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8話目・


「お疲れライゼン君。いやぁ、相変わらずの早業だね」

「うはは! ライゼンよ、ワシの出番はなかったな!」


 倒れた男たちの覆面を順番に脱がせるハレルヤと、へたり込んだエレクセリアの傍を離れないクジラは、ともにライゼンを(ねぎら)う。


 ハレルヤが顔を確認し終えた男は、ライゼンがどこからともなく取り出したロープで順番に手足を縛っていった。

 クレアベールも、渋々ライゼンを手伝っている。


「この人たちは、いったい……」


 エレクセリアが放心したように呟く。


「まぁ、だいたい分かっていますが、一応確証は得ておきましょう」


 全員の覆面を脱がせた後、その中のひとりの男の服をハレルヤはごそごそとまさぐる。


「んー、どれかな。あ、これか」


 ハレルヤが取り出したのは、一枚の小さな鏡であった。

 鏡面が緑掛かった黒っぽい色をしている。


 ハレルヤはその鏡を、エレクセリアの近くまで持ってきた。


「それは、対話鏡ですか?」


「そうみたいですね」


 ハレルヤは鏡面を指でコンコンと叩いた後、自分たちが写らないように鏡面を床に伏せた。


 しばらくして、鏡の向こうから声がする。


『……どうした? 今から襲撃するのではなかったのか? 何かトラブルか?』


 鏡の向こうの声に、エレクセリアがハッと息を呑んだ。


 ハレルヤは唇の前で人差し指を立て、それから対話鏡の通信を切った。


「おーい、ライゼン君。そっちは終わったかい?」


「ああ、全員縛ったぞ」


「よし、それなら行こうか」


「次は何をするんだ?」


 ハレルヤは、ニッコリ笑って答えた。


「今回の一番悪いヤツを、捕まえにいこう」




 ◇◇◇




 リッチモンド・ゼニール邸での襲撃事件から10日がたった。


「ゼニール商会に対する背任及び横領容疑で身柄を拘束中の同商会『元』経理部長ミリオネアン・ゼニール氏、今度は実父に対する殺人教唆(きょうさ)容疑を認める旨の供述か、だってさ! ははは、ウケるね!」


 ディグオンの町の酒場で、ハレルヤが新聞を広げて楽しそうに読んでいる。


 まだ昼飯時だが、すでに何杯かビールを飲んでいるせいでいつもよりテンションが高い。


「まぁ、あのオッサンは叩けばいくらでもホコリの出るオッサンだろうからな。王都の警備隊も、やるとなったら徹底的にやるだろうよ」


 ライゼンもジョッキを傾けながら、適当に相づちをうつ。


「今まで袖の下(ワイロ)をもらって色々便宜を図ってきた事とかを追及されたら、困るのは警備隊の上層部だからね。全然無関係ですって事をこれでもかと強調するために、そりゃあもう、厳しい捜査をするよね」


お嬢ちゃんの親父さんビリーオンズ・ゼニールも、しばらくは会社の重役の刷新で忙しいだろうな」


「そうだねぇ。貴族様へのワイロとか、会社のお金の私的流用とか、色んな形で関係してる人が山ほどいるらしいからね」


 自分の弟(ミリオネアン)がしてきたことの尻拭いだけでも大変だろうに、とライゼンは先日知り合った男の顔を思い浮かべた。


「親父から継いだ商会の一番深いところに、獅子身中の虫がいたわけだからなぁ」


「ま、荒療治だと思ってもらおうよ。こうでもならなければ、自分の父親(リッチモンド氏)の死の真相さえ暴こうとせず、なぁなぁで済まそうとしちゃった訳なんだからさ」


 因果応報、自業自得さ。とハレルヤは笑った。



 あの夜━━。


 襲撃者の持っていた対話鏡の相手は、エレクセリアの叔父であるミリオネアン・ゼニールだった。


 エレクセリアに声を聞いて確認してもらったハレルヤは、その後ライゼンたちとともにリッチモンド邸の地下倉庫に向かい、そこでミリオネアンと対話鏡で通話していたハウスキーパーのピトレを拘束した。


 ピトレは、昔からミリオネアンと繋がっていたらしい。


 ミリオネアンの背任や横領の証拠をリッチモンド氏が掴みかけていることや、疑いを持ったビリーオンズ氏が今後の相談のためにリッチモンド氏を王都に呼び出したことなどを、こっそりとミリオネアンに伝えていたようだ。


 そしてミリオネアンは、ディグオンの町に派遣していた私兵たちにピトレを通じて知った情報を流し、リッチモンド氏を襲撃させたのだ。


 ビリーオンズ氏がリッチモンド氏を呼び出した状況での襲撃という、捜査を進めればビリーオンズ氏に疑いの目が向く絶好のタイミングで襲撃は行われていた。


 ゼニール商会会長としての体面を保つために余計な疑惑がかかることを恐れたビリーオンズ氏は、事件の真相を暴かせたくない(ミリオネアン)の動き(警備隊へのワイロ等)を見て見ぬふりし、実父(リッチモンド氏)の死を事故死として断定させてしまったわけである。


 その不義を、実の娘であるエレクセリアの働きによって暴かれてしまったのは、幸か不幸か。


「ま、荒療治というのは確かだな。お嬢ちゃんに死ぬほど泣かれて、自分がいかに愚かだったか理解した、みたいに言ってたしな」


「当然さ。見て見ぬふりなんて、ほとんど同罪なんだからさ。犯罪者として処罰されないんだから、多少の忙しさは甘んじて受け入れてほしいね」


 ハレルヤが、ぱさりと新聞を畳んで置いた。


「しかしハレルヤ、お前なんであんなにクレアベールを警戒してたんだ? (あお)れるだけ煽ってとにかく怒らせろっつったから、そうしたけどよ」


「あの時はまだ、(ビリーオンズ氏)(ミリオネアン)のどちらも疑わしかったからね」


「そうだな。それで?」


「クレアベール嬢はエレクセリア嬢の護衛だったけど、雇い主(・・・)は違うからね。雇い主は誰か、クレアベール嬢の忠誠心が誰に向いてるか。知る必要があった」


「怒らせて判断力を削り、地を出させたかったわけね」


「それに、ピトレと繋がっていた可能性もあったし。結局クレアベール嬢は、ちゃんとエレクセリア嬢の味方だったわけだけど」


 リッチモンド邸でハレルヤがクレアベールに渡した紙束は、表面が内側になるように丸められていた。


 つまり紙束の表面は、エレクセリアに広げて渡すまでは、調査内容を書き記したハレルヤ以外誰も触っていない状態になっていたのだ。


 しかし紙束の表面には、ハレルヤ以外の人間が触った形跡があった。

 それはつまり、誰かがこっそり紙束を開いて内容を読んだということだ。


「クレアベール嬢に預けた紙束の表面には、僕の他はピトレの指紋(・・)しか付いてなかったから、クレアベール嬢は紙束を読んでないし、開いてもなかったことが分かった。エレクセリア嬢のためにきちんと務めを果たしていたわけだ。おおかたピトレは、不審者騒ぎでクレアベール嬢に動いてもらっていたときに、落としたら危ないからとか言って紙束を預かって、陰でこっそり読んだんだろうね」


 あとで僕にバレるとも知らずにね、とハレルヤは笑う。


 ちなみに、ピトレとその部下である下男数人も、数日前にリッチモンド邸から追放されている。


 現在は、王都のゼニール邸から新たに人が来ているらしい。


「いつも思うが、見るだけで指紋の判別ができたり、色々と見透かせるお前の『眼』、たいがいインチキだよな」


「目にも止まらぬ『速さ』で動ける君には、言われたくないなー」


 お互いにそこで、やれやれとばかりに肩をすくめた。


「ところで、『鉄』の肉体を持ったあのバカは、まだ来ないのか?」


「約束の時間はもうすぐ……、あ、来た来た」


 ハレルヤが手を振ると、酒場の入口から青髪の偉丈夫がドカドカと近付いてきた。


「うはは! 待たせたか?」


「いや、時間通りだね」


「座れよ、乾杯しようぜ。……ん、なんだそれ?」


 ライゼンはクジラの手の中にあるものに目を付けた。


「ああ、今日もゼニール商会で馬車の荷積みをしていたんだが、エレクセリアさんからの手紙を受け取ったんだ」


 ほれ、とハレルヤに手渡す。


「ふむふむ、どれどれ」


 ハレルヤが内容を読む。


 要約すると、報酬はきちんと支払ったがまだまだ払い足りないと思っている。この恩は決して忘れないし何かあったときはゼニール商会が力になることを約束する、といった内容だ。


 ハレルヤがケラケラと笑う。


「ははは、やったね。これで、この国有数の大商会に繋がりができた。お言葉に甘えて、何かあったときは遠慮なく『お願い』させてもらおうよ」


 目の奥に怪しい光を灯して、ハレルヤがグニャリと口の端を歪めた。


「お前、これが目的だったのか?」


 親切だけのつもりじゃないだろうとは、思っていたが。


「これだけが目的でもないけどね。お金を持ってる人間と仲良くするのは、大事なことだよぉ?」


「ワシは、またエレクセリアさんたちが困っていたら力を貸すけどな!」


「うんうん、たくさん恩を売っておくのはいいことだねぇ」


 絶妙に噛み合ってないハレルヤとクジラだったが、いつもの事なのでライゼンは何も言わない。


「ところで、ライゼン君あてに追伸があるよ」


「お嬢ちゃんから俺に?」


「これは、見たほうが早いね」


 ハレルヤがライゼンに手紙を見せた。

 手紙の最後は、こう締められていた。


『ところで、クレアベールが打倒ライゼンさんを掲げて私の護衛中にも鍛練をするようになってしまいました。なんとかなりませんか?』



 ライゼンは少しだけ驚き、それから楽しそうに笑いながら「知るかバーカ」と言って手紙をテーブルに放り投げたのだった。


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