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1.ムカムカしたときは人助けに限る

 晴れ渡る、青空。青。ただ、青。そんな、空。

 横を見る。草が生えている。地面がある。私の視線は、地面より少し高い程度の位置にある。

 以上の情報から推理すると、ふむ、どうやら、私は今、晴天の中、地面に寝っ転がっているらしい。

 はてさて、これはいったいどういうシチュエーションだ。これは、いったいどういう夢だというのだ。私はたしか、毛布にくるまりながら横になっていたはず。となると、ここは夢の世界であることは間違いないだろう。

 夢の世界だというわけで、とりあえず私は起き上がってこの世界のことを確認してみようとする。身体が軽い。現実では到底できないようなレベルのアクションが、できそうな気がする。

 私は試しに二段ジャンプとかいうやつをやってみた。夢の世界なのだから、ああいった現実世界ではあり得ないこともできるはずだろうという考えだ。

 まあ、無理かもしれない。そういう考えも私の頭の中にあった。


 普通にできてしまった。二段ジャンプ。


 これには、私も少しびっくり。できるだろうとは思っていても、まさか、本当にできるだなんて。

 確認も程々にして、私はその場から離れようとしたとき、違和感のようなものを覚えてしまう。

 ん。なんだろう、この何かモノでも提げているような感覚は。

 私は視線を下げ、腰の辺りを見た。そこには、剣と鞘があった。

 なんだ、これは。私は夢の中でアクションアドベンチャーゲームみたいな世界を思い描いていたり、あるいは、少年雑誌に影響されて、一度剣を振るってみたい、なんて少年チックなことを思っていたりでもしたのだろうか。

 不思議だ。本当に不思議だ。

 そして、その不思議がさらに不思議なことに、私はこの剣を初めて持ったという感覚がしない。謎すぎる。私はこの剣に見覚えがないというのに。

 よし。一旦、全部忘れよう。細かいことは、考えたら、余計に面倒くさくなるだけだ。うん、そうしよう。

 そもそも、ここは夢の世界なのだ。だから、まあなんかいろいろ、よくわからないアレ的なアレとか、ソレ的なソレとかが働いて、そのような感覚になっている可能性の方が高いかもしれない。たぶん。

 夢の世界の事象など、考えるだけ無駄。であれば、目一杯楽しめば良い。そうだ。そういうことなのだ。

 いや、どういうことだよ。

 私は、心の中で独り漫才をし始めていた。これは、重症である。

 重症である。その感覚のせいで、私は何故だか、ここが夢の中の世界ではないように思えてきてしまうのだった。

 はぁ。いやいや、ここは、夢の中の世界なのだ。それは間違いない。この世界を歩き回ってみれば、それは簡単にわかってしまうものなのだ。

 などと考えた私は、夢の中の世界のはずであるというのに、夢とは程遠い、まるで現実世界にいるときのような重々しくて嫌々そうな気持ちで、この世界を歩いてみるのだった。

 小鳥が、私のことを嘲笑うかのように囀ずっている。

 川のせせらぎが、私のことをバカにするかのように、せらせらと流れている。

 あれ。なんか、夢の中の世界のはずなのに、ムカついてきたな。普通、お伽噺とか、もっとメルヘンな感じで心を弾ませるような感じになるはずじゃない。夢の中の世界って、そんな感じのはずじゃない。

 だというのに、あれ、なんだこれ、クソムカつく。ムカムカし過ぎて、ムカムカが頂点に達している。どうしてくれようか。

 私はそこで、ふと腰に提げている剣を見た。

 そうだ。これを使って、この世界を殺伐なものへ変えてしまうというのはどうだろうか。

 何を考えているのだろうか、私は。阿呆なのか。情緒不安定か、私は。

 私は、私自身にもイラつきそうになっていた。




「ああ、もう、どうにでもなれ」




 私は剣を抜いて、その剣を思い切り横にあった大木にぶつけると、大木は勢いよく崩れ去っていった。

 は? なんだこれ? 夢の中の世界の特典か? 特典で、かよわい乙女の私をムキムキなゴリラにさせたのか?

 はた迷惑な特典である。マジ、ブッコロ。




「ああんっ? 今、なんでこんなクソデケェ木が倒れてきたんだ? あ?」




 なんか、如何にもがらの悪そうな金髪の女が、如何にもな口調で何やら話していた。

 チンピラか。丁度良い。本当に、丁度良いところに現れてくれた。そのおかげで、このムカムカを解消することのできるおもちゃになりそうなヤツを見つけることができた。今、丁度私は、ムカムカにムカムカを重ね、ムカムカしていたところなのだ。ええい。私の剣の錆びになりやがれってんだこん畜生が。

 私は息を整えて、剣を構える。剣術など習ったことなんかないが、まあ、夢の中の世界なわけだし、なんとかなるだろう。なんとかなってくれないと困る。




「お前がこれをやったのか、おい」


「そうだけど、なんか文句でもあるわけ?」


「普通に危ないだろうが」




 それはその通りだわ。たしかに、その通りだわ。やばい、相手の方が常識も良識もありそうな気がしてきたわ。

 あれ、もしかして、私って非常識な人間なのか?

 いや、そんなことはどうでも良い。とりあえず、このムカムカを抑えるために、このチンピラを狩ることにする。そうすれば、何かが見えてくるはず。




「貴方の危ないファッションセンスよりは危なくないわよ。というわけで、斬り殺させてもらうわね」


「ど、どういうわけだよ、おいおい!? は、話が通じねぇ!?」




 何やら、チンピラ女がモゴモゴ話しているようである。

 何をモゴモゴしているのか。モゴモゴするのは、ご飯を咀嚼するときくらいに決まっているであろう。

 このチンピラ女はモゴモゴ違反だ。モゴモゴ違反をしている。故に、このチンピラ女は、今、私が斬りつけてしまっても良いと判断した。

 ……あれ。でも、待てよ。これは、常識的に考えたら、非道徳的な行動であり、やってはいけないような行動な気がする。特に、最近の、このご時世、こういったものに対して相当厳しいものである。

 無闇に人を斬りつけるのはやめよう。たとえ、夢の中の世界であったとしても。それはいけないことなのである。と、私の中に存在している正義の私が言っている気がする。

 だから、このチンピラ女を斬りつけるのはやめておこう。




「フッ。貴方、命拾いしたわね。危うく、私のいけない倫理観によって、貴方は斬りつけられるところだったわ。私に存分に感謝しなさい」


「な、何を抜かしていやがるこのクレイジーな女は……」




 あれ。今、何か暴言のようなものを吐かれたような気がするのだけれど、気のせいかしら。いや、なんだか気のせいではないような気がする。そんな気がする。

 ふむ。やはり、このチンピラ女はこの剣の錆びにしてくれようか。今、この場で生命活動の方を終わらせてあげた方が身のためだろうか。

 いや。そんなことをする意味はないか。私はとても寛大な人間であるのだ。北海道の大地のように、とても広い心を持っている、優しくて、美しくて、可愛い人間だ。

 ふふっ。危ない、危ない。危うく、自分の手で、自分の価値を下げてしまうところだったわ。




「やっていられん。おい、お前たち、帰るぞ!」




 なんか何処かで聞いたことのあるような台詞を吐いて、チンピラ女と、その取り巻きみたいな奴らは去っていった。

 というか、チンピラ女のまわりに他の奴らもいたのか。今さっき、気がついたわ。なかなか存在感、薄い。薄すぎて、気がつくことすらもできなかったわ。

 この高貴なオーラを纏う私とちがって、あの軍団は、オーラを纏いし者がいないようね。それでは、この弱肉強食な現代世界では、生きていけないわ。狩られて、狩り尽くされて、淘汰されていく。そんな、ちっぽけで弱々しい存在にしかなれないのよ。

 彼女たちがいなくなるまで見送ってあげた私は、自分自身のことについて誇りに思うと、とりあえず彼女たちが消えた方向に向かって、街を探し始めようとした。夢の中の世界とは言っても、こんな草と木しかないところでは寝ている私の想像力的にイベントを起こせるか少々懐疑的であるし、移動するしかない。具体的には街を探すまで。で、あるのならば、彼女たちが消え去っていった方に居住地は少なからずあるはず。以上のことより、彼女たちの消えた方向に進むのが、これは得策なのだ。

 などと、頭の中で持論を展開していると、何者かにぐいぐいと服の裾を引っ張られ、移動することを阻まれてしまう。

 今度は何。何が、私の前に現れてくるわけ。

 私は服の裾を引っ張った主の顔をガン見してやるために、振り向いてやった。




「あ、あの……た、助けていただき、ありがとうございますぅ……」




 そこには赤い髪をしたメルヘンな格好の女がいて、私にそんなことを言ってきた。

 はて。話の流れがよくわからん。

 私がこの女を助けた……? 何故、こんなメルヘンチックなヤツを私が助けねばならない? なんだ。これは、なんとかの恩返し的なアレなのか。私は昔、この女に何か恩でも売ったのか。

 ううむ。よくわからん。たしかに私は完璧で超人で優しい思考を持ったパーフェクトビューティーガールではあるけれど、この女を助けた記憶はない。たしかに、私は困っている人がいたら見過ごせない性質の人間であると言っても過言ではないのでもしかしたら知らず知らずのうちに助けていたのかもしれないけれど、助けた記憶は本当にない。一ミリ足りともだ。ああ、これは嘘偽りなく、一ミリ足りとも記憶にない。




「礼には及ばないわ」


「あ、あの。とても、お強い方なんですね」


「そんなことはないわ。私にだって弱いところはあるもの」


「そ、そ、そうなんですか?」


「ええ、たぶん」


「ぷえぇ~……あっ、自己紹介がまだでしたね。ワ、ワタシはアルリアです」


「そう。私は六鳳堂カナよ。気軽にカナちゃんと呼んでくれて構わないわ」


「わかりました! カナさん!」


「……カナちゃんと親しみを込めて呼んでくれても良いのよ」


「カナ」


「……フッ。まあ、良いわ」




 なんか、そっちの呼び名の方が格好良いような気がするし。それに、私はべつに呼び捨てとか特に気にしない人間なのだからね。私は心が広い人間だしね。ええ、ええ。




「ところで、私って、貴方を何から助けたの?」


「先程の子たち……あの子たちに、ワタシは……」


「……いじめられていた?」


「! い、いえ! そ、そういうわけでは……」




 そういうわけか。なるほど。前言撤回。あのチンピラ女。良識、意外にあるのかと思っていたが、やはり、チンピラはチンピラなのである。どうやら、私が世界で一番良識というものを会得している人間であることには間違いなさそうだ。




「……あっ、そ、そうだ。え、えっと、あ、あの、迷惑かとは思うのですけど……カナに一つお願いがありまして……」


「お願い? 良いわよ? 話してちょうだい」


「あ、あのですね……そ、その……ワ、ワタシを、強くしてください!」


「なるほど。うん。言っている意味がさっぱり、わからないわ」




 本当にさっぱりわからなかった。

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