2. 邂逅
カナリア姫ことルナミナは今日も元気一杯です。神に捧げる歌のレッスンにも………… 身が入りません。
「あーああぁ~」
「違うでしょうルナミナ。これは神に捧げる切ない歌なのですよ。もっと気持ちを込めなさい」
「だって先生。毎日同じ歌を繰り返して歌っていては、飽きると言うものよ。どれもこれも似たような歌ばっかりだし」
「当たり前でしょう。神に捧げる歌は、荘厳で美しいメロディでなくてはならないもの」
前世でクラシックと縁が薄かったルナミナは、うんざりしていました。もう何万回いいえ、それ以上に口ずさんだメロディはルナミナを飽きさせるには十分でした。
「もっと楽しい歌を歌いたいわ。私歌が嫌いになりそうよ」
「まあ、なんて事を。まあ良いわ。そうね、たまには気分転換を図りましょうか。寺院へ行ってみない?」
歌の先生であるニーナが言うには、寺院は孤児が沢山いて、オルガンや楽器が揃っているし、他の子供の歌う簡単な歌も聴けるとの事で、寺院へと向かうのでした。寺院ではニーナは大歓迎を受けます。
「ニーナ先生!」
ワラワラと群がる子供達。ニーナは子供達に無償でレッスンをしているのです。ルナミナは初めて出合う同じ年頃の子供達を見ました。
「あの子はだあれ?新しい仲間?」
「こちらはカナリア姫よ。とってもお歌が上手いの」
わあっと子供達が寄ってきます。歌って歌ってとせがまれます。
「今日は皆のお歌を聴きに来たの。カナリア姫に良いところを見せて欲しいわ」
ニーナは寺院の先生に許可をもらい、礼拝堂へと皆で向かいました。立派なパイプオルガンが出迎えます。長い髭のお爺ちゃんがルナミナを出迎えてくれました。
「おお、カナリア姫にお越し頂くとは。私の拙い演奏で宜しければ、お聞かせします」
何時もならばルナミナと同様に神に捧げる歌なのですが、ルナミナの希望に沿って、子供の歌う歌を聞かせてくれるようです。赤い靴の女の子ジェミー。横浜を思い出すルナミナです。
子供達が皆で楽しそうに歌います。他にも木こりの歌や花売りの少女、慌てん坊おばさん等々。聞きなれない庶民の歌にルナミナは感激です。そうしてひとしきり聴き終わると、ルナミナの歌声をせがまれました。ルナミナが歌うのは神に捧げる歌。
何時もは数人いる先生の笛やバイオリンで歌うルナミナ。大きな寺院で歌うのは緊張します。ルナミナが歌い始めるとその場の空気が変わりました。
こんなに大勢に聞かせるのは初めてだと思いつつ、ルナミナは歌を紡ぎます。曲が終わるとその場がシンとしてしまいました。
(どうしよう。私の歌はつまらなかったかしら)
精一杯歌ったのにと、ルナミナが思っていると、わあっと拍手が巻き起こりました。礼拝堂に来ていた人も、子供達も熱い視線をルナミナに送ります。
「なんと言う…… 素晴らしい歌声なのでしょう。カナリア姫とはこれ程のものなのですね」
「お歌、すごくキレイ」
「美しい。感動致しましたわ」
初めての称賛にルナミナは嬉しくなりました。いいえ歌の先生は何時も誉めてくれますが、レッスンとこれは別物です。ご機嫌なルナミナはもっと歌ってみたくなりました。
ルナミナは日本の教科書に載っている、「花」を歌詞をアレンジして歌い出しました。
《 春ようららかミルラ川
昇れや下れの船旅に
オールに舞い散る水しぶき
眺める人ぞなに思う 》
これも沈黙。そしてさっきよりも大きな喝采が起こりました。
「ルナミナ凄いわ!貴方そんな才能もあったのね。なんて美しい曲かしら。歌詞も素晴らしいわ」
どうしようとルナミナは焦ります。この曲は有名な作曲家の曲で、歌詞も元の歌詞をアレンジしただけです。ルナミナには作曲の才能なんてありません。すると寺院の後ろの方で、パンパンと拍手が聞こえます。
「素晴らしい。美しい歌声ですね姫」
何か真っ白い服で金糸の刺繍の入った、キラキラしい人物がいます。この場違いな少年は誰だろうとルナミナは思いました。
「やあ自己紹介させて頂きます。私はレオナルド・クリスタル・タイラーシェンド。この国の第二王子です」
王子様!やべえの来た。ルナミナは思いました。前世で読んだ小説ではこれは悪役令嬢になって、婚約破棄の流れではないか。死亡フラグ、キターと脳内パニックです。王子に出会っただけなのですが。
「わ、私はルナミナ・ローザ・ミシュルド。ですわ、オーホホホ!」
「ルナミナ落ち着きなさい。王子の御前ですよ」
「だって断罪からの国外追放、又は処刑台ですよ先生?!私まだ六歳なのに」
「ルナミナはおかしな本を読んだのね。大丈夫、王子はお優しい方です」
何やら目の前でひそひそと揉めている二人に、王子は苦笑いです。いきなりの登場で驚かせてしまった様子。
「驚かせてしまったようですね。出来れば姫の違う歌も聴きたいのです。そう、例えば━━━ 」
そう言って王子は鼻歌を歌い出しました。そのメロディは聞き覚えがあります。クマリンのテーマです。何故に王子が?ルナミナは思考を巡らせます。
「これも姫の作曲でしょうか。愉快なメロディですね」
ルナミナは顔を真っ赤にします。前世の子供向けのハチャメチャアニメの、テーマを口ずさんだのを聴かれ、恥ずかしさで一杯です。クマリンは替え歌もありません。
「わ、わ、わ、私、急用を思いだしましたの。僭越ではございましてですが、これにて失礼させて頂きます。ご拝聴、ご声援誠に有り難う存じます。次回の作品にご期待あれ!」
「あっ、ルナミナ何処へ行くの?乙女が走ってはいけません。ルナミナ、ルナミナーっ!!」
嵐のように姫が去ってしまったのを見て、王子は声をあげて笑いだしました。
「くっ、あっはっは。みたかいジェラルド。私はあんなに愉快な姫は初めて出会ったよ。ルナミナ・ローザ・ミシュルド。是が非ともお近づきになりたい」
王子の言葉を受け、たまたま共にやって来た側近のジェラルドは、とても驚きました。聡明であるが故に何事にも興味を持たない、冷徹とも言われる王子が興味を示したのです。王子はまだ十二歳。その年齢に相応しい笑い声を、初めて聞きました。
ジェラルドは考えます。カナリア姫を是非ともに城に招かねば。