12.男装女子が女を見せるシーンが一番好き
クリティカルヒット。キザ女に顔面パンチを食らわせてやった。何故だか、スカッとした気持ちになる。
「い、痛い!? ボ、ボクの顔に、な、何をするんだね、君は!?」
キザ女は随分とオーバーなリアクションを取ったあと、驚き顔で私のことを見る。
いちいち、反応が煩い、というか、煩わしい、というか、騒々しいというか。嫌悪感のある反応をしてくる。
鬱陶しいヤツなことには間違いないが、スレアやニルアナみたいに攻撃を加えてくるようなタイプではなさそうなので、スルーすることにしようと思う。私たちを力尽くで止めようというのであれば倒していたかもしれないが、ただキザったらしいだけなので、べつに強引に無視することはできそうだし、無駄な殺生をせずに進もう。
私はそう思って、キザ女を足で蹴飛ばして強引に前に進むのだが、キザ女はしつこく付きまとってきていた。
なんだぁ? この私と殺ろうとでも言うのか?
私はイライラとした気持ちで、キザ女のことを睨みつけた。それに臆することもなく、ヤツはキザったらしいスマイルを浮かべていやがった。
「えっと、何? あのさ、邪魔しないでいただきたいのですが」
「まあまあ。そんなに不機嫌そうな顔をしないで。ほら、お姉さんの美しいお顔が、台無しになってしまうよ」
キザ女は、キラン、という効果音がしそうなキザったらしい笑顔を見せて、何故か、一輪のバラを差し出してきた。
カチン。こいつ、マジでなんなのよ。うざいとか、キザったらしいだとか、そんな次元を通り越して、キザキザしすぎるんだけど。
不快。不快も不快。触れても面倒くさそうなヤツだし、スルーしても邪魔してくる、ガチで迷惑極まりない存在。そんな迷惑の象徴みたいなヤツをどう振りほどけば良いものか。
私はキザ女のことを視界に入れないようにしてから、思考し始めた。
とりあえず、キザ女の顔は一ミリでも視界に入れただけで胃もたれしてくるレベルにゲロゲロ嫌だから、アルリアの顔でも見て中和しよう。
私は飛躍しすぎた思考の結果、アルリアの顔を見ながら、あのキザ女をどのように引き剥がせば良いのかと考える。何か、良い策はないものだろうか。
「ボ、ボクのことがそんなに嫌いなのかい!? ヨヨヨ……嗚呼、なんてことだ。ボクは、悲しいよ……」
キザ女は残念そうにガックシと膝から落ち、嘘泣きをし始めた。
波長が合わない。誰か、助けてくれ。私は何故、このような変人を相手にしなければならないのだ。
さっきの痛みといい、思う通りにいかない展開といい、本当にここは夢の中の世界で合っているのだろうか。
というか、ここが夢の中だというのであれば、そろそろリアルの私には起きてもらいたいところだ。この世界にいることを、私はつらく感じてしまっている。尚且つ、既に疲れてきてしまっていた。疲れてきてしまったので、もう、私はリアルの世界に帰りたいのだが、ダメだろうか。ちょっとくらい帰らせてくれても、良いじゃないか。
私は、自分の心の中で、不満や不服を、誰に向かって投げているのかは私自身も知らないけれど、ブツブツと投げていった。
それをしたことで、余計に嫌な気持ちになってきてしまったのだが、嘆いたところで変わらないのであれば、無駄に労力を使用してしまうだけ。無駄に疲弊してしまうだけ。
ならば、私はこの世界にいることを受け入れなければならない。受け入れて、諦めて、目的を果たすしかない。
と、思ったところで、私の頭の中に疑問が浮かんできてしまう。
目的を果たすとは言っても、これはこの『夢の中の世界にいる私』が勝手に決めた目的で、その目的を果たしたところで、夢の中の世界から現実世界に帰れる保証は何処にもない。
この夢はいつ、終わる? リアルの私はいったい、いつ目覚めるのだろう?
第一、ここが夢の中の世界だと確定したわけでもない。
さて。この私は、いったいどうしたら元の世界に戻ることができるというのだろうか。
私は段々と絶望的な気持ちになってきてしまっていた。
「だ、大丈夫かい、お姉さん? 顔色が悪いようだから、今、ボクの専属の医療チームを呼んでくるよ」
「いらないです。あと顔色が悪い原因はどう足掻いても貴方にあります。本当に結構なので、黙って退いてください」
私は冷ややかな口調で言ってやった。
「なんか、うぜぇな、こいつ」
面と向かって、リティナがそんなことを言い出した。
ついに、言いやがった。私だって少しは思ったけれど、あえて口にはしなかったのに。ついに、ド直球に言ってしまいやがった。
さすがにそれは倫理観というか道徳的な観点で言うのはまずいかな、と思っていたけれど、このデンジャラスファッションセンスガール、躊躇うこともなく言ってしまった。
まあ、出会って早々に、顔面に一発入れてしまう私が言えたことではないのだけれど。
「ボ、ボクの優しさを、う、うざいという一言で一蹴だって!? し、信じられない!」
「優しさの押し売りとかいらねぇだろうし、優しさアピとかクッソ気に食わん」
リティナの言ったことがキザ女に突き刺さってしまったのか、キザ女はそのまま後ろに三回転くらいした後、壁にぶつかって、ズルズルとゆっくり腰から床に落ちていった。
器用なヤツだ。そのような芸当、並の人間ではできないと思われる。
そんなキザったらしいキャラなんかやめて、サーカスとかで働けば良いのに。いや、それはサーカスに可哀想か。
私はそんなことを思いながら、テクテクと奥に進んでいく。その先におそらく、最上階へ向かう階段があるはずだ。
とか、考えながら歩いていたら、後ろの方からシャワシャワとかいう音が聞こえてきたので、私は不気味に思ってしまい、振り返ってしまった。
大きな茨みたいなものがある?
何故か、屋内だというのに、大きな茨が床から生えて、その茨が徐々に徐々に私たちの方に向かってきているような気がした。
何、コレ? 気味が悪い。えっ、怖いんだけど。えっ、やめて? これほどまでにエグい光景、見せてこないで?
と、私が思ったところで、茨の動きは止まりそうに見えなかった。
「ボクの名前はシャルロスター。この茨を自由自在に操ることができるんだよ。どう? どうだい? 美しい茨だろう……?」
貴方がこれを美しいと思える感性の持ち主なのだとしたら、私と貴方は絶対に合わないと思う。
一言で言ってしまおう。私は貴方のことが嫌いだ。
終わり。以上。あのシャルロスターとかいうキザ女に、構ってやれる労力はない。だから、私はその一言だけで済ませて、ヤツから遠ざかりたいと思う。
私たちはやはりシャルロスターを無視して進もうとするのだが、シャルロスターはとてもしつこい性格なために、私たちの前に立ち塞がって、邪魔をしてくる。なんて、目障りなヤツなのだろう。
「あの、めちゃくちゃ迷惑なんで、退いてもらうか、あの窓から飛び降りてもらうか、どっちかにしてくれませんか? いい加減、イライラして、貴方のことを殴ってしまいそうです」
「え、ええ!? そ、そんな!? な、なら、大人しく退かせてもらうよ……」
シャルロスターはショボくれた表情で呟き、気持ち悪く伸ばしていた茨をシュルシュルと引っ込めて、トボトボと歩いて何処かにいってしまった。
いったい、何がしたかったのだろうか、あいつは。
そのような疑問を抱きつつも、邪魔されることがなくなり、無事に前へ進むことができるようになったので、ストレスから解消される。
無駄な殺生をすることもしなかったし、おかげで体力を消費せずに済んだ。
いや、ヤツを退けるのに、相当な体力を消費してしまったから、スレアやニルアナを相手にしたときと変わらないか。むしろ、それに嫌悪感が乗せられてしまい、その二人と対峙したときよりも、余計に体力を使ってしまったようにも感じられる。
うーん。なんて迷惑なヤツだったんだ。思い出したくもないし、もう、忘れてしまおう。
私はブンブンと頭を振って、気味の悪い出来事を頭の中から投げ捨てていった。
「か、階段が……見えて、き、きましたね……」
アルリアが指で階段を示し、静かにそう呟く。
おそらく、この階段が最上階へ向かう階段だろう。最上階まで進んで、本当に親玉がそこにいるのかは知らないけれど、進んでみないことには何もわからないので、私たちは何も考えずにただ進むしかない。
私たちは慎重な足取りで、階段を上っていく。
罠はないか。敵は潜んでいないか。それらを確認しながら、少しずつ上っていくのだ。
「また、いきなり変な女騎士が現れたり、残念な魔法使いが現れたり、うざい男装女が現れたり、そういう如何にも奇妙なヤツが現れてくるんじゃないだろうなぁ……」
リティナが嫌そうな声で呟き、溜め息を吐く。
考えただけで寒気がしてくる。また、ああいう輩を相手にしていかなければならないのか、となると。
ええい、考えない、考えない。そんなことは考えない。障害もなく、無事に辿り着いて、居場所を聞き、ティアを奪還して、さっさとこんな変人だらけの塔から出ていってやるわ。
「……お、おい。またなんか扉みたいなものが見えてきていないか?」
そう言って、リティナが指を差す。指し示された先には、たしかに、扉のようなものが存在していた。
私は深い溜め息を吐いて、扉の前で止まる。
うわ。また、絶対変なヤツが出てくるじゃん。さっきのやり取り、フラグだったのかよ。最悪。
私は扉を睨みつけてから、扉の取っ手に触れる。
ああ、くそ。変なヤツ、絶対に出てくるな。出てきたら、私のこのグーでぶん殴ってボコボコにしてやる。
だから、頼むから出てこないでくれ。お願い。お願いだよ。頼む。
私は祈りながら、取っ手を掴んでいた手に力を入れて、扉を押した。
「……何奴だ。見かけない顔だ。貴君たちの素性を教えてもらおうか」
青髪の際どい衣装を着た女が、私たちに槍のようなものを向けながら、そのようなことを抜かしやがる。
「教えてもらおうか」などと言ってきたが、この女はこれまでの奴らと比較しても殺気が尋常ではなくて、教えたところで、生かしてもらえるようには見えない。
私たちがこの女に素性を教えるメリットがない上に、どうせ私たちを殺すために攻撃してくるような輩なのであれば、教えることなくこの女を倒すのが得策である。
はぁ。また、か。殺るしかないのね。
私は覚悟を決めて、鞘から剣を抜いた。