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1話目・

 ◇◇◇




 帝国領内で最も深いダンジョンである廃魔の檻(デモンズケージ)の最下層、地下50階に4人の男たちがたどり着いた。


 男たちは全員罪人であった。


 ダンジョンを覆う大結界から出ることはできず、ダンジョン内から無限に湧き出てくる魔物(モンスター)たちを間引き続けなければならない罰を受けていた。



 この廃魔の檻(デモンズケージ)というダンジョンは、200年以上も前から数え切れない数の軍人や冒険者、勇者と呼ばれた強き者たちが挑んできた。


 そしてその誰もが最下層に到達できないまま、今では攻略不可能なダンジョンとして結界による封じ込めが行われている状態であった。



 そんな人喰いダンジョンの最下層まで到達した彼らは、なんとダンジョンコアを守護(まも)るダンジョンボスの討伐さえも成し遂げた。



 帝国史、いや人類史に残る偉業である。



 廃魔の檻(デモンズケージ)が攻略されたという情報は瞬く間に世界中に広がった。

 それだけセンセーショナルな話題だったからだ。


 各国の首脳は偉業を成し遂げた男たちのことを帝国の上層部に事細かに尋ね、今代の帝国皇帝の名のもとに、その男たちの名前は広く世界に伝えられた。


 そうして英雄たちの名が世界中に轟いた。


 それが今から、半年前のことであった━━。




 ◇◇◇




「廃魔の英雄、各国を表敬訪問。……だってさ。すごいねぇ。いまだに彼らの人気は衰えないんだね」


 酒場のテーブルで新聞を広げた白髪の青年が、見出しの記事を楽しそうに読んだ。


 彼が読んでいるのはトリビア王国で一番大きい新聞社が発行している新聞だ。


 国王陛下や各地の貴族たちのお言葉から、辺境の村での魔獣の目撃談など、掲載記事は多岐に渡る。


「先月までは帝国中を回っていたらしいけど、どこに行っても大盛り上がりだったみたいだよ」


 新聞を読む青年が、対面に座る男に視線を移す。

 テーブルの上に足を投げ出した黒髪の若い男が、気だるげに応じた。


「そりゃあ、200年以上ほったらかしになってた問題が片付いたんだ。半年やそこらじゃ騒ぎ足りないんだろうよ」


「だろうねぇ。再来月にはこの国の王都にも来るらしいけど、ライゼン君は一目見に行きたい?」


 ライゼンと呼ばれた黒髪の男は、嫌そうに口の端を歪めた。


「は? 行きたいわけないだろ。分かりきったこと聞くんじゃねーよ」


「まぁ、そうだろうね。それに、実際来たらこの国の王様とか貴族様とか、そういう立場のある人たちが相手をするんだろうし」


「ハレルヤ、そういうお前は会いたいか? あのキラキラした連中に」


 ハレルヤと呼ばれた白髪の青年は、にっこり笑って答えた。


「ぜーんぜん。顔も見たくないや」


 たまたま横を通った別の客が、ハレルヤの笑顔を見てギョッとした。


 ハレルヤの笑顔は、一見すればさわやかなものであったが、よくよく見れば目の奥に怪しい光をたたえていた。


 また、ハレルヤの髪は老人のように真っ白で、顔立ちは整っているが顔全体に大きなX字の古傷がある。

 そんな男の怪しい笑顔は、見る者によっては生理的な恐怖を覚えるらしい。


 ライゼンは、つまらなそうに話題を変えた。


「だろうな。ところで、クジラのやつはまだ来ねぇのか?」


 ライゼンが酒場の出入口を見つめる。

 もうひとりのツレがまだ来ていないのだ。


「確かに遅いね。……クジラ君が酒の席に遅れるなんて、明日は槍でも降るんじゃない?」


「まったくだ。あのバカ、どこで油売ってんだか」


 そんな風に話していると、一際背の高い男が酒場に入ってきた。

 青い髪を後ろで一括りにした偉丈夫だ。


 酒場の中を見渡し、軽く手を上げて呼んでいるライゼンたちを見つけると、筋肉(にく)の詰まった立派なガタイでドカドカと歩み寄った。


「うはは! すまんすまん、遅くなった!」


「バカ野郎。お前が呑もうって呼んだくせに、遅れてんじゃねーよ」


「まずはビールで乾杯する? ……おや、クジラ君。その後ろのお嬢さんたちはどちら様かな?」


 ハレルヤの言葉に、ライゼンも遅れて気付く。


 クジラと呼ばれた背の高い男に隠れるようにして、ひとりの少女が立っていた。


 そして少女の少し後ろには帯剣した若い女性がいた。


 クジラは仰々しく頷くと、少女に対して両手を差し向けた。


「そうだな、呑む前にご紹介しておこう。この人はゼニール商会会長の娘さんだ! この人を迎えに行っていて、ちょいと遅くなった」


 少女は、若干緊張した面持ちでペコリと頭を下げる。

 綺麗にくしの入った栗色の長い髪が、さらりと肩から流れた。


「初めまして、皆様。エレクセリア・ゼニールと申します。以後お見知りおきを」


 少女は、まだ十代の半ばほどの年齢に見える。


 酒の飲めない年齢ではなさそうだが、整えられた身だしなみや品の良さそうな服など、この雑然とした酒場にはいささか場違いな人間のようにも思えた。


「ゼニール商会ぃ?」


 ライゼンに、ハレルヤがそっと耳打ちした。


「この国有数の大商会だね。本店が王都にあるし、この街にも大きなお店を出してるよ。……うん、とりあえず」


 ハレルヤは静かに立ち上がると、腰を曲げて深く頭を下げた。


「これはこれはご丁寧に。私どもはそちらのクジラ氏の友人をしておる者です。私のことはハレルヤ、そちらのお行儀の悪い男はライゼンとお呼びください」


 ライゼンは、テーブルの上に足を投げ出したまま「どうも」とだけ答えた。

 エレクセリアが目を丸くし、背後の女性の視線が鋭くなった。


 ライゼンは、その視線を無視した。


「今日はちょっとな、エレクセリアさんからワシらにお願いがあるそうなんだ。だからふたりを呼ばせてもらった」


「なるほどなるほど。まぁ、自己紹介も終わって立ち話もなんですし、クジラ氏とエレクセリア嬢も、どうぞお席に。……ライゼン氏」


「ハレルヤ、そのキモい呼び方はやめろ。殺すぞ」


 ライゼンはテーブルから足を降ろすと、テーブルの上の土汚れを手で払い落とした。


「これでいいだろ。おーい! 注文だ!」


 ライゼンが店員を呼ぶ間に、ハレルヤが空いているイスを引いてエレクセリアを座らせ、クジラも残りのイスに座る。


 ハレルヤは帯剣した女性にも席を勧めたが、断られた。

 彼女はエレクセリアの護衛らしく、後ろで控えておくとのことだ。


 乾杯用のビールといくつかの料理を注文し終わると、ハレルヤがニコニコしながらクジラの肩を叩いた。


「それで、クジラ氏はどこでこんな可愛らしいお嬢さんとお知り合いになったのかな?」


「ああ、日雇いで馬車の荷積みをしていたときに、ちょいとあってな」


 クジラの言葉に、エレクセリアもこくりと頷く。


「それから何度か個人的にお願いをきいていたんだが、今回のはライゼンとハレルヤにも声を掛けとったほうがいいと思ったんで、この場を設けさせてもらった」


 するとクジラの説明を聞いたライゼンが、目付きを険しくした。


「ちょっと待て。お前、そのお願いってのはちゃんとギルドを通して受けてたのか?」


 ライゼンの言うギルドというのは、トリビア王国国営の探索者ギルドのことだ。


 探索者ギルドに加入していない者は原則として国や地方の領主が管理するダンジョンに立ち入ることができない。


 また、探索者ギルドは個人間依頼の仲介も行っている。

 他のギルドを通さないような雑多な活動依頼などで、後々揉めないようにギルドが間に入ってくれるのだ。


 そしてライゼンたち3人は、全員探索者ギルドに加入している。


 3人で活動したり、はたまた勝手にバラバラで働いたりすることもあるが、基本的に何か仕事をするなら探索者ギルドを通すべき立場である。


「いいや。依頼ではなくてお願いだからな。あくまでワシ個人が、知人のお願いを聞いていただけだ」


 その言葉を聞いて、ライゼンがテーブルの下でクジラの足を蹴った。

 ガツンと骨まで響くような音がして、エレクセリアが身をすくませた。


 ハレルヤもライゼンを止めない。

 今の話では、クジラのほうが悪いからだ。


「それでもカネはもらってんだろ。今回は俺たちも巻き込もうってんなら、そこはちゃんとしろよ」


「しかしだな、ライゼン」


「しかしもお菓子もねーんだよ、ボケが。それにお嬢ちゃん、アンタもアンタだぞ」


 急に怒りの矛先が変わり、エレクセリアが驚く。


「わ、私ですか?」


「アンタがどういうつもりでクジラにお願いしてたのか知らんし、俺たちに何をお願いをしに来たのかも知らんが、少なくともアメ玉ひとつで肩たたきをさせたいわけでもないんだろ」


「は、はい」


「だったらちゃんと通すべきところに話を通してくれ。言っちゃ悪いが、こんな安酒場で俺たちみたいな人間相手にギルドを通さずこそこそお願いするなんて、やましいことがあるって言ってるみたいなもんだぞ。後でなんかあったときに、困るのはアンタやアンタの親父さんじゃないのかよ」


「……それは、」


 エレクセリアは言葉に詰まる。

 今ライゼンに言われたことは、まったくもって正論だったからだ。


 後ろで話を聞いている護衛の女性も、この男からこれほどちゃんとした話が出るとは思わず、目を丸くしている。


「お待たせしましたー。ビールですー」


 そこに、店員がジョッキを持ってやってきた。


 ライゼンは口を閉じると、その後の料理が揃うまで口を開かなくなった。


 クジラは困ったような顔で腕を組み、ハレルヤはクジラとエレクセリアの顔を交互に見ている。


「…………」


 そしてエレクセリアもまた、口を閉じてうつむいたまま、じっと時が過ぎるのを待っている。

 エレクセリアには、酒場の喧騒がどこか遠いところのことのように感じられた。


 やがて料理が出揃うと、ハレルヤが口を開いた。


「ライゼン君。僕は、一度話を聞いてみてもいいんじゃないかと思うよ」


 思わぬ援護射撃に、エレクセリアがパッと顔を上げた。


「ギルドに話を通すべきかどうかも含めて、話を聞いてから決めてもいいと思う」


「……あとで面倒なのは御免だぞ」


「うん。そこはまぁ、大丈夫そう。それに、……エレクセリア嬢にも、色々事情がありそうだ」


 ライゼンが視線を向けると、意を決したように、エレクセリアが口を開いた。



「祖父の墓を、暴いてほしいのです」



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