吸血姫ちゃん、クビになる
「君はクビね」
一日に終わりに店長から告げられた言葉の意味は私にはわからなかったが、隣りで盛大に肩を落としているソフィーを見るに、いい意味ではないのだろう。その状況から、クビとは解雇通告なのだと察するには難しくない。
「大きな問題にならなかったのが不思議なくらいだよ。俺の店で問題とかホント勘弁してほしいから」
「ですよねー」
ソフィーも仕方ないことだと半ば諦めている。コンビニの店員の態度としてあるまじきものだったそうだ。決められた仕事を遂行する能力のみを求められており、吸血鬼に対する態度の教育とかそういう無用な客への干渉がよくなかったらしい。
「よくお伝えしていなかった私が悪いんです。シシィ様がまさかこういう形でポンコツだと思いもよりませんでした」
「私の長い生涯でポンコツと称したのはあなたが初めてよ。教育が必要かな?」
「そういうとこですよ! 今は何でも力で解決したらダメなんです。ネットで晒されて社会的に殺されちゃうんですから」
権力者でなくても、何でもえすえぬえすというのを使えば瞬く間に情報が世界中に伝わって、不道徳的な行動をした者へ大人数で粛清が始まるという。誰が先導するでもなく、正義感という名の大義名分で民衆が勝手に立ち上がってすでに闇に葬られた数は数えきれないという。
かつての悪魔裁判(悪魔族によって魔物の増加を魔法を使って人為的に操作したり、獣牙族を凶暴化させているという噂が原因で、悪魔族と獣牙族を中心に激化した種族闘争)のようだ。あの時は噂の出所の地域が限定されていたからそのだけを根絶やしにすれば解決できたけど、世界中に広がってしまえば暴動の根絶にも手を焼くし厄介になったものだ。
「一応今日の分の給料は、次回の私の給料に上乗せしていただけることになりましたけど、やっぱりシシィ様は働かずに家で待っていただいた方がいいかと」
「でもそれじゃあいつまでもダンジョンのライセンスまでお金貯まらないし、ソフィーの生活の質も上げられないわ。私の姿を戻せるくらいの魔力補給もしたいし」
「やっぱりダンジョン行くの諦めてないんっすね。私の生活の質は後回しでもいいんですけど、シシィ様の魔力の回復には協力したいです」
魔力の回復をするには手っ取り早いのがお肉を食べることだ。特に魔力の宿った肉ならその分回復も早い。だけど、そういうお肉はいつの時代も値段が張る。しかも定期的に食べない回復した量よりも消費量の方が上回ってしまうから、やっぱりダンジョンみたいに一攫千金で大量に稼げる仕事が一番望ましい。
「吸血鬼なんですから、魔力補給って血じゃダメなんですか? 例えば私の血を吸うとか。それとも吸われるとやっぱり眷属になってヒトじゃなくなるとかあったりします?」
「別に血を吸ったからといって眷属になるとかないわ。眷属にするには色々手順もいるし、何より同意がないとできないし、魔法で生み出した方が早いし」
一応吸血によってその相手が同意するなら、私への絶対服従の眷属へとすることもできる。眷属になれば吸血鬼よりは少し劣るけど、力も魔力も上がって不老不死な存在へと種族が進化する。ただ何気ない一言や冗談でも命令だと思い込んだら必ず実行しようとしちゃうしで、いうことを聞く不器用な人形みたいになるのでそんなに好きではない。
眷属なんて作らなくても、魔法で動物とアンデッドを呼び出せるから労働力としてわざわざ吸血してまで作る意味はなかったし、身の回りの世話もソフィーがやってくれていたし。
「じゃあ私の血を吸えば解決じゃないですか?」
「解決するかもしれないけど、ソフィーは死ぬわよ」
「え゛!」
潰れたカエルみたいな声を出してソフィーは固まった。
「今飢えているから歯止めが利かないのよ。それにソフィーの血じゃ全部飲み干しても一瞬元に戻れるくらいしか回復できないからの無意味も薄いの」
「私ていどの血ではシシィ様の腹の足しにもならないってことですか」
「勘違いしないで。私の魔力を補給するには、多分ここらへん全員の血でも足りないの」
吸血鬼の中でも至高の吸血姫たる私の魔力量は膨大で、それこそ無尽蔵だと思われていたくらいだ。それがこの2000年の睡眠でほぼゼロまで枯渇してしまったのだ、血を吸って解決する段階ですらない。
「それに、ソフィーには私の世話をしてもらわないといけないんだから。血を奉げるなんて誰でもできること求めてないの」
ソフィーの血を吸うのは絶対になしなの。何代かに一人、熱心に血を吸うように懇願するソフィーが現れる。自分の血まで私に捧げることをとても尊く思ってくれるのだけど、私にとって吸血は別に神聖なものでも価値があるものでもない。感覚的に、おやつをたべるのに近い。別に必要ないけど、美味しいから血を吸うみたいな。そんな娯楽だ。
私のソフィーは食べ物じゃないわ。私が見つけた世話を焼いてくれる特別な人族なんだから、私の隣りにいることに誇りをもって侍女として働いて欲しいものだ。
まぁ、あんまりにも熱心だから一度飲んであげたのだけどね。でもそれが間違いだった。吸血行為って、される方はすごい快感があって癖になってしまうそうで、そのソフィーはその日からより熱心に血を吸って欲しいと求めるようになってしまった。
最終的には飲食物に自分の血を混ぜるまでになってしまったので、かつての先代のソフィーの鬼の矯正指導を経て、何とか吸血されたい衝動を抑えられるようになった。あの時の過ちを、二度と繰り返すわけにはいかない。
特に今は魔力が枯渇していて、そんな過去がなくても吸ったら冗談ではなく本気で殺してしまう。今のソフィーには馬鹿な考えが芽生えないようにしないと。
「根本的な解決のためにも、他の働き口を探さないといけないわね」
「いやー、現実問題厳しいと思いますよ。コンビニの接客でさえまともにできないんですから」
「それでも自分の魔力回復文くらいは稼がないと、ソフィーの稼ぎには期待できないし」
「うぅ、甲斐性なしで申し訳ないっす」
「あなたの養うのは本来私の役目なんだからそこで凹まなくていいわよ」
そうだ。侍女に給金を与えるのはその主である私の役目だ。一度の解雇でめげている場合ではない。いずれソフィーには私の世話だけしていれば生活ができるように、最終的には劣等種たちが勝手に金銭を献上するような仕組みを作るためにも、今は行動あるのみ。
「一応、アルバイトアプリでシシィ様が募集できそうなバイトをいくつか募集しておきましたから、この後面接に行きましょう」
「よくやったわソフィー。早速向かいましょう」
ソフィーに連れられて、飲食店や似たようなコンビニなど様々なアルバイトの面接を試みた。結論から言えば、全部落ちたわ。
「学歴がないというか、入学できない子供はちょっと……」
まずは見た目、幼女形態であるためまずここを理由に断られる。見た目よりも年齢が高いことを伝えても、身分証明ができるものがないため信用されない。信じてもらえても、一見して子供の私が働いている光景は、その店に子供を働かせているようなあくどい店、という評判がつきかねないと理由もあった。
クレームとか、そういうのが世間では厳しいそうだ。
「じゃあまずは、元気にいらっしゃいませーって挨拶できるかな?」
「ふっ、よく来たわね。劣等種共」
「あー、うん。そういうキャラもあるよねー」
面接を担当している小太りの獣牙族の青年が、耳をへたっと垂らして困惑していた。
次に接客態度。見た目については、私は幼女形態とはいえ美しいので、そんな私が店にいれば潤いを与えて集客効果が見込めると画策した見る目がある者もいたが、この接客態度でダメだった。
私の中では昨日まで宮殿暮らしだったため、態度の節々から支配者然としたオーラが出てしまう。言葉もこのようにしか生まれて来てから話したことがない。もてなす側の客に対しての態度ではないと、言葉を濁されたが断られてしまう。
「じゃ、じゃあ、お金払うから踏んでもらえる? ふぅふぅ」
「いけませんシシィ様! ここは如何しいお店です!」
荒い呼吸をする悪魔族の眼鏡をかけた男性から、ソフィーが私を引き離す。
見た目、態度もクリアしたとしても、今度は私の魅力が強すぎて相手がおかしくなってしまう。元のサイズならまだ世間の目を寛容だと思うが、今の幼女姿では犯罪者を量産してしまう。
「素足じゃなくていいから! ソックスを履いたままでいいか!」
「ええい! 近づくんじゃねえ変態が!」
四つん這いの状態でブヒブヒと私の足に縋りつこうとするのを、ソフィーが蹴飛ばす。普段はおどおどしているが、中々に勇ましい。
「幼い姿というのも考えものね」
「いやー、姿だけのせいじゃないと思いますけど」
数日に渡って挑戦したが、結果は変わらず全て落ちた。身分証もない上に見た感じ幼女というのは、働くうえで大きな障害となるようだ。
私の国では子供でも強ければ何とでもなったものだけど、それこそ冒険者になって魔物を倒して報償をもらえば生活できた。子供の一人立ちも早かった。
アルバイトを探しながら街の中をソフィーと随分歩いたが、スラムもなく物乞いも姿がない。支配種族がなくなってどういう変化があったかはわからないが、誰一人飢えることのない様子は人々の生活の水準を大きく向上させたのだと思い知らされる。
子供が働けないのではなくて、子供が働く必要がない世界になったと考えれば、多少は気分が紛らわせる。
「シシィ様。あんな如何わしい男がいる店で働くのだけはやめてくださいね。私のシフト増やしますので」
「貧窮しているわけじゃないのよ。それに関係なく、この身体は誰だって触れていいものじゃないわ」
私のかつての美貌は、姿を見せるだけでも金が発生すると噂されていたほどだ。私に謁見したいがために、大金を支払う者が種族男女問わず後を絶たなかった。そんな吸血鬼繁栄の象徴たる吸血姫の柔肌に、あの程度のはした金で踏んで欲しいとは身の程を知って欲しい。
「私に気安く触れて良いのはソフィーしか許してないわ」
「おっ、でゅ!」
「何咳込んでるの?」
目に涙を浮かべて赤面して咳込むソフィーの背中を撫でてやる。当世のソフィーはしばらく私がいないせいもあって世話が焼ける。
昔は一々世話する度に許可を得ようとしたから面倒になって、ソフィーにだけは触れていい許可を出したのよね。毎日飽きもせずに私の髪を結って色んな髪型にしていたのを覚えている。
そういえば、最後に会ったソフィーも髪を触るのも触られるのも好きだったわね。
「ソフィーも触りたい、髪」
「か、髪ですか?」
「ええ。前のソフィーは私の髪を触るのが好きだったのよ。色んな髪型にしてくれていたの」
「ええっと、すみません。髪を弄るのは得意じゃないです」
「そうなの? 確かに、あなた短いものね」
短いソフィーの髪に触れる。前のソフィーは私と同じくらい長くしていたけど、ラフな格好を好む目の前のソフィーは、手入れの面倒さが手伝って短くしているのだろうか。
「シシィ様は、長い髪がお好きなんですか?」
「ん? 長さに興味はないわ。私はソフィーの髪が好きなのよ」
私と同じ艶のある黒い色。当時は珍しく、種族によって黒髪の子供が生まれるのは凶兆だと言うところもあったけど、私が支配してからはそんな価値観は消してやったけど。
「そ、そうなんですね」
ソフィーは顔を赤らめながら、でも伏し目がちに私を見ていた。私に触れられたところを自分でも撫でながら、自分の中で葛藤があったようで何度も首を振ったり頷いたりを繰り返していた。
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現状の評価を鑑み、作品としてのクオリティが低いと判断いたしました。一度更新をお休みし構成から内容を見直そうと思います。ある程度修正したものを書き溜めましたら更新しますので、その時までお待ちいただけたら幸いです。
作品の削除や未完のままにするつもりはありません。再開時期については未定ですが、目途がついたら何らかの手段で報告しますのでお待ちください。