6. 初恋
カナリア姫のお披露目からルナミナの周囲は一変しました。ルナミナの元には多くのファンから、花束や手紙が届くようになりました。ルナミナは一端のアイドルになったみたいで、嬉しくなってしまいます。
憧れのみゅうみゅうちゃんに、近づけた気がして。
一方でレオナルド王子も心境の変化がありました。世の中の総てを覚めた目線で見ていて、面白そうという理由でルナミナを結婚相手に見据えていた。
けれども大衆の前で歌うルナミナは、まるで知らない人物の様でした。その場にいた誰もがルナミナに見惚れていました。その状況をレオナルドは不快に思ったのです。
ルナミナは自分が最初に目を着けたのに。誰もが注目するのは気に入らなかったのです。
その理由をずっと考えていました。単に面白くて歌の上手い女の子。けれどもそれだけではなかった。初めて出会った頃は本当に子供で、可愛らしいだけの少女。それが少しずつ成長し、大きく変わったのです。
ルナミナは単に面白いだけの女の子ではなかった。
稀代の天才と呼ばれ何でも解った様に、大人を言い負かす王子。その彼が今まで知らなかった感情。その心の置き所に名前を付けられずにいました。
けれどもルナミナの住む塔の近くに行って、その歌声を再び耳にして、唐突に理解しました。
これが恋という感情なのかと。
自分よりもずっと年下で、恋愛対象には見ていなかったのに。結婚相手に選んではいましたが、それは決して浮かれた感情ではなく、王子としての義務でした。
一生付き合わなくてはならないのならば、面白い相手が良い。そんな単純な理由。でも何時しかそれだけでは無くなった。カナリア姫と過ごした時間は、レオナルドが一人の人間として過ごせる時間でした。
どんな嘘も偽りもない、その太陽の様な瞳に自身を映し出すと、心が落ち着くのを感じていました。でも彼女は小さな小鳥で、その羽で何時しか飛び立ってしまうのでは。そう思うといても立っても居られない気持ちになるのです。
レオナルドは国王陛下に宣言しました。もしもカナリア姫と結婚出来ない場合には、時期国王である兄の側ではなく、辺境でひっそり暮らしたいと。国王は焦りました。
優秀な頭脳を持つレオナルドが、次期国王である兄の補佐を務めてくれれば、この国は安泰です。それがあのカナリア姫にそれほどまでに入れ込むとは。
レオナルドは何時も冷静で、ともすれば人間らしい感情を忘れてしまったみたいでした。国王になってみたいか、と尋ねた時も人の心がよく分からない自分が、王の補佐に回った方が国が上手く行く、と他人事みたく答えました。
そんなレオナルドがただ一人望んだ女性。
カナリア姫は王族でさえ好き勝手出来る相手ではありません。まだ幼いカナリア姫に、それほど惹かれる理由は解らないけれど、この望みは絶対に叶えるべきだ、と思いました。
王族は密かにこぞってカナリア姫の囲い込みに、心身を注ぐのでした。
そんな事はちっとも知らないルナミナは、今日もご機嫌で歌を歌います。
《 ラララ、僕はクマリン正義の味方さ
だけど人は僕を恐れる
だから密かに悪を倒すんだ
悪いグリズリ軍団 僕のパンチで吹っ飛ばせ
スタミナ切れたら蜂蜜舐めるんだ
今日も何処かでラララ、クマリン
皆の夢を守るんだ 》
ご機嫌な時の歌はクマリンです。今日は天気が良いので、外に出てバスケットを持って、外で食事です。気分はピクニックですが、広い自宅の敷地の中です。離れた場所には寺院から派遣された聖騎士もいます。少しだけ有名人になったルナミナに、変な虫がつかないように。
その敷地にある一本道に黒塗りの馬車が現れます。家紋の着いていない、立派な馬車です。ルナミナはその馬車に乗っている人物を既に知っています。
「ルナミナ!」
金色の髪を風に靡かせるその人物は、まるで一枚の絵のように美しい姿をしています。出会った頃は性別不明みたいな彼も、すっかり少年らしくなりました。
(でもまだ子供だけどね)
ルナミナは現在のルナミナになる前は、高校生だった記憶がぼんやりとありました。多分そこを卒業した。つまりルナミナの精神は十八才以上の女性だった。
さらにルナミナになってからの年齢も入れれば、二十年以上の記憶があります。ルナミナにとってレオナルドはまだまだ子供です。近所の子が大きくなったみたいな感慨が沸いてきます。
「レオナルド、様。おっきくなって」
ついついおばちゃんみたく言い放ちました。
「ルナミナ、学校に戻る前に会いに来た。私はあと二年で卒業する。だから誓って欲しいんだ」
「何をですか?殿下」
「少なくともあと二年は誰のものにもなるな。そしてこれを受け取ってくれ」
レオナルドの何時もと違う真剣な雰囲気に、ルナミナは気圧されます。レオナルドが差し出したのはネックレス。銀の鎖のシンプルなものです。けれどもそこには指輪が通してありました。複雑な模様が刻まれています。
「大事なものなので、預かっていてくれ」
「え、嫌です」
ルナミナはNOと言える子なのです。レオナルドは口をへの字に曲げて押し付けて来ました。
「もしも無くしたら、ただでは置かない。肌身離さず仕舞っておけ、いいな」
それだけ言ってレオナルドは馬車に乗り込んでしまいました。これまでは強引に押し付けるなんてしなかったのに。少しゴツい指輪は男物でしょうか。仕方なくネックレスを首にかけました。
彼の心境の変化にルナミナは気付く事はありませんでした。