第二話 普通に就職したが―—―、
2023年1月12日。
「で、あるからして関白になった豊臣秀吉は朝鮮出兵を行った……これを文禄・慶長の役と言う。秀吉が反対される中これを強行したのは、仕える武将たちに恩賞として土地を与えるためだとか、平和になり仕事がなくなった武将たちに仕事を与えるためと言われているが。先生は、秀吉自身が単純に調子に乗ってしまったからだと思っている。
農民というモブに等しい存在だった人間が、日本を支配してしまったんだ。なら、世界も支配できるだろうと思うのは必然だろ?」
俺は、間内高校———母校に戻り教鞭をとっていた。
スーツを着て、髪を整え、学生の頃見下していた、きっちりとした真面目な大人の姿で。今の学生たちの前にいる。
教室でクスクスと笑いが漏れる。
「先生。モブって。ゲームじゃないんだから」
「でも、わかりやすいだろ? 皆ゲームぐらいやるだろ? 身近なものと関連付けた方が面白くてわかりやすくて、すぐ覚えられる。
勉強はただ覚えるんじゃなくて、自分が面白いと思うやり方で覚えた方がはるかにいいぞ。楽しんだ方がすぐ覚えられるし、定着するし、楽しい」
「プハハッッッ……! 先生は日本語勉強しようよ! 楽しんだ方が楽しいって! 何その頭痛が痛いみたいな!」
教室中が大爆笑に包まれる。
笑われている。
だが、不思議と心地いい。
今の子供たちはいい子ばかりだ。みんな素直にこっちの言うことを聞いてくれる。
大人になるっていうのも、思っていたより悪くはなかった。
「ハハ……」
だけど―—―なぜだか、少し寂しい。
〇
「はるっちぃ~~~~♡」
授業が終わり、職員室に帰る途中。
先ほどのクラス、2-1の女性徒、山本凛子に呼び止められる。
「はるっちって呼ぶな。ちゃんと江戸木先生って呼べ」
「え~~~、だからさっきはちゃんと先生って呼んだじゃん」
「授業中だけ呼んだらいいわけないだろ。ちゃんと目上の者は敬えよ」
「えっらそ~……そんなんじゃ彼女出来ないよ」
「いいんだよ。今は恋愛する暇もなければ気分もない」
「え⁉ やっぱはるっちってモーホー?」
「誰がホモだ! ノーマルだよ。普通に」
「じゃあ、あたしと付き合う?」
「ブッ……! いきなり何ってんだ! ガキが大人をからかうんじゃ」
「あたし、本気だよ」
————マジかよ。
目が本気マジだ。
「————お前、場所と時間考えろよ。授業終わりの休み時間に普通の学校の廊下だぞ?」
運良く今、近くに生徒はいないが、遠くの方を普通に歩いている。
こんなのを聞かれたら、下手すりゃ教師辞めさせられる。
「仕方ないじゃん。思いついちゃったし。今言わなきゃダメだって思ったし」
「ハァ……あいつもお前ぐらいわかりやすくはっきり言ってくれたら良かったんだけどな……」
「あいつ?」
「昔、俺が学生時代の頃。一回告られたんだよ。でも、幼馴染で子供のころから友達付き合いしていた女の子でさ。こっちを見てもいないしつまらなそうに言ったもんだから……冗談と思ってな。断った」
「はるっちさいてー」
「俺が悪いのか? あんな紛らわしい告り方する方が」
「女の子の好きだって言葉はいつだって真剣だよ。冗談でいうわけないじゃん」
「あ……」
二の句が繋げない。
「そっか……そうだよな。悪い……って、俺は誰に向かって謝ってんだ」
「で、私と付き合うの付き合わないの?」
「付き合わねぇ。ガキは帰って寝ろ」
「うっわひっど!」
「まったく……ハァ……」
何故だろう。何故だか……ドッと疲れた。
「ねぇ、はるっち……後悔してる?」
沈んだ顔を晒していただろうか?
心配そうに凛子に覗き込まれた。
「まぁ、してるな。後悔」
「そんなに後悔してるんだ……私を降った事。すぐに挽回できるよ。ほら、今度ははるっちから、」
「そっちじゃねぇよ! 俺の、高校時代のことだよ……あいつの告白うけときゃ良かったなって……あいつは付き合って、一緒に夢を追おうって言ってくれたんだよ。だけど、俺は……躊躇った。あいつと一緒でもできっこないって」
「夢? はるっちの夢って何だったの?」
「ゲームクリエイター……かな? 本気で調べてなかったけど、ドラクエとかFFとか、そういったファンタジーのRPGを作る人間に憧れて、将来そんなものを作れる人間になりたいって、学生時代は思っていた。笑うなよ?」
「笑わないよ」
「だから、ゲーム部なんてものを作ったし、何本かゲームを作って、最後の年に作ったゲームなんて同人即売会で完売して、プロの人から声をかけられたりもしたんだぞ!
このまま、俺たちもプロになれるかもって……思ったりもしたけど、結局俺は躊躇って、安定を求めて公務員に、俺に告った幼馴染も、よくわからん製薬会社に勤めてる。
みんな、結局夢を追わずに堅実な道に行っちまった」
「そうなんだ……ねぇ、その幼馴染の人って……」
「おい!!! すげぇぞ! ニュース見ろって!」
いきなり近くの教室から男子生徒が顔出して大声を上げた。
「コラ、校内では携帯の電源は」
校内では携帯の持ち込みは許可されているが、授業に支障が出ないように電源を入れることは禁止されている。
もっともそんな校則を真面目に守っている生徒は2割もいないが―—―、
「先生そんなこと言ってる場合じゃねぇって! メチャクチャやべえんだって!」
「やべえって何が……?」
その男子生徒がいるクラスへ入ってみる。
一人の生徒の周りに人ごみが作られ、彼は携帯で、案の定動画を再生していた。
ニュースだ。
彼は速報のニュースを見ている。
『本日東京都心で発生した新型ウィルスによる出血症による感染者は、爆発的に増え続けており、その致死性。感染力から国民全体に対して外出を制限するよう政府から発表があり、緊急事態宣言も同時に発令されました。
なお、このウィルスは現在人工のものだとされる文章が政府に送られており―—―制作したのは製薬会社・レインであると会社自らが宣言しています』
「レイン⁉」
「どうしたのはるっち? 大声出して」
「さっき言った―—―俺の幼馴染が就職した会社だ」
『なお、この文章と同時に動画も送られており、それによるとこの新型ウィルスはレインの新薬開発主任———神代舞容疑者が開発したと、容疑者本人が撮影された動画を元に警察が捜査を進めています』
「————ッ!」
そこから先は、耳に何が聞こえても、頭に入って来なかった。
その日から爆発的にパンデミックは広がった。
新型ウィルスは、過去の黒死病と似たような症状を引き起こした。
全身に赤い斑点ができ、血管が切れて全身から血を流して死に至る―—―赤い血を流し死に至るの病気、赤死病せきしびょうと名付けられた。
一か月後、俺も感染した。
その時には人類の4分の3が感染し、命を落としていた。
山本凛子も死んだ。
俺が感染したその日に、彼女は死んだ。
告白してきた女の子であるが、最後まで教え子の一人という目でしか見れなかった。
だが、俺は胸が張り裂けそうに苦しくなった。
三日三晩泣き続けた。
本当に悲しい時は、何日も泣き続けるものだと、俺は初めて知った。
多分、三日だ。
そんな言葉が存在するのは、人の体から水が流れ続けると三日でなくなってしまうから、三日の日数が設定されているのだ。
そして―—―死んだ。
誰にも看取られずに自宅のベッドで孤独に死んだ。
悲しいとは思わなかった。世界中の人間、ほとんどがそうだ。4分の3も死んでいるのだ。
多分このまま世界中の人間が死に尽くし―—―人類は滅ぶのだろう。
バイバイ、世界。
最後に思い浮かんだのは、そんなバカバカしい言葉と—―—―舞の笑顔だった