13.なんで現実では二段ジャンプできないんだろう
「者共、出会え、出会え!」
露出女が、突然、大きな声でそのように言う。発言的に、誰かに指示をしているように聞こえる。
まずい。今まで、謎に敵が一人で突っ込んできていたからどうにかできていたところはあるけれど、複数の敵を相手にしなければならなくなると、非常に厄介なことになる。
敵が一人ならば、最悪、全員で退けば、対処することが可能かもしれないが、敵が複数で囲んできて逃げ道を塞がれてしまうと、退くことができず、戦える者が、全員を守らなければならないことになる。私たちの中で戦える者は、おそらく、私一人。かろうじて、何故かトンカチを持っているリティナが戦力としてカウントできるかどうかのライン。
これは、応援が駆けつけてしまう前に、無理矢理にでも先に進むか、一旦退いて体勢を立て直すか、どちらかの方法を取るしかないだろうか。
安全な方法は二つ目の方だ。だが、先を急ぐのであれば、一つ目の方が良いし、退いてしまうと警戒が強化されて、より進みづらくなってしまうかもしれない。どちらを選択したとしても、リスクがある。
「逃げよう!」
「う、うん……」
「そ、そうだな。めんどくせぇが、そうするしかなさそうだ」
私たちは顔を見合わせた後、頷いて、後ろを振り返る。後ろには、まだ誰も来ていない。遠回りになってしまうが、ここは一旦、離れることにしよう。
そんな風に思っていたのだが、徐々に大勢の足音が聞こえてきてしまう。露出女が呼んだ援軍だろうか。
「逃がしはしない。起動させよ!」
露出女が叫ぶと、近くにいた従者のようなヤツがレバーのようなものを押した。
すると、床が勝手に動き、一部の床が消え、退路が断たれてしまう。
それだけではなく、床はさらに四分割されて、私とアルリアとリティナとその取り巻きたちは、全員がバラバラに散らばってしまっていた。
しまった。これでは、私が皆を守ることができない。
私は、焦りのあまり、思わず、剣を床に落としてしまう。
動揺してしまっている。落ち着こう。冷静になろう。分断されてしまったことは非常にまずいことだし、この上、敵に取り囲まれる事態になってしまったら最悪だが、まだ、命を取られたわけでもないし、突破できる可能性がゼロなわけでもない。
強がろう。こんなときは、しっかりと様子を見て、敵の出方をうかがう。
敵が何をしてくるのか、私たちはどうすれば良いのか。それを冷静に分析する。今、私たちに求められている行動は、それだ。
私は深呼吸をし、静かに落としてしまった剣を拾い上げた。
「よくぞ、ここまで侵入することができたな、悪人たちよ。だが、貴君らは、ここで終いだ。覚悟せよ」
そう言って、露出女は槍を構えて高く飛び上がり、こちらに向かって勢い良く槍を突き刺そうとしてきた。
私はその攻撃を危なげながら避け、露出女の方に剣を向ける。露出女はそれを見て、不敵に笑った。
「ほう。我が輩と戦うというのか。愚か者が。貴君に勝ち目などない。大人しく、投降しろ」
「投降するメリットを教えていただければ、条件によっては投降させていただきますけど」
「投降するメリットは一つ。我が輩に介錯されることだ」
「メリットはゼロ、ということね。なら、投降する意味はなさそう」
私は剣を向けたまま、少しずつ後退し、敵から距離を取る。敵の間合いに入ると確実に殺られる。距離を詰められないように、退きながらの戦いをしなければ。
どのようにこの露出女を倒せば良いのかと考えている間に、アルリアやリティナたちのいるゾーンに、露出女の援軍が到着していた。
私は援軍が来たのを確認して、心の中にあった焦りがより大きく膨張してきてしまったことを感じてしまう。
ピンチだと、私の心が叫んでいる。エスオーエスを発信している。
追い詰められた。そんな感覚。そんな絶望。
私は立ち竦みそうになっている身体をやっとのことで動かして、距離を取っていく。
敵は強い。強く見えてしまっている。
でも、怯んでしまってはいけない。目的を果たすためには、この女をどうにか撃破して、先へ進まなければならない。だから、私は剣を握ることをやめない。
「我が輩の名はミスレイ。正々堂々貴君を殺してあげよう」
「ならば、私は貴方のことを、卑怯な手を使ってでも倒してやるわ」
私は言い終えて、後ろにあった花瓶をミスレイの顔に目掛けてぶん投げた。ミスレイはそれを華麗に避けて見せ、無駄に槍を振り回して、その槍で花瓶を叩きつけて粉々にする。
私はその隙に駆け出し、ミスレイの方まで近寄って、剣を振る。
斬れ。斬り裂け。短期決着にしないといけない。でなければ、他の皆が危ない。だから、これで私に斬り裂かれて、倒されてくれないかしら。
私は思い切りミスレイの頭上に剣を振り下ろすのだが、ミスレイは瞬時に槍を私の剣がある方に持ってきて、その槍で振り下ろされた剣を弾き、私ごと吹き飛ばした。私は壁に凄まじい力で衝突し、その場で倒れてしまう。
痛い。痛い……痛い……? 痛み、だ……痛みを感じる。
夢の中の世界のはずなのに、やはり、痛みを感じる。
夢か現実かを判別する方法として、頬をつねり痛みを感じるか感じないかで判断するという古典的な方法が存在するわけだが、この場合、痛みを感じるということは、この世界が現実ということになってしまう。
この世界が現実ということになってしまうと、私がここで死んでしまうと、その死は本物の死として確定してしまうし、この世界に存在する人間たちも架空の人間ではないということになってしまう。
矛盾。矛盾しか、ない。
そもそも、現実世界では魔法というものは架空的存在だ。そんな架空的存在が本物で、架空染みた見た目をした者たちが全員、本物の人間だとしたならば、それは私が生きてきた現実世界の常識と法則を大幅に無視していることになってしまう。
私はこの世界に舞い降りて、すぐに二段ジャンプをしていた。この二段ジャンプというものは、ゲームの世界では実現可能な技なのだが、現実世界では、まず人間にはできない技なので、当然、私がこの二段ジャンプをすることは不可能なわけだ。つまり、私が二段ジャンプをすることができた、というこの事実は現実世界ではあり得ないわけで。だからこそ、この世界のことを私は夢の中の世界なのだと思い込んでいたわけなのだけれど……何が正しくて、何がちがうのか、わからなくなってきてしまった。
わからなくなってきてしまったけれど、ここで終わるわけにはいかないので、私は立ち上がらなくてはいけない。
私はゆっくりと立ち上がり、再び剣を構える。そして、私は再び駆けていき、ミスレイの頭上に剣を振り下ろそうとした。
「無駄だ」
やはり、槍で弾かれてしまう。
が、今度は吹き飛ばされることはなかった。その理由として、私は槍で弾かれてしまうことを予想し、剣を頭上に振り下ろすムーブをしてから、横に転がっていたのだ。
この剣での攻撃はブラフ。真っ向勝負で戦うには分の悪い相手だ。だから、ブラフをする。そして、メインを隠し、相手が油断している隙に、そのメインの攻撃を仕掛けていくのだ。
「……ここよ!」
私は素早く転がってミスレイの背後を取り、頭上でも背中でもなく、脚を狙って斬りつける。
背中は振り向いたときに槍で弾かれてしまう。頭上も、先ほど、ヤツの頭上から剣を振り下ろして攻撃しようとしていたから、警戒されてしまっているだろう。
と、考えると、一番隙のありそうな箇所はヤツの身体の下部。特に、脚ならジャンプしたところで避けられないだろうし、確実に攻撃がヒットすると見て良い箇所だろう。
だから、私はヤツの脚を何回も斬りつけようとした。
「その程度か。はぁ。それでは、まったく我が輩にダメージが入らん」
ミスレイは平然とした顔で言い、溜め息を吐いた後、槍を私の方に向けてくる。
……なんで!? 私はたしかに剣でヤツを斬りつけたはず。なのに、どうして、平然としていられる?
私は斬りつけた部分を見た。剣はヤツの血管まで届いていなかったらしく、皮膚を削ぎ落とした程度にとどまっている。
か、かたい……? こんな柔そうな身体をしていて、何故、こんなにもかたい……?
私は自分の目を疑っていた。
剣で斬りつけることができない。それは、既に二戦もしていて、剣の切れ味がすこぶる悪くなってきてしまっているからか、あるいは、この女の身体が魔法やら何やらのパワーでカチカチにされているからか、もしくは、そのどちらもか。理由はわからないが、剣が通じないというのであれば、他の武器を見つけるしかない。でないと、この女を倒すことができない。
「トドメをさしてやろう――唸れ、【槍頭邪竜花】」
ヤツの言葉と同時に、槍が闇色のオーラを纏い始め、その槍が三本に分身して私の方に襲い掛かり、壁ごと吹き飛ばしていった。
私はギリギリ、回避することができたが、あと一歩で、頭が吹き飛んでいるところだ。相当なパワーみたいだ。
「ほう。よく避けたな。だが、これはどうかな」
ミスレイが私の頭上を指差すので、それにつられて、私は真上を見た。見ると、そこには先ほどの槍があり、槍がパワーを溜め込んで、何かビームのようなものを繰り出そうとしている。
嫌な予感がした私はすぐさまその槍の真下から逃げようとした。
しかし、槍は追従し、私のことを逃がそうとしてくれない。この槍は、私の命を狙っている。
「逃げ惑え、力無き者よ。疲れただろう。さあ、早く楽になれ」
ミスレイが手を振り下ろした。それと同時に、槍の先から、凄まじい衝撃の光線が発射される。床が消し飛び、近くに落ちていた花弁は焼け焦げ、周囲が火の海と化していく。
私はこの光線もなんとか回避し、虫の息ではあるが、生き延びることに成功する。
だが、生き延びたは良いものの、周囲が火の海となってしまい、身動きを封じられてしまう。
早く、ここから脱出しなければ。でなければ、炎に包まれて、火だるまになってしまう。
そう思った私は、脱出できる道を探した。
「我が輩のことを無視したままで、平気かな?」
悪どい笑みを浮かべて、ミスレイは私の前に立ち塞がる。
貴方に構っている暇はない。
私は剣を持ち、頭からミスレイに突っ込んでいった。