16.ビューティーウルトラプリティウーマン=何?
頭上を見る。天井が近づいてきていることがわかる。最上階までは、もうすぐだ。
「と、ところで……皆さんは、何故、わたくしたち『正義の教団』の本部にいらっしゃるのでしょう? 見たところ、わたくしたちの一員ではないですよね?」
ミルペラに、当然の質問をされてしまう。
参った。こんなタイミングで、それを訊ねられてしまうと、返答に困ってしまう。危害を加えてこないために、対応が面倒くさいことを無視すれば、とても扱いの楽なヤツであることには間違いないが、ミルペラは仮にもここの組織の人間である。返答次第では敵対してしまい、ただでさえ面倒なのに、余計に面倒くさい事態になってしまうかもしれない。
さて、なんて答えたものか。隠したところでいずれバレてしまうだろうし、もしかしたら、ミルペラが何か情報を持っているかもしれないし、ここは正直に答えてみても、良いだろうか。
うーむ。正直に答えた瞬間に、ミルペラが襲い掛かってきてしまうかもしれない。
今、階段なんだよな。階段を上っているわけなのよ。これが何を意味するかというと、こんなところで戦闘に入ってしまったら、足を滑らせて露出女……ミスレイのようになってしまうかもしれない。ローブ女……ニルアナのときは階段を上っている最中の戦闘だったけれど、あのときは、まだすぐ近くにフロアがあって、転がり落ちても数段程度だったのだけれど、今は近くにフロアがないわけ。つまり、足を滑らせてしまったら、アウト。ゴートゥヘブンオアゴートゥヘル、になってしまうだろう。
私はしばらく考え込み悩んだ結果、素直に話すことを決めた。
「取り返しに来たのよ」
「取り返しに……?」
「ええ、貴方たちに拐われた人をね。その情報を得て、その人を奪還する。そのために私たちはいるのだけれど、ミルペラは何か情報を持っていないかしら?」
私はミルペラに訊ねる。ミルペラが、ここの組織の人間だとわかっていても。
豹変するかしら。それとも、困惑した顔でこちらを見てくるのかしら。あるいは、また、べつの何かよくわからないリアクションでも取ってくるのかしら。
私はミルペラの顔を覗いた。ミルペラの顔に、別段、変わりはない。怒ったりとか、困ったりとか、悲しそうにしたりとか、そんな表情はしていない。何か考え事をしているような、そんな表情をしていた。
何を考えているのだろう。
やはり、ミルペラは『正義の教団』とかいうよくわからん集団の一員なのだから、無闇矢鱈に自分たちの情報を話しても良いものかと、考えているところなのだろうか。
それか、私たちの目的を知って、これまでの者たちと同様に、私たちをどのように始末してやろうかと考えているところなのだろうか。
返ってくる言葉次第では、私たちはすぐさまミルペラを倒さなければならなくなるかもしれない。
表情を読み取れ。仕草を読み取れ。声で判断しよう。これは、私たちに対して敵意が溢れてきてしまっている様子なのか、それとも、素直に情報を吐き出そうとしてくれる様子なのか。どっちだ。
私は身構えた。
「……わたくし、そういえば、何故、このような組織に所属しているのでしょうか」
間を置いて、やっとこさ出てきたミルペラの第一声がそれだった。
ええっと、どういうことだ? 言葉の意味がよくわからない。
私は、発言の意図を読み取ることができず、思わず、ミルペラの顔を凝視してしまった。
「ずっと思っていたのです。ここって、何をする組織なのか、と」
「それは、私たちのセリフだわ」
何を言っているのか全然わからないので、私の口から、ついにツッコミが飛び出てしまう。
こっちもそれを知りたい。名前的に、たぶん『人々に私たちが正義であるのだと知らしめたい』だとか『正義とはこういうもので、その正しい正義を世の中に広めていきましょう』だとか、そんな公約を掲げて動いているのかと思っていたけれど。
よくわからないことってことがわかったけれど、つまり、この組織は下っ端には何をやっている組織なのかわからないということなのね。
結局、この組織って、なんでティアを拐っていったのだろう? そういえば、誰かが、才能のある者たちは我々に利用された方が良いとかなんとか言っていたような気がするけれど……あれ、誰が言っていたんだっけな。ごめん、忘れたわ。誰だっけ。
私は脳内に保管されているすべてのデータを洗いざらい調べて、思い出すことにしてみる。
少し考え、漸く、誰がそれを言っていたのか思い出すことに成功する。
たしか、ローブ女……ニルアナがそのようなことを言っていたような気がする。
話をまとめると、ミルペラはこの組織が何をしているのか知らないけれど、ニルアナはこの組織が何をしているのか、何を企んでいるのかを知っていた、ということになる。
ミルペラは知らなくて、ミスレイは知っている、このちがいは何なのだろうか。単純に、ミルペラは下っ端で、ニルアナは幹部だから、って感じだからか?
私は一先ず、その謎の答えを、自分なりに出してみた。
「兎に角、貴方は何も知らない、ということ?」
「はい、そうなりますね」
「何も知らない貴方が、どうしてこの組織に所属してしまっているのかしら」
「それはわたくしも知りたいことなのですが……」
「上手いこと、思い出せない?」
「ええと、ちょっと待ってくださいね。うーん、なんでだっけなぁ。……あ、そうだ、思い出した。なんか、『入団しませんか?』みたいな勧誘を受けて、『はいはい、良いですよ~、今、暇ですので~』みたいな感じで適当に返していたら、いつの間にか、わたくしはこの組織に所属してしまっていた、という感じですね。これが所属した経緯ですぅ」
「うんうん。なんて、残念な子なのでしょう」
間違えて、心の中の声が表に出てしまう。
おっと、しまった。危ない、危ない。
……いや、声に出てしまったから、危ない、ではなくて、アウト、か。やってしまった。つい、本音が出てしまった。
「わ、わたくしはべつに残念な子ではありませんよ! わたくし、こう見えて、二十四歳なので、子どもではありません!」
いや、そこかよ。と、私は心の中でツッコミを入れてしまう。
というか、二十四って、マジか。私とそんな変わらないじゃない。うーん、今度、一杯行くか?
一瞬だけ謎の親近感を覚えたが、私はすぐにミルペラが面倒くさい人間だということを思い出し、私の胸の中にあった親近感を何処か、あの辺の窓のあたりにでも投げ捨てて、正常な心を保つことにした。
元々、正常な心をしているかどうかは置いておくことにするが。
「皆さんの目的はわかりました。わたくしは、べつにこの組織にそんなに思い入れがないので、このように簡単にペラペラと話してしまうのですが……残念なことに、情報を持っていませんので、すみません……」
ミルペラは、ペコリと頭を下げて、謝罪の言葉を入れてくる。
あれ。ヤバい。この人、私よりも常識とか良識とか、そういったものを持っている!?
ガビーン、と私は驚愕し、わなわなと震えてしまう。
受け入れたくない事実。まさか、私よりも、ミルペラの方が変人ではないかもしれないだなんて。私は……私は……そんなの、絶対に認めない。ええ、認めてあげないわ!
私は無意識にバチバチとした敵意をミルペラに向けてしまっていた。
「え、えっと、どうされました……?」
「いえ。なんでもないわ。私って目つきが悪いのよ。嘘だけど。べつに目つきなんて悪くないし、めちゃくちゃ完璧なお目目をしているけどね」
「は、はぁ……?」
ミルペラは困った顔で、こちらのことを見る。
あれれ? おかしいぞ? 私って、もしかして、おかしい? もしかしなくても、おかしい?
ここで、私は初めて自分のおかしさを認めてしまいそうになる。
が、私は挫けない。ここで挫けてしまっては、完璧素敵のビューティーウルトラプリティウーマンの座を、このミルペラとかいうぽわぽわした女に奪われてしまう。私の存在意義がなくなってしまう。
だから、私は抵抗する。私は、負けない。私こそが、完璧で、素敵で、優しくて、清らかで、麗しくて、とても聡明な、スーパーワンダフルウーマンなのだと、思い知らさせてやる。
などと私は思っているが、これはすべて、私が心の中でネタ的に楽しんで遊んでいるだけで、実は抵抗しようだなんて一ミリ足りとも思っていないし、私が完璧で素敵なことは周知の事実なのだから、わざわざそんなことをするまでもない、と考えているので、安心してほしい。
私はミルペラに向けて、フフン、と威張ってみせた。
「えっと、その……お名前、なんでしたっけ?」
「六鳳堂カナよ。気軽にカナちゃんと呼んでくれて構わないわ」
「わかりました。カナさん。その、カナさんって、もしかして……わたくしよりも、個性のある方なんですか?」
その言葉に私はカチンときてしまう。ミルペラは遠回しに、私に、変人なのか、と訊いているのだ。カチンときてしまうのも当然だろう。
だが、待ってほしい。私も、誰かに対して、この人は変人なのではないかと思ってしまうことが多々あったような気がする。だから、これにカチンときてしまうのは、理不尽、というカテゴリーに分けられてしまうのだろう。
私は心が広くて、おおらかな人間なのだから、落ち着こう。これにキレてしまっては、リティナレベルの沸点の低さとなってしまう。
てか、まだ私たち出会ったばかりで、煽り、キレるというこの図。おおーい、待て待て。私たち、コミュニケーション下手くそか!?
私は心の中で大きく叫び、その後、一つ、溜め息を吐いた。
「あのさ、馬鹿なやり取りしているところ悪いんだけど、もうすぐ、最上階に着くんだから、二人とも静かにしてくれねぇか?」
リティナが厄介そうな顔をして、こちらに言う。前方を確認すると、階段の終わりが見えていた。
窓の外も見てみる。ずいぶんと高いところにまで上ったことがわかる。
頭上を見る。天井も、もう、そこにある。
最上階。それが、私たちのすぐそこにある。
おそらく、最上階にはボスが待ち構えているはずだ。確信はないけれど、何故か、そのように思ってしまっている自分がいる。
私たちは、ついに最上階に辿り着き、意を決して、一歩ずつ進んだ。