11.残念な少女は可愛さ100倍
敵の攻撃を受けてばかりでは進まない。幸いなことに、敵が残念なおかげで持ちこたえているが、敵が残念なヤツでなければ、終わっていたかもしれない。
敵は残念なヤツだが、宙に浮いていて剣やトンカチが届かないので、私たちがあのローブ女を倒すためには、まず、あのローブ女を叩き落とさなければならない。
そのため、攻撃を当てることが難しいのだ。
攻撃を当てることが難しいということ。それは、場合によっては、鎧で自分の身体を覆うよりも防御面で優れていることがある。
鎧を被ったところで急所を突かれたり鎧を利用した戦法を取られたりすると、防御を上げたところで、意味がない可能性がある。
しかし、相手の攻撃が当たらない位置にいる場合はどうだろうか。まず、攻撃が当たらないわけなのだから、自分の身を守ることができる。鎧を身に纏うよりも自分の身を危険から守ることができるのだから、それは、最大の防御とも言えるかもしれない。
鎧を身に纏わずとも防御面に優れた行動をしている敵が、攻撃能力まで手に入れていたらどうなるか。それは、最強と言えるのではないだろうか。
あのローブ女が残念なヤツで、本当に助かった。
「そんな、可哀想な人を見る目で見ないでください。殺しますよ? 見なくても、殺るつもりでしたけれど」
「なら、貴方に殺られる前に、私たちが貴方を倒してあげるわ」
「ムカつく」
苛立ちを見せたローブ女は、氷のトゲのようなものを飛ばしてきた。
ヒュン、と床に突き刺さる。間一髪で回避することができたが、これが当たっていたら、身体ごと貫かれていたかもしれない。ローブ女自体は残念なヤツだが、攻撃魔法自体は弱くはないことを、頭の隅に置いておかなくては。
「凍れ、【ブリザード・ワープ】!」
ローブ女が詠唱した瞬間、ヤツの身体と分身が消え、そこに氷の柱が生まれた。
ローブ女は何処に消えてしまったのか。『ワープ』という単語が聞こえてきたから、空間転移をしたことは間違いないだろう。
何処だ。何処に消えた。何処に消えて、何をしてこようとする。
ここまで、コンマ一秒。私は思考を集中させ、ヤツが再出現しようとしている位置を予測する。
空間転移をしようとしている。空間転移をすることで、ヤツに何の利点がある? 攻撃が当たらない位置を離れ、わざわざ空間転移をしてまで移動するメリット。
どう考えても、ヤツが攻撃の当たらない位置を放棄する理由が見つからない。それが意味すること。つまり、ヤツは攻撃の当たらない位置から攻撃の当たらない位置へ瞬間移動をし、何かしようとしてきている、ということか。
コンマ二秒。僅かな時間。私は結局、相手の意図を読むことができなかった。
仕方がなく受け身の体勢を取り始めると、何やら、生じた氷の柱から水色に光る点がこちらの方に向かってきていることに気がつく。これは、いったい……?
「あの謎の点から離れておけば良いんじゃねぇか?」
「そうかも」
リティナのその言葉に、私は頷き、一斉にして私たちの方へ向かってきている点から離れ始める。
点が一つに集まって、私の方へ向かってきた。これは、一人を狙い撃ちにする作戦なのだろうか。
「凍りなさい――異端者の一人よ」
私の背後にまで近寄っていた点から、ローブ女が姿を現し、瞬間的に氷のトゲを生成して、それを私の背中に突き刺して来ようとしている。
私はそのとき思った。もしかして、このローブ女――まったく賢くない、と。
チャンスと見た私は剣を構え、前に転がり、その後、後ろを振り向く。
突き刺される寸前だったようだ。なんとか氷のトゲを回避した。
私は安堵する余裕もなく、ローブ女の方に向かって駆ける。
ローブ女。貴方が本当に残念なヤツで助かったわ。のこのことあの場を離れ、攻撃の当たってしまう、私と同じ目線の場所にまでわざわざ降りてきてくれたのだから。
私は全身の力を剣に込めていく。息を吐いて、力を溜めて、込める。
やはり、私は素敵で完璧でウルトラ凄い人間だ。あの甲冑を纏った女も、この魔法を使ってくるローブ女も、私の手にかかれば、倒すことができるのだから。
私は剣先を上げ、そして――ローブ女を斬りつけた。
「勝負あったようね。私たちの勝ちよ」
「ぐっ、ぶっ……」
ローブ女は血反吐を辺りに撒き散らす。切れ味は悪くなっていたけれど、どうにか致命傷を与えることができた。
……と、思っていたのだが、ローブ女は何故かニヤリと笑い始めた。
「あは。あはは。あはははははははははははははは。良かった。これで、あなたを殺ることができます」
「うん? 貴方、何を言って――」
ローブ女は、また氷のトゲを生成して、それを私の腹に突き刺した。
氷のトゲは私の腹部を抉っていく。
え、これは、何……この、痛みは、本物……?
私は状況を理解することができない。
剣はたしかにローブ女にヒットし、ヤツの身体を抉っていた。
が、即死するほどの威力ではなかったらしい。やはり、切れ味が悪くなっていたことが原因か。そのために、ヤツが息も絶え絶えの状態で踏ん張ってしまった。
そして、ローブ女は、自分の死を覚悟する代わりに私を道連れにすることを決め、氷のトゲを私に突き刺してきた、というわけだろうか。
そこまでして侵入してきた者を消そうとするこの精神。ローブ女の教団に対する忠誠心は、並大抵のものではないと言える。
だが、ヤツは何故これほどまでに忠誠心があるのだろうか。それがわからない。
「わたしはニルアナ。あなたを地獄に突き落としてあげる者です。あははははは」
ローブ女――ニルアナは自分の名を名乗り、イカれた笑いを見せる。正気ではない。明らかにおかしくなってしまっている。
私は恐怖を感じながら、突き刺さった氷のトゲを抜こうとする。
が、上手く抜けない。抜けないので、焦っていってしまう。
落ち着け、私よ。これは基礎知識だが、ナイフなどの鋭利なものが刺さってしまった場合、抜くよりもあえて抜かないままの方が血管をその鋭利なもので塞いでくれているために、出血を防いでくれている役割を果たしているのだ。
現実世界では、完全な救急措置が取れるまでは、抜かない方が良いとされている。整い次第、抜いて治療に移るわけだ。
しかし、今のこの状況で、尚且つ、この世界では、完全な救急措置を取れる状況になるまでが容易ではないかもしれない。と、考えるとしばらくは抜かない方が却ってマシな可能性がある。私はまだ、これを取り除かない方が良いのかもしれない。
私は冷静になってそのように思考していたのだが、どうにも、腹部が貫かれているにしては痛みをあまり感じていないような気がして、自分の腹部を見る。
……あっ!? 忘れていた! たしか、あれは、アルリアと作戦会議をしていたときだ。無策に突っ込むのも厳しいから、何か準備だけはしていこうと考えていたのだ。そのとき、私は何かあったときのために、何故かアルリアの家に置いてあった、木製の防弾チョッキとか野球のプロテクター的なものを身につけていたような気がする。
ということは、もしかして……!
私は自分の服を捲って確かめた。案の定、その木製のプロテクター的な何かが私の身体に氷のトゲが突き刺さってしまうのを防いでくれている。
正確には、少しだけトゲがお腹に刺さってしまっていたが、ほんの一ミリもいくかいかないか程度の具合で、ほとんどこのプロテクターが防いでくれていた。
皮膚が少し削れてしまっているだけだ。出血はしていない。これなら、このトゲを抜いても心配なさそうだ。
私は慎重にトゲを持って、ゆっくりと抜いていった。
そして、私はチラッと、魔法使いニルアナ――そいつの顔を見る。ニルアナは完全に絶命していた。
「最期まで残念なヤツだったわね。驕り高ぶり、無様に醜態を晒し、わざわざ自分から防御を捨てて、捨て身の特攻をし、確実に一人を持っていこうとするも、狙った相手が悪くて攻撃をほとんど防がれてしまい、絶命。ニルアナ。貴方に相応しい最期と言えるわね」
私は剣を抜いて鞘にしまってから、他の皆と合流しに行く。
「や、やったのか……?」
「ええ。進みましょう」
私たちは引き続き、階段を上って、上を目指していく。
しばらくしたところで、急に階段が途切れ、扉のようなものが出現した。階段の横にある窓から、外を見てみる。
まだ、最上階ではなさそうに感じるが。
そんな疑問を持ちながら、私たちは恐る恐るその扉を開いた。
「やあやあ、ようこそ、ようこそ。お待ちしていたよ」
「ごめんなさい。貴方のこと、まったく知らない上に、私たちは貴方のことなんか一ミリもお待ちしていないので、今すぐそこの窓から飛び降りてもらえることはできますでしょうか?」
私は謎のボーイッシュガールの言葉に対して、辛辣な言葉で返してあげた。
一目見てわかる。この、キザったらしい感じ。受け付けない。生理的に、受け付けない。なんか、顔面を一発殴ってあげたいような顔をしている。一発と言わず、十発くらい殴ってあげても良いかもしれない。それくらい、私はこの女に対しての嫌悪感がやばかった。
顔を見るだけでなんだかムカついてきてしまうので、私はそれを回避するために、ヤツの顔から目を背けてやる。
待て。この組織、変なヤツしかいないのか。もっと、マシなヤツを出してこい。こんなイロモノだらけの者たちをまとめている親玉なんて、きっと、凄い変なヤツなんでしょうね。
私は偏見染みたことを思って、一先ず、私たちの前に立ち塞がろうとしているヤツを完全スルーして奥へと進もうとする。
しかし、ヤツはくるくると謎に回って私たちの前を塞ぎ、私たちが奥に進むことを防ごうとしていた。
それすらも無視して、私たちは前へ進もうとする。が、やはり、ヤツは謎にくるくると回りやがってから、私たちの前を塞ごうとしてくる。
なんだ、こいつは。お邪魔すぎるのだけど。邪魔だし、ぶん殴って無理矢理退けるか?
私はついに、暴力に訴えるという強行手段に及ぼうとし始めてしまった。
これは仕方がない。許してほしい。ああ、どうか、許してくれ。この完璧で素敵なレディが、暴力で、わからせようとしてしまうことを。
私はそんなことを思いながら、目の前のキザ女の顔に一発入れてやった。