睨んだ。




「一発殴らせてくれるよな? な?」


「ぐぶっ!? ごぶぶっ!? 一発どころか既に二発ごぶっ!?」




 リティナはシャルロスターの顔面に既に三発もグーパンを入れてしまっていた。

 この過酷な戦いも、すべてはシャルロスターのせいでこうなってしまった。そう考えると、三発どころかあと百発くらいはお見舞いしてやっても良さそうなものだが。

 はぁ。こんな理不尽な何かに巻き込まれてしまったというか、協力していたというか、私は聖人の如く力を貸してやっていたけれど、そもそも、このシャルロスターとかいうヤツが存在しなければ、私はこんなにも理不尽な目に合わなくて済んだというわけよね。たたでさえ厄介なヤツだなと思っていたのに、まさか厄介どころか厄介を下回るレベルのおぞましい何か。それがこのシャルロスターとかいうキザ女だったとは。私もシャルロスターの顔面に十発くらいグーパンを食らわせてやろうかしら。

 しかし、それをしたところで自分のムカムカが少しマシになるだけだ。

 よって、私は無駄な労力を使わないようにしようと、一回遠くの景色を見て心を落ち着かせることに決めた。




「これで、七十七発目。おらよっ!」


「ぐあぶそぶはぶほっ!」


「おい、立てよ。ティアの居場所は何処だ。早く、吐け! じゃねぇと、あと三十回殴る」


「こ、こ、こっちだよ! つ、ついてきて……」




 シャルロスターが怯えた表情で何処かへ向かおうとする。促されて、私たちもあとをついていく。

 トコトコ、トコトコ。階段を下がっていく。

 しばらくして、シャルロスターが急に止まるので、私は何かあったのかと周囲を確認する。そこはミスレイとの戦いで燃え焦げてしまったフロアだ。

 ここで、ラスボスを名乗るミルペラがまだラスボスだとは明かさずにミスレイによって生じてしまった火を消火していた。あれがなければ、私たちは焼け死んでいた可能性もあった。だが、ミルペラが水使いで、尚且つ、ラスボスだったのは、不謹慎な感じもするがラッキーだったと言える。そのおかげで生き延びることができたし、ラスボスもちゃっちゃっと見つけることもできたし、まさに一石二鳥だった。




「急いでいて気がつかなかったのだけれど……この有り様はなんだい……?」


「貴方のお仲間、ミスレイと戦ったときに発生してしまった火災よ」


「……ティアは、このフロアにいるんだ。正確にはこのフロアに存在する『テレポート石』を使って、空間を移動した先にいるわけなのだけれど……石は無事なのだろうか」




 シャルロスターが真っ青な顔をする。絶望しているみたいだ。

 そんなシャルロスターの足元にキラリと光る何かが転がっていた。




「『テレポート石』って、これのこと?」


「あっ、あっ、それだー! よ、良かった、無事だったんだね!」


「無事じゃなかったらただじゃ済まねぇけど。そもそも、何故、お前はそんな大事な石を手放しているんだよ」




 リティナが、シャルロスターの顔に一発グーパンを入れようとしている。話が進まないのでとりあえず私はリティナのことを押さえた。




「じゃあ、テレポートするよ」




 シャルロスターは石に手を被せ、それから、目を閉じて、集中し始める。

 すると、シャルロスターの手の中が発光し、次の瞬間――私たちは知らないお花畑のど真ん中にポツンと突っ立っていた。

 辺りを見回す。蝶が飛んでいる。何処まで見ても花、蝶、花、蝶。メルヘンな景色が続いている。

 そんなお伽噺のような世界に、誰かが微笑みを浮かべて嬉しそうにこちらに手を振っていた。




「あれ、お姉ちゃん? アルリアもいるー! おーい!」




 銀髪の少女が、二人のことを呼んでいる。

 あれが、ティア……?

 というか、ティアって子は連れ去られていたというのに、怯えた表情とか声色とか仕草とか、何一つしていなかった。それは、何故?

 私は疑問に思って、チラッとシャルロスターの方を見た。




「何故、貴方はティアを攫ったの?」


「うーん。攫ったというより、保護した、という方が的確なのかもしれないかな。ボクは『正義の教団』に所属はしていたけれど、スパイみたいなものだからね。ボクが育った村の人たちに頼まれていたのさ、潜入してこいって。で、潜入してからしばらくして、教団がティアのことを狙う計画を立てていたんだ。それで、ティアは攫われたわけだけど、ボクはそれを攫い返したとでも言うのかな。そして、匿ってあげたわけ。これですべてお姉さんの知りたかったことは話せたかな?」


「ふーん。まあ、どうでも良いけど、貴方は悪さをしようとしていたわけではないってことね」


「ああ、そうだよ」


「あの組織は何故、ティアを狙おうとしたの?」


「聞いた話によると、ボクにはわからないのだけれど、ティアは身体に途轍もない量の魔力を宿しているらしいよ? それをたぶん、悪用したかったのだろうね」




 ふむ。よくはわからないけれど、この世界は魔法なんてものがあるのだから、魔力というものも当然、存在するわけか。

 あのクソダサ残念集団は、差し詰め、ティアから膨大な魔力を吸い取って、それで世界征服とか世界破滅とか、悪役としてはありがちなことを企んでいたのだろう。

 敵の根城付近と、その内部の警備が甘かった理由は謎だが、あんなクソダサネームを組織名を掲げてしまう親玉と、そんな親玉を持ち上げてしまう集団なのだから、単純にそこまで思考が回っていなかった残念なヤツらだったのか、あるいは驕り高ぶっている態度のヤツが多かったから、自分たちの力を過信していて、警備など必要最低限で良いと思ってしまっていたのだろう。

 まあ、超人的な能力を持っているヤツが多かったし、自分の力を過信してしまった説が、結構しっくりくる。その結果がこれなのだから、人生、自分の力を過信するのはやめておきましょう、ってことね。

 私は染々と思って、独りでにコクリコクリと頷いた。




「良かったわね、アルリア。ティアと無事に再会できて」


「は、はい! あ、ありがとうございます、カナ!」


「さあ、彼女のもとに行ってあげなさい」




 目的を達することができたわけだし、めでたし、めでたし、っと。

 最初にアルリアと出会ったときに頼まれたこと――アルリア自身を強くしてあげること。それを達成することができたのかは些か疑問ではあるけれど、アルリアがティアのことを助けたい、という強い意志を見せてくれたおかげで、ティアと再会できたのだし、それは、強くなった、と言うべきなのだろう。

 だから、達成。オールクリア。


 ……したのは良いけれど、どうやって現実世界に戻れば良いのだろう。


 一難去ってまた一難。ガックシと肩を落とす私。


 そんな私に――突如として激痛が襲った。

 視界がだんだん暗くなっていく。意識も遠退いていく。

 これは、何。急に、どうしたのかしら、私の身体は。

 私は膝から崩れ落ち、倒れる。皆が心配そうな顔をして私の方に駆け寄ってきた。何か、アルリアたちが言っているような気がする。

 私の身を案じてくれているのだろうか。

 でも、もう、何も聞こえなくなってきた。

 暗い。寒い。痛い。苦しい。


 しばらくして私は――絶命した。

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