17.瞬殺されてしまうボスの存在意義とは
静寂。音一つとして聞こえない。
私は辺りを見回した。私たち以外の気配はない。
誰も……いない?
私は警戒する。私たちは自然とここに吸い寄せられるようにしてやってきた。まるで、ここに何かがあることをわかっているような気をして。
だというのに、誰もいない、何も起こらない、この空間。
たしかに、私たちの勘違いだった、という説はある。
だが、最上階まで来て、侵入者がいるというのにもかかわらず、誰も現れない、何も起こらない、というのは何か異常なような気がした。
ここには、何もない、というのか……? これだけ苦労して上ってきて?
私は絶望感に苛まれる。この絶望感。この虚無感。半端ではない。
「誰かいねぇのか!」
静寂の広がる空間で、リティナが大声で言う。しかし、返答はない。やはり、この階には誰もいないのだろうか。
誰もいなくて、何も起こらないというのならば、私たちはこの後どうすれば良い。私たちの目的はティアという人間のことを助けること。そのために、この敵のアジトにまで侵入して、危険を冒し、ここまでやってきた。
ティアがここにいない可能性というものは考えていた。だけれど、ティアがいなくとも、居場所を知っている者から情報を吐いてもらうことができれば、ティアを助けることができる。
が、知っていそうな者は、状況的に厳しくて倒してしまったし、そもそも、知っていたかどうかも怪しかったし、情報を吐こうとはしてくれなかった。
となれば、確実に情報を持っていると踏んでいる敵の親玉を見つけ、倒し、強引にでも情報を吐かせていく。それが一番手っ取り早いと思って最上階まで来たというのに、その親玉の気配がまったくしない。
困った。これは、大変困った。この後のことを考えていない。いなかったときのケースを考えていない。道中で、ティアを助けることは愚か、情報すら手に入れることができなかったし、ティアの居場所がわからなければ、助けに行くことなんてできない。
ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう……?
私はミルペラの方を見た。
「ねえ、ミルペラ。貴方の組織のボスの居場所を知らない? 知っていたら、そこまで連れていってほしいのよ」
「ボスですか?」
「うん」
「……ボス。……ボス」
ミルペラは小さく呟いて、考え込み始めた。
そして、しばらくして結論が出される。
「……ごめんなさい。わたくしにはわかりません」
そっか。そうよね。ミルペラは、このクソダサネーミング集団に、ノリで入団してしまったような人だものね。おまけに、ここが何を企んでいて、どのようなことをしているのか、ミルペラは知らないわけなのだから、ミルペラは少なくとも幹部クラスの存在ではないことくらい簡単に知ることができてしまう。そして、何もかもを知らないのだから、当然、ボスの居場所を知るはずもなく。
……手詰まりね。ここで得られた情報は何もなかった。ティアという人間を助け出すことはできずに終わってしまった。
私は半ば諦めて、トボトボと階段の方へ戻ろうとしたとき――何処からか謎の気配がした。
この気配は、明らかにラスボス的な気配。ついにボスのお出ましというわけか。
私は皆の方に駆けて戻り、周囲を注意深く見る。
……凄まじいオーラ。感じ取る、強さ。
私は息を呑み、身を構えた。
「……誰だ。ここに勝手に入ってきた者は」
知らない声。私は、その声の正体を確かめる。
頭にツノが生えている。髪は桃色。八重歯が生えていて、あざとい。体格は私よりも……明らかに小さい。アルリアよりもおそらく一回りは小さいだろう。見るだけでわかる、幼児体型。
……うん?
私の頭の中にはクエスチョンマークがたくさん浮かんでいた。
……えっ? これが、この集団のボス? 冗談言わないでよね? えっ、えっ、まさか、こんなちんちくりんの少女がボスだって言うの? えっ、嘘でしょ?
私は自分の目を疑っていた。
「あの、お嬢さん、迷子かな? 大丈夫? 家までの道、わかる?」
「……アタシを子ども扱いするんじゃない」
桃髪ツノ女は、涙目になってボソッと呟いた。
えっ、何、この可愛い生物は。えっ、これ、本当にボスなの? 私、この女の子五人くらい自宅まで連れてきて、愛でても良い?
などと心の中で思うが、それはさすがに事案というか、事件になってしまいそうなので、やめておくことにする。夢の中の世界でも、なかなかにきつい構図だというのに、現実世界でそれをやってしまったら、年齢差的に一発アウトになってしまうだろう。
……なるほど、考えてきたな。この集団のボスをこんな幼気な少女に務めさせておくことで、何かこの集団に攻めていくものが出てきたら、この少女を盾にすることで、攻めるとこの少女がかわいそうな思いをしてしまうぞ、と相手に突きつけることができるわけだ。それに加えて、この少女をトップに置くことで、この少女目当てでこの意味不明な集団に入団してくれる者を募ることができるということか。な、な、なんて卑怯な作戦なんだ。危うく、私も入団しかけてしまうところだった。こんなダサいネームの組織に。
私は自分の手で軽く自身の頬を引っ叩いて正常な意識を取り戻すと、桃髪ツノ女の目線に合わせて、その高さまでしゃがんであげることにする。
ふっ。ふふっ。安心しなさい。お姉さんは怖くないわよ。
「私は六鳳堂カナよ。親しみを込めて、カナお姉ちゃん、と呼んでほしいわ」
「……アタシはネビィ。貴様、アタシのことを舐めていると、痛い目見るぞ?」
ネビィと名乗る女がジト目で私のことを見て、私の胸元を掴む。
次の瞬間――私の身体は石ころのように簡単にぶっ飛び、私が立っていたはずの床はまるで最初からなかったかのように消え去ってしまっていた。
「気に食わんヤツは消す。それだけだ。アイツのようになりたくなければ、貴様らはもう帰ることだな。生憎、アタシは優しいのでな。今、帰ると言うのであれば、貴様らの命は奪い取らないでやろう」
ネビィは手にバチバチとしたプラズマを纏い、それを上に投げる。辺りが白く輝き、私たちの視界を、その光が奪った。
「それでもアタシに挑むと言うのならば、容赦はしない。消し炭に変えてやろう。これは、貴様らの返答次第で食らわせてやる」
ネビィは上を指差した。その方向には先ほどネビィが投げた、プラズマ的な何かが迸っている。
強い。普通に相手をしていたら、到底敵う相手ではない。
私は、目の前にいる少女を、今になって漸く、恐ろしい存在で、この組織の『ボス』なのだということを理解する。
たしかに、この強さは本物だ。ここのトップに立つだけの力を持っている。あの見た目で。
だが、私は考えることのできる人間だ。強さはあれよりも劣っているかもしれない。けれど、私は上手い策を思いつき、何度か非常な事態を切り抜けてここまでやってきた。ここまで来て、私は挫けるわけにはいかない。私はこの目的を達成して、皆から称賛されるような完璧で素敵でウルトラハイパー魅力的なスーパーレディになってやる。絶対に。
強くそう思った私は、身体をゆっくりと起こし、立ち上がる。そして、剣を抜いて構えた。
「三つ、教えてほしい。貴方の目的は何? 貴方は何故このような組織を結成したの? そして、貴方たちが拐った人たちは何処へやったというの?」
「一つ目。貴様に教えるわけがない。二つ目。愉快だから。三つ目。知らん。そして、四つ目、貴様らの目的を吐け」
私の問いに、ネビィはそのように返してきた。
情報が何も手に入らない。訊ねたというのに何もわからない。だけれども、敵が私たちの目的を吐けと抜かしてくる。
ふむ。簡単には情報を吐いてはくれないか。なら、仕方がない。力でわからせるまでだ。
私は剣をネビィの方に向け、集中し始める。
行動。ルート。どのような手順を踏み、ヤツをどのようにしばけば良い。
私は思考する。最善策で、ネビィのことを倒すために。
ネビィはまず、何をしてくる。攻撃パターンを見極めなければ。
胸元を掴み、ぶっ飛ばす攻撃。それから、おそらく、プラズマを宙に飛ばし、それを降らせてくる攻撃。この二種類の攻撃は判明している。
一つ目の攻撃は相手の間合いに入らなければ問題ない。二つ目の攻撃は、プラズマを避けられるような場所――たとえば、プラズマの当たりにくい階段などの場所に逃げ込むなどしてやり過ごせば良い。
よし。完璧だ。さすが、私。既に、二つの攻撃の回避方法を考えることができている。これなら、ヤツに負けることはないだろう。
「情報を吐いてもらうわよ――くらええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「……気でも狂ったか。何も考えずに、真っ正面から突っ込んでくるとは。【神罰を下せ、雷よ】」
ネビィが中二病染みた呪文を唱えると、宙を迸っていたプラズマがバチバチと音を立てて、パワーを溜めていき、最大までパワーを溜め込んだプラズマが私目掛けて降ってくる。
あっ、ヤバい。思ったよりもこれ、避けられないかもしれない!? あれ、まずいぞ!?
私は冷や汗を垂れ流し、私に直撃してこようとするプラズマを見て、必死になって回避しようとしていく。
あっ、ダメだこりゃ。直撃するるるるるるるるー!?
……バリバリバチチ。如何にもそれっぽい音を立てて、プラズマは私に直撃する。
いや、直撃していたと思い込んでいた。
しかし、私の身体はどうやら、無事のようだ。
ええっと……いったい、何が起こった?
私は、ゆっくりと目を開いて、恐る恐る状況を確認する。
私の視界の先には――黒焦げになっているネビィの姿があった。
「ど、どうして、この子が……?」
私は不思議に思った。何故、この少女が攻撃を受けてしまい、倒れてしまったのかと。このプラズマは少女の意思によって動いていたはずで、少女は自滅するためにこのプラズマを発生させていたわけではないだろう。
だから、この状況は、おかしいのだ。
私は状況をよく飲み込むことができないまま、呆然とした気持ちで、ただ黒焦げになってしまったネビィのことを見ている。
と、私だけでなく、私以外の誰もが呆然とした様子で黒焦げ姿に変わり果ててしまったネビィのことを見ていると、その静寂を破るように、誰かが言葉を口にし始めた。
「これが、彼女の最期ですか。案外、あっさりと死んでしまうものですね。ボスを名乗るには、弱すぎますし、自分がボスなのだと偽るのはボスを敵にまわしてしまうようなものですよ、うふふ」
そいつは、愉快そうに笑っていた。
「その声は――」
私は声の持ち主がいる方を向いて、そいつの正体を確かめる。
私はそいつの正体を知って、驚愕した。
そいつの正体は――ミルペラだった。