俺にだけ反抗期だった双子の妹が、義妹だと発覚した夜に結婚を申し込んできた結果
「二人とも誕生日おめでとう!」
俺は四人家族で双子の妹がいる。
今日は俺たちが18歳になった誕生日だ。
「ありがと父さん、母さん。それから寧子もおめでと」
両親に感謝を告げ、妹の寧子にも祝いの言葉を贈る。
寧子は低身長童顔。そろそろ合法ロリという言葉が似合うと思っていたのだが、最近になって女の子らしい体つきになってきた。ボブヘアが良く似合い、ネコのような愛くるしさのある自慢の妹だ。
しかし寧子はどうも俺のことを嫌っているらしい。
「ちっ」
この有様だ。
小学生までは仲が良かったのに中学に上がってからは無視されるか舌打ちされるかのどちらか。稀に口を開いたかと思えば飛び出してくるのは罵声だ。なぜか両親にではなく兄である俺にしか反抗してこない。
それなのに俺と同じ高校を選ぶし夕飯は必ず俺の向かい側に座って食べるから不思議だ。今も何か不満ありげな顔で俺を睨みつけている。
「寧子? そんな見つめられると兄ちゃん照れるんだけど」
「は? 何勘違いしてんの。まじでキモいからやめた方がいいよそういうの。ていうか兄貴面しないでくれる? ほんと不愉快」
そう言って寧子は一口で唐揚げを頬張った。
うん、今日も平常運転だな。
「ほんとに二人は仲が悪いわね。ほら、寧子ちゃんもケーキ食べて機嫌直しなさい」
母さんは微笑みながら苺のショートケーキを切り分ける。ちなみに俺はチーズケーキ派なのだが寧子が勝手に選ぶため毎年食べられない。
たった一枚しかない「Happy Birthday」と書かれたプレートは当然のように寧子がひと口で食べてしまった。
「何? 文句あんの?」
「無いよ。たくさん食べな」
「うっざ」
そんなやり取りをしていつもよりちょっぴり豪華な夕食を終えた。塩対応だがたった一人の可愛い妹だと俺は思っている。
***
「実はな、二人に隠していたことがあるんだ」
四人でごちそうさまをすると父さんが切り出した。
いつも明るい母さんの顔にも緊張が張り付いている。
「どうしたの? お父さん」
寧子は優しい声音で問いかけた。
俺以外には本当にいい子だよこの子は。
全国のお父さんが聞いたら泣き出すんじゃないだろうか。
「なによ。こっち見ないでくれる?」
「すんません」
見てたのはそっちの気もするが謝っておこう。
それにしても兄に対して向ける目ではないな。
「あーごほん。いいかい、二人とも」
今は雰囲気からして大事な話をされるに違いない。
俺たちが紡がれる言葉を待つと父さんは一度深呼吸。母さんと一度アイコンタクトすると、これ以上はもったいぶらずさらっと告げた。
「二人は血が繋がっていないんだ」
突然のカミングアウト。
だが俺はすんなりと受け入れられた。
「えっと、てことは俺が養子ってことか」
俺は母さんにも父さんにも全然似ていない。
血が繋がっていないのならしっくりくる。
「ごめんな今まで隠してて。大人になったタイミングでって思ってたんだ」
「謝らないでよ。俺が二人の子に変わりないでしょ?」
ショックは全然なかった。
俺への愛情は本物だったからだ。
「そう言ってくれると母さんたちも嬉しいわ。改めてお誕生日おめでとう」
「うん。これからも俺は二人の子だよ」
これで話は一件落着。
明日からもいつも通り家族として過ごしていくだろう。
父さん母さんも含めてそう思っていたのだが、
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
寧子が勢いよく椅子を引いて立ち上がった。
「こいつと私はただの他人ってこと?」
「寧子ちゃん、こいつとか言っちゃダメよ。他人じゃなくてお兄ちゃんでしょ」
母さんが諭すも寧子の興奮は収まらない。
「私、お風呂行ってくる」
「あら、いつもは最後に入るのにもう行くの?」
「うん……今日はもう寝る」
寧子は必ず俺が入った後に入る。
俺を残り湯に触れさせたくないのだろう。
「言っとくけどお湯は張り替えるから変なことしても意味ないから。それと覗いたらぶっ殺す」
心外だなぁ。
まだ何も言ってないだろうに。
「はぁ……妹の裸を覗くわけないだろ。俺ってそんなに信用ないか?」
「うっさい。まじムカつく」
そう言って出て行く寧子の口元は笑っているように見えた。
***
俺もシャワーを浴びて寝る準備を終える。
階段を上って一番奥が俺の部屋だ。
その隣にある寧子の部屋は真っ暗だった。きっと混乱しただろうし疲れて寝てしまったのだろう。
「俺もまだ実感ないんだよな」
突然、家族とは血が繋がっていないと言われた。
父さんと母さんのことは問題ないが、寧子は年も同じだし異性のため意識するなというのは無理がある。とはいえ18年も一緒に暮らしていたのだから急に変わったりもしないだろう。
「ま、明日になればまたいつも通り嫌われてるのかな」
自分の部屋に入り、そのまま電気は付けずベッドに入ることにした。
布団を被って頭だけ出す。と、そこで異変に気付いた。
「ん? なんかあるな」
布団の中でがさごそと動く気配があった。
手を伸ばすと毛並みのような感触があり、さらに手探りするとぷにっとした柔らかいものがあった。
これは……。
ふと、おばあちゃんの家で飼っているネコを思い出す。遊びに行くといつも布団に入ってきてあったかいのだ。でもこの家ではネコなんて飼っていない。
予感は的中した。
「ばぁ!」
頭だけ出して俺と見つめ合う形になる。
布団の中には寧子がいた。
「え…………?」
俺は突然の事態に言葉を失う。
人間本気で驚けばこうなるだろう。
「どうしたの? おにぃちゃん」
「お、おにっ、なんだって!?」
「おにぃちゃん」
聞き間違いではなかった。
名前どころか「おい」とか「お前」とすら久しく呼ばれていない。どういう心境の変化だ?
「えっと、寧子? 何してるんだ?」
「おにぃちゃんと一緒に寝たいの」
「なるほど。どうした急に」
呼び方だけではなく性格も変わってしまった。
なぜこんなに甘えてくるんだ?
夜一人で眠れないとかでもないだろう。
「おにぃちゃんは勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「うん。寧子はおにぃちゃんのこと大好きだよ」
目が慣れてきたせいで暗がりでもしっかり寧子の顔が分かる。
ほんのり赤くなっていて女の子の顔をしていた。
あれ? 寧子ってこんな顔するの?
「すまん。どういう状況だ?」
「今まで冷たくしちゃってごめんね。でも仕方なかったの」
「……と、言いますと?」
「おにぃちゃんは兄妹だもん。好きになっちゃダメだから一生懸命好きにならないようにしてたんだよ」
「そ、そうだったのか……」
そう言えば俺が志望校を変えた時も追いかけてきたな。
ご飯の時は睨んでたんじゃなくて見つめてたのか。
え、まじ?
「えへへっ、もう我慢しなくてもいいんだよね」
「ちょ、ちょっと寧子!?」
いきなりほっぺにキスしてきた。
これが冗談では無いと教えてくれる。
「おにぃちゃんは寧子のこと嫌い?」
「いや……別に嫌いなわけないけどさ。だって俺たち兄妹だろ?」
「でも血は繋がってないんだよ。さっきはお母さんたちの前で喜ばないようにするの大変だったなぁ」
「た、確かに血は繋がって無いかもだけどさ、寧子は俺の妹だよ」
まだ気持ちの整理がつかない。
もしかしたら寧子も頭が追い付かなくなって暴走しているだけの可能性もある。
「一晩寝て頭冷やした方がいいと思うよ。今日は部屋に戻って──」
「やだ。寧子は本気だよ?」
布団から出ようとすると寧子が手を握ってきた。
するとそのまま指を絡めて「捕まえた」と囁いた。
俺は抵抗をやめてもう少し話を聞いてみることに。
「寧子。この状況はまずいって」
「寧子にとっては美味しいもん」
ダメだ。目がハートになっている。
本気で俺が好きなのか。
「どっか行ったら大きい声出しちゃうよ?」
「出すと、どうなるんだ?」
「お母さんとお父さんが来ちゃうね」
「来ちゃうな」
「そしたらおにぃちゃんこの家に居づらくなっちゃうよ?」
「もう既に居づらいんだがそれはどうしてくれるんだ?」
「社会的に死ぬよりはマシだよね?」
寧子は戸惑う俺を見て楽しんでいるようだ。
「寧子はおにぃちゃんにとって妹なんだよね?」
「ああ、そうだ。今はそれ以上でも以下でもない」
「なら平気だよね? 寧子に手出さなかったらその時は妹になるよ」
「ん? どういうことだ?」
寧子は答える代わりに行動で教えてくれた。
「んーっしょ」
がさごそと布団の下で動く寧子。
やがて枕元、というか目の前に布が置かれた。
フリルのついたやつで、みかんを二つ入れて運ぶのにちょうどいい。
「んぅ、脱ぎにくいなぁ……よいしょっと」
もう一枚布が置かれる。
俗に言うおパンツというやつだ。
薄いピンクでシンプルに可愛い。
洗濯カゴに入っているのは何度か見たことあるが比にならんぐらいドキドキする。
だってさ、今これを付けてたんだろ?
まじか。
「な、なにしてんだ? お前、もしかして今……」
「お布団めくってみる?」
着てないのか? 全裸なのかっ!?
「……やめとくよ」
落ち着け俺。きっと気の迷いだ。
だってこんなのは寧子じゃないだろ?
お前は兄として何を見てきたんだ。
「おにぃちゃんなら口に入れてもいいよ」
「は!?」
「おにぃちゃんって妹の下着を食べたい生き物なんだよね?」
「そんなわけあるか! どこでそんなこと覚えたんだよ!」
つい声が大きくなったため慌てて口を塞ぐ。
下着を食べたいってどこの世界の兄妹だよ。
「だっておにぃちゃんの持ってるゲームそういうの多いよ」
「な、ななななぜそれを知ってるんだ」
今日は唐突なカミングアウトが多いな。
ちゃんとパスワードはかけてるしフォルダも『勉強』にしてるぞ。秘蔵コレクションを妹に知られてるとか恥ずかしすぎる!
「寧子に隠し事は出来ないよ。おにぃちゃんは妹でえっちなこと考えてたのかな?」
「ち、違う! それは誤解だ」
「えー本当かなぁ。正直になっていいんだよ?」
「ひゃいっ!」
寧子が体を密着させてきた。
俺は思わずエビのように腰を引く。
「妹に興奮しちゃってるの?」
く……寧子っていつの間にこんな女になってたんだ。
ちょっと前までくまさんのパンツとか履いてたのに。
「寧子は興奮しちゃってるよ」
「か、からかうのはやめなさい」
「本気だってばぁ。今おっきい声出しちゃうよ?」
「ぐぬ、それは洒落にならんな。脅すなんて卑怯だぞ」
「それはおにぃちゃんもだよぉ。いつまで焦らすの?」
「いや、しないから。俺は寧子とは絶対しないぞ」
こいつは妹だ。妹、妹、妹……。
ああもう、妹って漢字が卑猥なものに思えてきた。
「一緒に大人になろうよ。もう寧子たち結婚もできるんだよ? 結婚しよ、おにぃちゃん」
「だ、ダメだ。それはできん」
「どうして? 寧子に誕生日プレゼントちょうだいよ」
「くそ、どうしてこんな子になっちまったんだ。夢なら早く冷めてくれ」
そう願ってもこれは現実だった。
もう俺の知っている寧子はいなくなってしまったんだ。
「寧子」
「なぁに、おにぃちゃんっ」
寧子は本当に幸せそうな声で俺を呼んだ。
成長してすっかり大人になってしまった胸を押し付けてくる。
でもそんなの無意味だ。
だって、今のお前には恋愛感情を抱けないから。
「俺も寧子が好きだったんだ」
「へ? ……だった、の?」
「ああ、俺はな……」
寧子も勘違いしてるようだから教えてあげよう。
寧子が俺を好いていてくれたように、俺が寧子をどう思っていたのかを。
「俺は、俺を冷たく罵ってくれるお前のことが大好きだったんだ!!!!」
俺の告白に寧子が固まる。
「寧子」
「にゃっ!」
肩に触れるとビクンと跳ねた。
俺は畳みかける。
「妹もののゲームは妹事態が目的だったんじゃない。その体が魅力的だからだ!」
「にゃ、にゃに言ってるのおにぃちゃん。ちょっと意味わかんないんだけど!」
「大きいのが好きな人はいるだろ。その逆も然りってことだ! 寧子はどんどん俺好みの子から遠ざかってるんだよ! 今すぐもとに戻ってくれ!」
気づいた時にはもう遅かった。
俺は今とんでもないことを口にしている。
俺たち兄妹は以前から頭がおかしかったようだ。
「お、おおお、おにぃちゃん変態だよ! そ、それに妹に冷たくされるのが好きなの? ド変態だよ!」
「兄と結婚したい妹だって十分ド変態だろ!」
俺の言葉を受けると寧子が布団を奪ってきた。
体を隠して後ずさると壁にぶつかってしまう。
俺は手を上げて無害をアピールしておいた。
「えっと、兄さん」
「ああ、そうだな」
俺たちの解釈は一致した。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
俺が目を瞑っている間に寧子は部屋を出て行った。
◇◆◇◆
次の日。
「おはよ、兄さん」
「おお、おはよう寧子」
このまま俺たちの関係は消滅するかに思われたがそんなことはなかった。
お互い普通の兄妹を演じようとした結果かもしれないし、もしかしたら寧子は無視すると俺が喜ぶと思ったのかもしれない。
父さんと母さんは絶対聞こえてただろうが何も言わず俺たちを見守ってくれている。それがさらなる気まずさを生むがこちらからは何も言い出せないため耐えるしかないのだ。
あの夜は俺たちに変化を与えてくれた。
まず一つに、お互いに恥をさらしたこと。
そしてお互いに男女と意識してしまったことだ。
きっかけはどうあれ、あんなことがあれば意識せざるを得ない。
ここから俺たちの本当の恋が始まったのだ。
そして、近い将来俺たちは兄妹ではない家族になる。
それはまだまだ先の話だ。
今はもう少しだけ兄妹でいよう。いれる……かな?