15.森ガールのお姉さんとか最高かよ結婚してくれ
おっと、拍手をしている場合ではなかった。火も消えたし、上に進もう。
私は、本来の目的を思い出し、階段の方へ足を進めようとする。
「待ってください!」
階段の前に辿り着いたとき、森ガール女に呼び止められる。
待てよ。何か、嫌な予感がする。嫌な予感ばっかりしてきたけれど、またまた嫌な予感がしてきている。
今までの法則に従うと、この教団に所属している者は全員、ちょっとアレな者だというイメージが私の頭の中にあって、その思考から判断するに、おそらく、あの森ガール女も相当な変人だということは間違いないだろう。その相当な変人に呼び止められたということは、私は今からこの変人に強制的に付き合わされてしまうということになる。
ヤバい。スルーしたい。無視しても、問題ないかしら? 問題ないということにしておいてくれないかしら? というか、私たちの進む道をどうか塞がないでください。
私はそんな風なことを思いながら、後ろを振り返る。森ガール女はぼうっとした顔で私たちのことを見ていた。
いや、これはぼうっとしているわけではない。立ちながら、寝ている。
えっ、ごめん。この女、さっき、私たちのことを呼び止めていたよね? なんで呼び止めた直後に、立ちながら寝ることができるわけ? えっ?
私は、びっくりして、思わず、森ガール女のことを二度見した。
「……むにゃむにゃ。ぐーすぴ」
「……無視して、進みましょ」
「そ、そうだな……」
「で、です、ね……」
意見が一致したため、私たちは森ガール女を起こさぬようにそろそろと進んでいこうとする。
が、しかし、森ガール女がリティナの脚に思い切りしがみつき、私たちの進行を妨害してきた。
あぁ。やっぱり、変人なのか。そうなのか。この塔に潜んでいるヤツは全員変人なのかもしれない。私は変人ではないけれど、この塔にいるヤツは特大びっくりのヤバすぎ不可思議級の変人なのかもしれない。
何を言っているのか私にもわからないが、つまり、それほどこの教団にいる者たちは、変人だということを伝えたい。
「わ、わ、わ、わ、わ、行かないで! 行かないでください!」
「な、なんなんだよおめぇは!? こいつと言い、お前と言い、変なヤツばっかり会う!」
リティナが森ガール女に向けてそんなことを言いながら、私の方にも指を差してきた。
はて? 森ガール女が変人ぽいヤツであることは認めるけれど、何故、今、私まで指を差されたのだろうか。『こいつ』と『お前』ということは、少なくともリティナが変人だと思っているヤツがこの場に二人もいるということ。
うん? 私のことを、変人だと抜かしていやがるのかしら、この危険ファッションガールは。
変人の擦りつけ合いはやめよう。いくらリティナが変人だということを認められないとは言えども、私にそれを擦りつけてくるのは重罪だ。
百歩譲って私のことを凡人だと判断してしまうことは許してあげようじゃない。だけど、私のことを変人だと言うのは、ブッコロになるわよ。ブッコロして、貴方、果てちゃうわよ。おっ? やるのかしら?
私は、自分の中に生まれてきてしまった怒りを抑え、にこやかな顔でリティナのことを見ようとする。たぶん、今、私の顔はにこやかな顔にはなっていないのだろうけれど。
「あ、あのさぁ……放してくれねぇか?」
「む、無理です!」
「どうしてだよ?」
「お、お、おっ、おっおっおっ、お化けが怖いんです!」
「……は?」
私たち一同は、「何を言っているんだ、この人は」という目をした。
なるほど。全然理解できない。危害を加えてこないっぽい人だし、無視して進んでしまおう。相手にしていられるほど、私たちは暇ではない。
さっさと最上階まで上って、ボスを探し、そいつから情報を入手する。そして、アルリアの友だちでリティナの妹だという、ティアとかいう子を助けて、それで早くこのきつくて厳しい目的から解放されよう。
だから、この森ガール女に構っている場合ではない。この森ガール女がこれ以上、私たちの邪魔をしてくるというのであれば、グーで殴って黙らせるしか他に方法はない。野蛮な方法だし、現実世界でこれをしたら問題になってしまうが、ここは夢の中の世界なので、そんな野蛮な行為に及んだところで、特に問題はないはず。
この森ガール女を引っ剥がすために、私は拳を使おう。拳でぶっ飛ばしてやって、気絶させて、前に進もう。そうしよう。倫理観的にいけないことなのかもしれないけれど、今は道徳の時間でもないし、現実世界の法律なんてここでは適用されていないのかもしれないし、まあ、たぶん、大丈夫なはずだ。この森ガール女にグーパンを食らわせても。
現実世界の法律が適用されてしまったとしても、最悪、素直に罪を償えば良い。ごめんなさい、と一言謝ってから、グーパンをしておこう。
良い子の皆は、真似しないでね。グーパンは、如何なる場合でもしてはいけないよ。たとえ、ごめんなさいをしたとしてもダメなものはダメなのよ。私は今からグーパンをしてしまうけれど、これは私という人間が特殊な訓練を受けていて、尚且つ、最悪、法を犯しても構わないという最低の覚悟を決めてグーパンを繰り出そうとしているだけなのだからね。だから、良い子の皆は絶対に真似してはいけないよ。
私は誰に説明しているのかわからないことを思いながら、森ガール女に向けて、正義のグーパンを繰り出していた。
「痛い!? ひ、ひええぇっ!? な、な、何をするんですか!?」
「いやぁ~……なんか、あまりにもムカついてしまって、つい……」
「ムカついたからって、暴力を振るって良い理由にはならないんですよ!?」
「えっ、そうなの!?」
「えぇ……」
森ガール女は、ドン引きした顔でこちらのことを見た。たしかに、私は倫理観の欠けることをしてしまった。反省をした方が良いのかもしれない。
だが、今は急いでいるので、倫理観だとか道徳心だとか、そんなものを気にしている場合ではない。
いや、急いでいるからといって、それを気にしなくて良い理由にもならないのだが、まあ、アレだ。ここは、夢の中の世界なのだから、そこは、こう、なんか私の都合の良いように物事が進んでほしい。
というか、ここは私の夢の中の世界なのだから、この世界では、私自身が法と言っても、過言ではない。
つまり、私が法律なのだ。だから、これは良い! 私のみ、しても構わない! 私がこの世界のルールなの!
現実世界では絶対に思うことすらも許されないようなことを思い、私は構わず、森ガール女をリティナから力尽くで引っ剥がしていく。
んぎぎぎぎぎぎぎぎ! ダ、ダメだ。全然、剥がれない、この女!
私は段々と、疲れていってしまうのだった。
「ど、どうしてしがみついてくるのよ、貴方って人は!」
「だ、だから、お化けが怖いんですって!」
「お化けなんて迷信よ! というか、そもそも貴方って、ここのクソダサネーミング教団の者なんじゃないの!?」
「そ、そうですけど……それが何か……?」
「なら、いつもいる場所なんだから慣れているはずでしょ。それに、ここってなんか、そういう学校の七不思議的な怖い要素でもあるわけ?」
「ありませんけど……」
「じゃあ、平気じゃない?」
「で、でも、薄暗いから怖いんですよ!」
「うるさい!」
私はその一言だけ吐いて、仕方がないので、リティナを置き去りにして先に進むことにした。
が、今度はリティナが私の脚にしがみついてくる。
イライラ。イライラ、イライラ。私たちは、こんなしょうもないことで立ち止まっている場合ではないのよ。だというのに、お邪魔虫がお邪魔をしてきて、さらに、蟻地獄のようにお邪魔虫に吸い込まれていってしまったヤツが、私のことを蟻地獄に道連れにしてこようとしてきていて……これじゃあ、いつまで経っても前に進めないじゃない。
私は嫌そうな顔で、リティナと森ガール女の顔を見てやった。
「え、えっとね……一人、一人でいるのが怖い……って解釈で合っていますか……?」
「は、はい。そうなんですよ……」
「な、なら……ワタシたちと行動を、と、共にする、というのは……ど、どうでしょうか……?」
アルリアが、森ガール女に向けて、そのように提案する。
アルリア、貴方はとても良い子ね。ええ、とても、良い女の子よ。
微笑ましい気分になった私は、アルリアの提案したことに頷く。
それなら、べつに、良いか。攻撃してくるような感じのヤツでもないし、裏切ったとしても、元々、裏切るかもしれないという想定で動く予定だし、そもそも仲間になったわけではないから、裏切ったとか裏切ってないとかそんなものはないのだけれども。
私は、仕方なく、森ガール女に向けて手を差し伸ばしてあげることにした。
「それは実に良い案です! ありがとうございますぅ!」
「ああ、うん……よろしくね、うん……」
私はふと思い出す。シャルロ……なんだっけ。シャルロットだっけ。シャルルスタートだっけ。なんか、めちゃくちゃキザだったあの女のことを。あのシャルなんとかさんと同じくらい、話すと疲れてしまうようなヤツだ、この森ガール女は。
「わたくしはミルペラと申します。よろしくお願いします!」
ミルペラと名乗る森ガール女は、高速で頭を下げて、私の手を取る。
その所作から、この女の残念感を私は感じ取っていた。
この残念感。これは、ローブ女……ニルアナと同じ系統の香りがする。このミルペラとか言う女、今まで遭遇してきた教団に潜む敵の、個性みたいなところをすべて併せ持ったハイブリッドみたいなタイプの人間だ。
良いところの詰め合わせみたいな性格のヤツだったら良かったのだけれど、どうにも、残念なところを詰め合わせたみたいな性格のヤツに見える。
私は、ミルペラの顔を直視して、その後、溜め息を吐いてやった。
「な、何故溜め息を吐くのです!? あ、ああ!? もしかして、私のこと、『ああ……面倒くさい女が加わってきたわね』とか思っていませんか!?」
「まったく、その通りよ」
「本当に思っていたのですか!? し、しかもすぐに肯定してくるだなんて、酷い! 酷いです! うぅぅ……」
とても面倒くさいヤツと同行することになってしまったが、仕方がない。
私たちは、ミルペラに引き止められてしまった分の時間を取り戻すために、急いで階段を上り始めた。