5. 本心
ある日さる貴族のお屋敷で一人の女の子が誕生しました。その日そのお屋敷には金色の光が差し込みました。それは女神の祝福と呼ばれるものだったのです。
寺院ではとても大きな騒ぎとなりました。何処かに女神の祝福を受けた巫女がいる。その場所は直ぐに特定されました。ルナミナ・ローザ・ミシュルド。ミシュルド伯爵の娘として生を受けた子供でした。
ミシュルド伯爵は広大な敷地に住んでおり、その大きな屋敷に金色の光りが降りそ沿いだのです。国内の寺院のお偉いさんが即座に終結し、ミシュルド伯爵家に向かいました。
初めは何も知らなかった母は混乱しました。可愛い娘の誕生にただひたすらに喜ぶ普通の母親でした。けれどもその娘はこの国の、いいえ世界中の宝であると。
母の願いは自分たち家族だけの宝であること。けれどもそれは許されませんでした。生まれたばかりのルナミナは、皆のルナミナになってしまったのです。
百年から五百年に一度生まれる稀有な存在。どうしてルナミナが歌を捧げる必要があるのでしょう。神様の考えは人には解りません。
ルナミナは寺院に取り上げられそうになりました。ミシュルド伯爵の必死の抵抗で、敷地内の塔に住まう事を許されたのです。昔は貴人の牢獄として使われた塔。国から派遣される教師に、様々な教育を受けます。
神様の事。国の歴史と成り立ち。巫女の必要性と歌のレッスン。寺院は俗世からルナミナを遠ざけ、清らかな乙女であることを求めているのです。まさか中身が俗物にまみれた残念女子だったとは夢にも思わないでしょう。
「今日みゅうみゅうちゃんの歌を歌おう」
前世に好きだったアニメの声優の折川みつきちゃん。通称みゅうみゅう。歌声を武器とする戦うアイドルの歌を、この国の言葉に翻訳して、納得の行く物が出来ました。
《ah~この広い世界で
大好きな貴方と未来を守りたい
私の隣にもしも貴方が居てくれるならば
それだけで世界は輝く 虹色の煌めき
ずっときっと手をとって すっともっと好きになって
溢れる思いはいつか 形になるの?
今は伝わらない言葉も 全部全部届いたらいいな
貴方の輝く瞳に私が写し出される
そんな夢を描いている 》
改新の出来です。ヒロインと幼なじみの切ない、すれ違い恋愛もアニメの見所でした。するとまたもやあの声が。
「素晴らしい。ところで姫、それは私の事を思ってくれている歌かな」
(出たよ胡散臭い王子)心の中でルナミナは叫びます。ルナミナはすっかり王子が苦手になりました。
「ご機嫌よう、王子様。これは………… 物語からの創作ですわ」
「私はレオナルドだ。レオ、と呼んでくれ」
以前もこんなやり取りあったわと思うルナミナ。あれから少し成長したルナミナは八歳。王子は十四歳。時々現れるこの人は暇なのかしら、と思うルナミナなのでした。紺色の制服は学園に通っている証。ルナミナは通う事もないのでホッとしています。
一先ず婚約破棄イベントが無いからです。最も学園に通っても年齢が違いすぎて、一緒になることはありません。
「私は何時も君を思っているよ。君も同じだと素敵なのに」
「まあ殿下はご冗談が得意でいらっしゃいますのね」
「何故だい。私は真剣に」
「好きな方には名前を呼ばれたいものですよね」
「そうだよ。だから私の名を…… 」
ルナミナは半目で王子様を見ました。
「殿下は私の名を知っていらっしゃいますか」
「ルナミナ・ローザ・ミシュルドだろう」
「あら、ご存知でしたのね。殿下は私の名前をご存知ないと思っていました」
「それは…… 」
ルナミナに指摘されるまで、彼は気付きませんでした。何時も気のある素振りで名前を呼べ、と強要する自分。そんな彼はルナミナを名前で呼んでいなかった事実に。
「カナリアが欲しければ森で捕まえて下さい。私は普通の女の子ですから」
色々普通ではありませんが、ルナミナは普通を主張します。
「殿下が心から好きだと思う方が、現れれば良いですわね」
清々しい笑顔でルナミナは王子に言いました。レオナルド王子はこれまで、誰にも本心を悟られた事はありません。でもルナミナにはばれてしまったようです。
レオナルドはその晩考えました。ルナミナを退屈しのぎの結婚相手に考えていたこと。けれどもそんなレオナルドの、うわべだけの恋愛を、見破られていたのです。幼い少女に。
レオナルドは小さな頃から持て囃され、勉強も剣術や馬術だって、誰にも負けませんでした。女の子だって年上から年上まで、うっとりとした瞳で見つめて来ます。他人に向けられる熱量と反比例して、その心は冷めて行きました。
ルナミナはとても子供っぽいのに、まるで大人みたいに冷静な時があります。出鱈目な物語の歌を作ったり、不思議な発言も多いです。うんと年下なのに、レオナルドを子供みたくあしらってみたり。
「ルナ、ミナ」
言葉にすると彼女の名前は、不思議に心の奥底に響きます。月夜に現れる精霊の名前が、ルナミナの由来です。今までずっとカナリア姫と呼んでいました。
彼女はどうして、あんなにもちぐはぐなのだろう。まだまだうんと子供だと、内心では思っていたのに、他の女の子とはまるで違います。誰もが王子には笑顔で媚をうる。
なのにルナミナは違います。お菓子や花束を送ればお礼は言うけど、心から嬉しそうではありません。ではアクセサリーならば、と思い立ちそれとなく好みを聞きましたが、宝石は邪魔だから要らないと言われました。
他の貴族の女の子ならば、喜ぶのに。ルナミナは何時だって思い通りにならないのです。レオナルドの胸には何時しかもやもやが溜まっていました。それが何なのかは解らなかったのです。
それから二年の月日が経ち、ルナミナは十歳、レオナルドは十六歳になりました。そしてルナミナはいよいよ、世間にお披露目される歳になったのです。
ルナミナが十歳になる年の、秋の豊穣のお祭りでカナリア姫としてデビューするのです。国を挙げてのイベントで、そのお祝いの席でステージに立って歌います。ルナミナはいよいよデビューという事実に、お祭りが近づくにつれ逃げ出したい気分でした。
「大勢の前で歌うって緊張するよね。みゅうみゅうちゃんは、凄い人だったな。とっても輝いていたし」
前世で好きだった声優アイドル、折川みつきちゃんを思い出します。大きな舞台で力強く歌う姿を。ルナミナはアイドルではないから、彼女みたく声援を貰う事はないでしょう。
「祈りの歌だもの。そうよ普通に歌えば良いだけよ」
ルナミナは何時も良い声だと誉められますが、ちゃんと歌えるか心配です。練習を重ねていよいよ本番の日を迎えました。
年に一度のお祭りで五日間続きます。そしてこのお祭りの目玉、カナリア姫が正式に巫女として、祈りの歌を捧げる大事な日です。国王陛下やあの王子様も見ているのです。
用意されたステージに立つと、両サイドから演奏が流れます。ルナミナは歌い出しました。すると真っ白な世界に包まれた感覚になり、緊張がほぐれました。美しい歌声が響きます。
(良かった。なんだか何時もより、良い感じに歌えているわ。とても良く声が響いている)
ルナミナは最初の曲を歌いきりました。気付けば観客はポカンとした顔で此方を見ています。余りに反応が無いので、ルナミナは何か失敗してしまったのかと、不安になりました。
ザワ、と会場に声がしてそれが拍手に変わります。ワァアアアと歓声が聞こえます。
「カナリア姫!カナリア姫万歳!」
カナリア姫の歌声は皆に響いたようです。それは大衆のみならず、その場にいたレオナルドにも。
「ルナミナ………… 」
レオナルドはこれまでもルナミナの歌声を、幾度となく聞いています。とても上手だとも知っていました。けれども今日は別の何かが込み上げてきます。
まだ興奮冷めやらぬ観衆を前に、予定されていた他の曲も歌います。ルナミナを見て涙する者、或いは笑顔で聞き惚れる者。この日を境にルナミナは皆のルナミナになりました。