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吸血姫ちゃん、働きたい

「ならば、私も働くしかないわね」


 人族のソフィーなら就ける職が少ないかもしれないけど、吸血鬼の私なら魔力も申し分ないはず。


「ええ!? シシィ様が働かれるんですか!? そんな恐れ多いですよ!」


「そうは言ってもあなたが働くのは限界があるんでしょ?」


 私なら魔力だけでなく力だって獣牙族よりも強い。吸血鬼はどの種族よりも上の存在。他種族にできて私にできないことはない。


「あとちょっと失礼を許して欲しいのですが、シシィ様の今のお姿では……」


 DOGEZAのままのソフィーからの指摘に改めて私は自分の姿を見てみた。おっぱいが無くなったショックで意識的に見ないようにしてたけど、自分の現状は正確に把握しないのはあらぬ危険を招くこともある。元の姿と違ってできなくなったこともあるかもしれない。


「どうやら魔力をかなり消費してしまったのが原因なようね」


「それって大丈夫なんですか?」


「命に別状はないわ。消耗しすぎた魔力を補うために生命エネルギーを代用したみたい。で、エネルギーを節約するために身体を小さくしてしまったようね」


 棺には衝撃を受けても内部に伝わらないように魔法で内部の空間を固定化していたから、2000年間その魔法を維持していたら流石の吸血鬼の中でもより優れている吸血姫の私だとしても、魔力が尽きかけてしまったのだろう。


 もう魔法を使ってないし、さっきかっぷらーめんも食べたから魔力は回復しつつあるけど、元の姿に戻るには全然足りない。簡単な魔法が使える程度だ。


「力も、かなり落ちてるわね。流石に獣牙族には負けるかもしれないわ」


 無駄な肉がないすらりと伸びた美しい腕だったものが、今や幼子の細腕である。魔力で色々と補助はできるけど、身体の体積が小さすぎるのと魔力が減ってしまったのも相まって、力でも速さでも獣牙族には勝てない。


「えっと、人族にも勝てないと思いますよ? 私よりも小さいんですし」


「……ソフィー、少し手を出しなさい。握手よ?」


「はい、わかりました。うわー、手がちっちゃくてすべすべだっだだだだだだっ!」


 失礼なことを考えていたソフィーの腕をそのまま捻り、床に這いつくばらせる。例え幼女になろうとも、人族の女に力で負けるわけがない。私はただの吸血鬼ではなく、より高尚な吸血姫。幼女になっても完全無敵である。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 吸血鬼舐めてました!」


「わかればいいの」


 泣いて謝るソフィーを解放してあげると、顔に床の模様がくっきり跡として残っていた。


「ですが、シシィ様には身分証明書もないのでやっぱり普通に働くのは難しいですよ?」


「ギルドに行って冒険者カード作ればいいじゃない」


「ギルドがあったのは600年前くらいですよ。大気汚染と環境の変化で魔物の住処が減って、ユグドラシル平和条約で冒険者という職業は廃止されて、魔物の狩猟は違法になったんです」


「いやいや! 魔物は絶滅させてもよくないか!? あやつら害獣だよ! あらゆる種族の敵!」


「悪魔族の中には魔物を祖先とする思想があるようで、獣牙族や妖精族も似た考えだそうです」


 2000年という時の中で思想までも大きく変わってしまったらしい。私の時代では、悪魔族は魔物の仲間として迫害されていた歴史もあって、魔物に対して一番排斥的だったというのに。それが保護するようになるなんて時の流れというのは不思議なものだ。


「一応魔物同士の生態系があって、何らかの種が絶滅した時に与える影響が不明だっていうのがあるんです。有名なのでゴブリンを根絶した時なんですが」


「ゴブリン絶滅させたのか!? すごいな!」


 ゴブリンは戦闘力はそれほど高くなく、人族でも十分に駆除できる魔物だ。だけど、繁殖力が異常に高く道具を作ったり使用する知恵もあり、女性や子供のような力の弱い者を好んで狙うという非常に悪性の強い魔物だ。


 私も何度も部隊を編成して大量の駆除を試みたが、山を二つ三つ一緒に吹き飛ばしても一年もせずに姿を見せていた。そんなゴブリンを根絶できたのは素直に賞賛を送りたい。よくやった。


「まぁ、ゴブリンは確かに見なくなったんですが、そのせいで魔猪や魔狼が大量に発生して農村部や妖精族の里で大変な被害が起きたんです。後の研究でゴブリンが魔猪や魔狼の間引きに貢献していたことがわかったんです。それもあって魔物根絶には否定的な種族が多いんです」


「面倒な話ね。魔猪や魔狼が増えたならそれも根絶させたらいいのに」


「どこかの種族が一方的に損を被るのがよくないんです。魔物の被害なんて立ち入り禁止の山や森の奥にでも踏み込まないと起きませんし」


「でもそのせいで冒険者カードも作れないのよね? 私の身分証ってどうすればいいの?」


「えっと、普通は生まれた時に届け出をするものなのでそれがないと、権力者のコネとか?」


「ちなみに、ないとどうなるの?」


「シシィ様の場合、不法入国を疑われて強制退去でしょうか? 帰る国ないですけど」


 想像以上に私の立場不味いかもしれないわね。管理が行き届いているとも言えるから、文明の進歩としては喜ばしいことなのだろうけど。


「年齢は、種族間で見た目が大きく変わるので幼女姿でも誤魔化せますけど、やっぱり危ないですしシシィ様に働かせたなんてご先祖たちからどんな祟りがあるか」


「安心しなさい。人族は死んでも幽体を維持できる魔力もないから。ソフィーたちは安らかに眠っているわ」


 ゴーストやスピリットという霊魂の魔物は、特定の環境で魔力が高いものが死亡した場合にしか発生しない。幸か不幸か、人族のソフィーの先祖が化けて出るなんてことはありえない。


「それに仕事をした方が早く今の時代を知れそうだわ。2000年の変化を埋めないと」


「それなら、私のアルバイト先で一緒に働きましょう。緩いところですし、私の知り合いだと言えば身分証も誤魔化せるはずです」


「それはいい考えね。私もソフィーが一緒なら心強いわ」


 今日の会話だけでも2000年の変化のせいで私にはこの時代の常識がないことがわかった。ソフィーと同じ職場なら何かあった時にすぐにフォローしてもらえるし、私の世話もさせれるからちょうどいい。


「じゃあ、店長にシシィ様が働けるかどうか聞いてみます」


 そう言って、ソフィーは小さな板状の魔導機械に触れる。予想するに遠くの相手に連絡する機械なのだろうけど、手の平に収まる大きさで人族でも使えるほど消費魔力を抑えてあるなんて、魔導機械の発展は本当に感動ものだ。


「いいみたいです。明日一緒に行きましょう」


「便利な者ね。ありがとう」


「そうなると残る問題は、服装ですね」


 ソフィーの指摘は最もだ。今の私はブカブカのドレスを羽織っているような状態。かつては私の美貌を余すことなく引き立ててくれた赤いドレスも、この幼女形態ではより小ささを引き立ててしまっている。


「私のお古とかあればよかったんですが、残念ながらないんですよね」


「それには及ばないわ。見てなさい。あなたに改めて私の凄さを見せてあげるわ」


 収納スペースもないこの小さな家に住んでいるのに、今の私が着れるような服があるとは思えない。だが、服くらいならこの吸血姫の手にかかればどうとでもできるのだ。


 ブカブカの胸元の布を持ち、そこに指を這わせて文字を書く。私の得意な魔法の一つは物質への干渉魔法。棺を2000年間も朽ちらせることなく固定化できるのだから、ただの布のサイズを調節するくらいわけもない。


「これがシシィ様の魔法ですか。すごいっすね」


 みるみる内にドレスが縮んでいき、今の私にちょうどいいサイズになる。ソフィーは目を丸くして手を叩いて賞賛した。


 元が大人の私が着ていたドレスのせいで、幼女の私が着るには少しデザインが合わない気もするけど、優雅な私ならそこまでの違和感なく着こなせているでしょう。


「この通り、私には魔法があるからサイズは関係なく着れるわ。固定化の魔法で汚れだってつかないし」


「すごく便利っすね。私の服でもできるんですか?」


「できるけど、着ている間は魔力使うわよ? 服に直接書き込む魔法だから途中で解除とかできないから」


「人族には過ぎたる技術っすね。大人しく洗います。でも、流石に着回しできるように数着は今度買いに行きましょうね」


「そうね。私もこの時代のファッションに興味あるし」


 しばらくはこのドレスとソフィーの服を借りてサイズを調整すれば問題ないけど、ソフィーの持っている服はどれも地味で可愛くない。部屋着として使っているのもラフなもので、私の好みに合う物はなかった。


 ぐぅうううううううう。


 服の組み合わせを吟味していると、唐突に私の腹の虫が鳴った。


「さっき食べたばっかりですけど、お腹減ったんですか?」


「くっ、今日まで生きていてこんな辱めを受けたことはないわ」


 腹の虫を鳴らして空腹を訴えるなんて、飲食の必要がない誇り高い吸血鬼にあるまじき失態だ。中でも私はその最上位にして至高の吸血姫。お腹の音が鳴ったことにも、それを侍女とはいえ他人に聞かれるなんて。


「いいから供物を用意しなさい!」


 理不尽にソフィーに怒鳴った。ソフィーは私の内心を知ってか、はいはいと生暖かい目で見ながらお湯を沸かしだす。


「勘違いするんじゃないわよ! 今日は2000年ぶりに起きて魔力が不足気味だからその回復のために食事が必要なだけで、高潔な私に本来食事何ていらないんだから!」


「はいはい、わかっていますよ」


 早口の私の抗議も、ソフィーは手のかかる娘ね、みたいな反応をする。さっきまでの恐れ多いですDOGEZAな態度がない。私の威厳は、お腹の音一つで崩れ去ってしまったようだ。

9/11記載

ここまでの読んでいただきありがとうございます。一人称で書くのはやはり難しいですね。『お嬢様の犬』と並行して書いているので余計にこんがらがります。


コメディは自分では面白いと思って書いてますが、反応が見えないとウケているのかわからず羞恥に悶えて手が止まってしまうので、雑にブックマーク、評価、コメントをして励ましてくださると嬉しいです。

次話の更新は明日か明後日には、『お嬢様の犬』の更新が終わり次第着手しますので、活動報告をチェックしていただければと幸いです。

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