プロローグ
自由ってなんだろう。僕は社会の先生が話しているのを2割ほど聴きながら残りを聴き流し、窓の外を眺めていた。鳥は自由に空を飛んでいる。魚は自由に川や海の中を泳いでいる。じゃあ陸は?陸を自由に歩いたり走ったりしているのは誰だろう。全生命ピラミッドの頂点に君臨している人間だろうか。・・・何か違う気がする。
そもそも人間が一番自由ではないのではないか。ルールに縛られて、何をするにも金銭という対価が必要。その金銭を手に入れるためには働かなければならない。その仕事も自由に選べるわけでもない。相応の能力が必要だ。・・・いや、これもきっと俺が自分を自由だと思いたくないから述べているだけの屁理屈だ。でも気に食わないから人は無しとしよう。
では一体誰が陸上で最も自由なのだろうか。虫?いや、常に命の危険に晒されているんだ。それはないだろう。ヘビ?トカゲ?いやいや、虫とさほど変わらないだろう。それなら一体誰が・・・。いや、答えならとっくに出ていた。自分が気に食わないから認めたくなかっただけだ。彼らは昔 俺の家にも時たま来ていた。そして食事をもらい、昼寝をし、くつろいで出て行くのだ。
「そういうところが好きだけど、嫌いだ。」
その小さな独り言は、授業の終わりを告げるチャイムに飲まれて消えた。
休み時間には、クラスの中で明確にグループに分かれているのが見て取れる。目立ち易いグループ、逆に目立たない大人しいグループ、その中間のグループ。俺が属しているのはおそらく中間のグループだ。
「なあ蓮、お前はこのクラスならどの子が好みなんだよ。」
そんなことを聞いてくるのは前の席の明智健太だ。見た目はそこそこいい方なんだが、中身が小学生なのが残念だ。まあ、小学生にしてはませているような気もするが。
「このクラスにはいないよ。てかその話この間もしたぞ。」
恋愛には全く興味がない。というわけでもないんだが、どうせ「彼ら」と一緒で女子は俺には見向きもしない。だからこっちから期待はしない。あんな思いはもうこりごりだ。
「ちなみに俺は芹沢成実かな。顔もかわいいし、スタイルもいいしな。」
たしかに彼女は顔立ちもかわいらしいし、グラビアアイドルでもできそうなスタイルの持ち主だ。いつも笑顔で、男女両方に人気のクラスのマドンナ的存在だ。
「そっか。おまえが目をつけたんならあの子も要注意だな。」
健太がこれまで交際してきた彼女は、どの子も変な子ばかりだった。束縛の激しすぎる子、虚言癖のある子、表裏のギャップが激しすぎる子。そう考えると、あのマドンナ的存在の芹沢成美にどんな裏があるのか、知りたい自分もいる。
「今回は絶対あたりだって。裏表のない正直でいい子に違いないぜ。」
「どうだか。付き合えたら報告待ってるよ。」
「まかせとけ。それでお前はどの子だ?」
話を逸らせたつもりだったのに、忘れてなかったか。
「俺は委員長かな。束縛もしなさそうだし、正直だろうし、表裏も無さそうだしな。」
もちろん本気ではない。狙っている人もいないわけではないだろうし、かわいい方ではある。そんな子を挙げれば、こいつも納得するだろうと踏んでのことだ。
「あー、瀬戸口か。なるほどね。お前また適当に答えただろ。」
エスパーかこいつ。ていうか委員長に失礼な気もするが。
「ま、いいけどさ。本気で好きな子できたら絶対相談しろよな。そこらの男子より経験あるし、頼りになるだろ?」
「変な女収集機の経験はあてにはならねーだろ。」
「顔はよかったんだけどなあ。中身がな・・・」
健太が元カノの話をしようとしたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。そして五時限目の授業が数学という事実に絶望した。
最後の六限目は全校集会だ。俺にとってはただの睡眠時間にすぎない。最初の号令を済ませていつものように眠っていると、すこしして周囲が騒がしくなった。特に興味があったわけでもないがなんとなく顔を上げてみると、新しい生徒会のメンバーを発表するようだった。生徒が数人ステージに上がっている。
「第108期生徒会会長に就任しました、月城凛です。先生方や地域の方々、生徒の皆さんのお力をお借りしながら、よりよい学校生活の実現を目指して努力いたしますので、どうか1年間よろしくお願いします。」
そう言って彼女が礼をすると、体育館全体から大きな拍手が巻き起こった。まるで、あなたこそふさわしいとでも言っているようだった。
その後もほかの生徒会役員や委員会の委員長の紹介があったが、それらに対する拍手はさっきのものに比べるとどこか適当に感じた。まあ、早く終わってほしいのは俺も同じだが。横に立っている男性教師たちは、生徒会長に見惚れている。鼻の下、伸びまくってますよ。
全校集会が終わって教室への帰り道、健太が後ろから追いついてきた。
「生徒会長、綺麗だったなぁ・・・」
お前もか。たしかに美人だったけど。
「やっぱ年上の美人なお姉さんって最強だと思わないか?」
「お前、芹沢さんのこと好きだったんじゃないのかよ。」
「そりゃあ好きさ。けど、芹沢と会長じゃあジャンルが違うだろ?芹沢は可愛らしくて愛され系、会長は綺麗で凛としたクールビューティー。どっちもいいよなあ・・・。正直選べないな。」
お前に選ぶ権利はないだろうに。
「なあ、蓮はどっち派なんだ?もし付き合うなら。」
べつに、どっちが好きなわけでもないし、嫌いなわけでもない。でも、もしどちらかと付き合えるなら・・・
「会長かな。」
「おっ、いいじゃんか。ひょっとして俺に気を遣ってくれたのか?」
健太に遣う気なんか1ミクロンも持ち合わせちゃいないが、そういうことにしておけば都合がいい・・・わけでもないな。それじゃ芹沢さんのこと好きみたいだ。
「違うよ。みんなに聞けば1:1に分かれるんじゃないか?」
「よーし、じゃあ芹沢か会長か、勝負だな!」
そう言ってほかの男子のところに駆け出していった。芹沢さん、会長、なんか勝手に投票で勝負させられてる。ごめんなさい。明日の朝には集計、終わってると思います。