4. 噂
この国の第二王子に気に入られたルナミナことカナリア姫。神にみいられその歌声を神に捧げるのが彼女の使命。
巫女は本人の気分によってその歌声が、神に捧げる影響がかわります。
巫女が悲しい気分で捧げた歌声は、降り止まぬ大雨となって街を覆い尽くした、との話もあるのです。故に巫女に無理強いをすれば、国が滅びるとも言われます。だからルナミナの気分を害する者は、排除されるのです。
だけど王子様が気に入っているのを、勝手に周囲にアピールするのは自由です。カナリア姫に気付かれ無いよう、周囲にお気に入りである旨を、事あるごとに伝えました。
この国の第二王子がカナリア姫を気に入っている。将来は婚約者として据え置きたい。そんな噂が貴族の間に広まるのは、あっという間でした。
「奥さま聞きまして?レオナルド様が、カナリア姫に恋をしている噂を」
「まあ、でも姫様は幼くっていらっしゃるのでしょう?まだ正式に世間にもお披露目されていませんし」
「ところが王子様はその天上の歌声を聞いて、ハートを奪われてしまったらしいのよ」
「っまあ、なんてロマンチックなのかしら」
お喋り好きな貴婦人は、そんな噂話を瞬く間に広めます。王子と姫の恋物語。噂は尾ひれを着けて、社交界に広まりました。第二王子のお気に入りともなれば、下手な貴族はちょっかいをかけないでしょう。
「全く面白いねあの雀共は。勝手に話を捏造して、広めてくれるよ」
「左様でございますな」
果たして王子の思惑通りに噂は熱を帯びます。
あれから一月。王子の恋物語は今では市井の間にも広まり、紙芝居でも語られるまでになりました。勿論、不敬罪になるので、設定は変えてありますが。
在るところに一人の王子様がいました。王子様は寺院に寄付に訪れた際に、美しい歌声を耳にします。光輝く金の髪に、サファイアの瞳を持った少女。その見た目と歌声の美しさに、王子は一目で恋に落ちました。
王子は足しげく寺院に通い、美しい姫に思いを伝えます。身分の違いから初めは拒んでいた姫も、何時しか王子の熱意に絆されます。そうして二人は幾つかの困難を乗り越え、永遠に結ばれるのでした。
「めでたし、めでたし」
家庭教師の話をルナミナはポカーンと、アホ面で聞いていました。
「ね、まるでルナミナのお話みたいでしょう?というかルナミナよね。このお姫様」
「いやいや先生。私はまだ子供で、恋に落ちる歳じゃ無いわよ」
「だってルナミナお城に行ったわよね。王子に誘われて」
「先生、現実を見てください。私は王子の半分の歳ですよ。それじゃ王子はロリコンでしょう」
「ロリコンとは何ですか?」
ロリコンは此方にない言葉だった。ルナミナは前世の記憶がよみがえってから、異世界ジェネレーションに苛まれます。一般の認識とのずれがあるのです。実際貴族に嫁ぐ若い少女もいます。
もしもルナミナが十六歳だったら少し年上の王子は、丁度いい相手かも知れません。でも六歳児はここでも幼子です。愛だの恋だのとか無縁です。前世では大人になっても無縁でだったのは………… そっと目を反らしておいてあげましょう。
ルナミナは本日の午前中のレッスンを終えて、食後の一休み中でした。塔から降りた木陰で一休み。側仕えのメイドにも一旦下がってもらっています。なので気晴らしにクマリンのテーマを口ずさみます。
《 ラララ、僕はクマリン正義はあるかい
ただの人は僕を知らない
だから孤独にひとり生きてんだ
奴らグリズリ軍団 僕のキックで蹴っ飛ばせ
心を強くね 蜂蜜切れるまで
今日も何処かでラララ、クマリン
自分の世界 守るんだ 》
力強いリズムに励まされます。パチパチと拍手まで貰って。そこでルナミナは考えます。拍手?━━━ 斜め後方には絵に書いた様な王子様が。
「カナリア姫、相変わらず素敵な歌声ですね。この間と少し歌詞が違いますか」
そこにはこの国の第二王子、レオナルド・クリスタル・タイラーシェンドがいました。日本語は分からないはずなのに、何故に気付いたのでしょう。
「お恥ずかしいですわ殿下。今のは人に聞かせる歌声ではありませんの」
「私の事はレオナルド、いえ、レオとお呼び下さい」
「レオナルド殿下」
「レオ、と呼び捨てで」
「レオナルド様」
「………… まあ良いでしょう。たまたま近くを通ったものでね。姫に一目会いたくて」
ルナミナは思います。なんて胡散臭い男なのでしょう。素直に呼び捨てにでもすれば、本人は兎も角周囲は黙っていないでしょう。張り付けた笑顔も気に食わないのです。
銀に近い金色の髪はサラサラで、輝いています。ルナミナは金髪だけど、少しくすんだ色でキラキラではありません。前世の地味な顔に黒髪よりは、可愛いく思えますが。
彼は神童なんて呼ばれているらしき事を先生が言っていました。何でも出来てしまうので、何にも興味を示さない。氷の王子なんて言われる事もあるようです。
それなのにルナミナは完全に、目を付けられてしまいました。前回クマリンの話をしたのがいけなかったのでしょう。
(だってクマリンは面白いもの。興味を引かずには居られないわ)
王子はクマリンには興味はありません。相変わらず残念なルナミナです。
「本日は用事があるのでこれで失礼させて頂きます。またお会いしましょう。小さなレディ」
いちいちキザです。ルナミナが年相応だったらときめいたかも知れません。ですが精神が大人なルナミナにとって、王子は子供です。年下ではときめかないのです。
その後も事ある毎に第二王子はルナミナと話をしたり、時にはルナミナの歌声を聞かせました。なし崩しに王子と交流するルナミナなのでした。