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10.技名を考えるのって案外難しい

 教団の内部。薄暗い。多少の灯でかろうじて全体を視認することができるが、小さい物体を視認することは厳しい。

 そして、私たちが現在いる場所は階段の途中。段差が存在し、戦うには適していないと言えよう。劣悪な地形の中、敵と思しき者が私たちの前に立ちはだかっている。私たちの前に立ちはだかる者は、退かさなければならない。




「あなた方の目的はなんですか。吐きなさい。さもなければ、塵にさせてあげますよ。吐かなくても、塵と化して差し上げるつもりですが」




 アルリアほどの小さな体格をした橙髪ローブ女が、分身をし、四方八方を取り囲んでくる。

 本。宙に浮く。分身。これらから推察するに、このローブ女はおそらく、魔法使い。

 門番は、まだ甲冑を着た騎士みたいなヤツだったから機転を利かせてなんとかなったけれど、魔法使いとなると話がまったく異なる。

 現実世界。そちらの方では、魔法は空想上のものであり、人々の脳内には存在するけれど、実際には存在しないもの。実際に、この目で見たことは一度足りともないのだ。

 一度も見たことがない、経験したことがないからこそ、魔法というものはどのような法則が存在し、どのような動きをしてくるのか、といった基本的なこと、それを知って理解しなければならないフェーズからまず始めなければならない。

 だから、手強いのだ。

 機転を利かせてどうにかできるようなことも、魔法は常識をぶち破って、可能を不可能に変えてくる。

 逆に、不可能なものも、可能なものに変えてしまうことだってできる。

 私たちにとって可能なことを不可能なことに変えてしまうことだってできるし、相手にとって不可能なことを可能なことに変化させることもできる。謂わば、万能な存在。それが、魔法だ。

 どんなものなのかはわからない。もしかしたら、制限や条件などがあるのかもしれないし、私の想像しているものよりも百倍くらいできることが少なくて、できないことが多いものなのかもしれない。

 だが、確実に、私たちの常識を破ってくるような何かは秘めている。それだから、相手が魔法使いというのは、とても恐ろしいことだ。




「目的は一つだけ。貴方たちが誘拐していった人を返しなさい」


「誘拐? なんの話です? 私たちがしたことは誘拐ではありません。才能ある者がただ枯れていくだけ。それはあまりにももったいないですよね。だから、その才能を利用させていただこうというだけの話ですよ。あひゃひゃひゃひゃひゃ!」




 十人程度に分身していたローブ女が、私たちの周囲で高笑いを始める。

 不気味な笑い。驕り高ぶっているような笑い。私はそれが気に食わない。

 私は、誰かに見下されること。それが一番嫌いなのよね。だって、私が世界で一番素敵で完璧な人間なのだから。

 それを理解することすらもできず、私に挑発行為をしてくるこの女。私は決めた。このローブ女を五分で粉々にしてこの塔の外にばらまいてやる。

 私は決意すると、腰に提げている剣を鞘から抜き、それを上方に向けた。剣を見ると、スレアを突き刺したときにこびりついてしまった血や肉でだいぶ切れ味が落ちていそうな見た目になってしまっている。これでは、傷つけることが精一杯か。

 何か、他に武器はないだろうかと瞬間的に辺りを見回す。

 髑髏の描かれた絵画。これは武器にはならない。シャンデリア。高いところにあるので、武器にするためにはまず落とさなければならないし、落としてしまうと灯火が消えて、辺りが暗くなり、足元が悪くなってしまうので、ダメだ。

 見回してみた結果、この辺りに、剣の代わりになりそうな武器はない。仕方ないが、この剣でなんとか致命傷を与えるしかないだろう。




「あなた方全員を氷漬けにさせてあげましょう。吠えろ、【アイス・ウルフ】――」




 ローブ女とその分身の周囲に、氷でできた狼が何匹も出現し、その狼の大群が、宙を走ってこちらに向かい突進しようとしてきている。

 こ、これがファンタジー……!? 今までなんか夢っぽくなくて、結構、現実感あるところはあるなぁ、なんて思っていたけれど、これはまさしく夢の中の世界ならではの光景っぽい!

 あれ、やっぱり、ここって夢の中なんじゃないの!? なら、良かったー。これで、ゲームオーバーになっても、安心だ。現実の世界に戻ってしまうだけなのだから。

 私は胸を撫で下ろすと、思考を切り替えて、目の前の氷の狼の群れを対処することに集中し始める。

 さて。この狼、どのようにして処理したら良いものか。




「ど、どうしよう……カ、カナ……!」


「ま、まずいまずいまずい、おいおい、ど、どうすんだよ!?」


「…………」




 私は無言になり、慌てふためくみんなの様子を気にすることなく、全神経を集中させ、剣に力を込める。

 眼前にまで迫ってきているこの氷の狼の群れ。これをどのように処理するか。そんなもの、一択。根性で、氷をぶっ壊す。ただ、それだけ。それだけで、良い。私は、この氷の狼の群れを壊すために、剣を思い切り振れば良い。

 私はそして、剣を振るった。

 ガキン、と重い音を立てて、一匹の氷でできた狼が粉砕される。私は続けて、二匹目の狼、三匹目の狼を、この剣で砕いていった。

 しかし、このペースでは、自分の身を守ることはできても、他の人に向かっていく氷の狼をぶち壊すことは厳しい。私一人で全員のことを守るのは、無理がある。

 四匹目、五匹目。半分は砕いた。すべて、砕ききることができるだろうか。

 六匹目、七匹目。ダメだ、間に合わない。

 と、思っていた私だったのだが、氷の狼は何故か、一匹も残らずに消えてしまっていた。




「あっぶねぇ。偶然にも、トンカチがあって助かったぜ」




 ちょっと、何を言っているのかよく理解できないのだが、リティナが偶々護身用としてトンカチを懐に忍ばせていて、それで叩き割ってくれたいたらしい。

 え? 何、それ? そのトンカチ、やばすぎじゃない? いや、そもそも剣で氷をかち割れたことに驚きだけど、その小さなトンカチで氷の狼をぶっ壊せたの、奇跡的すぎるでしょ。

 何、そのトンカチって、名刀ならぬ名トンカチ的な何かなの? 伝家の宝刀的なアレなの? 伝家の宝トンカチなの?

 私は心の中でめちゃくちゃツッコミを入れていた。




「……なっ、なっ。わたしの可愛い、可愛い、アイス・ウルフたちが、まさか、トンカチ如きに砕かれるなんて……」




 ローブ女はわなわなと震え上がって、信じられないものを見たような目でリティナのことを見ていた。

 まあ、うん、その、なんだ? うん。ローブ女の気持ちはわかる。わからなくもない。あんなただのトンカチにしか見えないようなもので、貴方のお気に入りだと思われるその氷の狼を容易く砕かれるなんて思ってもいなかったでしょうね。私も思っていなかったわ。

 あのトンカチ、もしかして、ただのトンカチではないのでは。

 というか、トンカチだと思っていたら、実はそれ聖剣だったとか、伝説の剣だったとか、強者の扱う斧だったとか、そんなオチではないものかね。

 え、それ本当にただのトンカチ? 本当に、本当に、普通の、所謂、ホームセンターとかで売っているようなふっつぅううううのトンカチなの? 私はちょっと疑わしく思っているのだけれど、そこんとこ、どうなのよ?

 私は、リティナの持っているトンカチの強さが信じられなかった。




「な、なぁ。なんか、あいつ、余裕ぶっこいて出てきて、自信満々に氷の狼を出してきたのにあっさりと突破されちまってさ、なんというか……その、あいつ、ホント、残念なヤツじゃね?」


「しーっ。リティナ。それ、絶対に本人の前で言っちゃダメよ」


「……聞こえていますよ。この異端者どもが」




 ローブ女は悔しそうな声色で呟き、険しい顔つきでこちらのことを見てくる。

 あっ、やば。今、ローブ女と目が合った気がする。うわ、なんか、怖い。自暴自棄になって何かしてくるかもしれない。警戒しておこう。

 私は剣を再びローブ女の方に向け、構える。

 来るなら、いつでも来い! いや、やっぱり、まだ気分的に来るな!

 私の脳内は混乱していた。




「闇に消えよ、【ダーク・エクリプス】」


「……え、ごめん、なんて言ったんだ?」


「だぁあくえくぅりぃぷす、って言っていたのは聞こえたけれど……うーん、お嬢ちゃん、中二病なのはべつに構わないけれど、聞いていて蕁麻疹が出てきてしまうから、私の目の前では頼むから言わないでほしいな、なんてお姉さんの無理なお願い聞いてもらえるかしら……」


「ああ。あの女、そんなこと言ってたのか。てか、その、ダーク・エクリプスってなんだ? エクレアが進化したものか?」


「おそらく、闇魔法だからダークが入るのでしょうね。で、エクリプスは、日食、月食、って意味だったような気がするから……うーん、と?」


「えっ。つまり、あの女はカッコつけのためにあんなダサくて恥ずかしいこと言ったのか?」


「詠唱しないと魔法が発動しない、とかなんじゃない? わからないけど」


「……黙っていれば好き勝手言いやがって。ええい、煩い! あなた方なんて嫌いだ! 闇に葬られやがれ!」


「いや、すげぇ、やけくそだな。おい。それで良いのか?」




 可哀想に見えてきてしまったこのローブ女を少しは慰めてあげようと思ったそのとき、私たちの地面から黒色の大きな箱のようなものが飛び出てきて、私たちを上へ、上へ、と押し上げていく。ある程度押し上げたところで止まり、その後、ゴゥゴゥという謎の音を立てて、箱が徐々に小さくなっていった。

 なんだこれ。めちゃくちゃなんだこれ。

 じっと観察していると、少しずつ足場がなくなっていっているのがわかった。このまま小さくなっていってこの箱が消滅してしまうと、私たちは転落してしまうだろう。およそ、三階分くらいの高さから。

 ……あれ、なんか、ショボくないかしら?

 三階から落ちるようなもの。たしかに、それはきついものかもしれない。

 だが、思っていたよりもショボい魔法よね。三階から落ちるレベルなら、あたりどころが悪くなければ生還できるし、骨折程度で済んでしまうかもしれない。

 闇魔法と言うからには、精神を抉って、地獄に叩きつけた後にじわじわといたぶって殺す魔法なのかと思っていた。

 しかし、実際のところ、この闇魔法は三階くらいの高さから強制的に転落させるだけの模様。

 うーん、これでは、拍子抜けだ。

 正直、ここって階段だから、そもそも他の段に飛び移ることができそうだし、劣悪な地形が却って、私たちにとって良好な地形となってしまっている。

 もしかしてこのローブ女、賢そうな見た目をしているけど、実はあまり賢くないのか?

 私は、ローブ女のことを可哀想な目で見た後、足場が消えて転落してしまわないように、他の段に飛び移った。

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