吸血姫ちゃん、現代に目覚める
シシィはまどろみの中で、意識がゆっくりと浮上していくのを感じ取った。眠りから目覚める感覚に、久方ぶりに思考を再開する。
(起きた、か。今回はよく眠ったような気がするぞ)
眠りすぎたことで気だるい頭で思考するのは億劫に思えたが、それでも覚醒していく意識に押し流されるように徐々に明瞭になる。
ずっと寝ていた身体も凝りがあるのか、血の巡りが悪いようで少し調子が悪い。ただそれも起きて少し解してやれば治るだろうと晴れてきた頭の中でこれからすべきことを簡単に思い浮かべていく。
そして、とりあえず棺から出ればいいや。あとはソフィーを呼んで世話を頼もう。そんな楽観的に考えて、思いっきり蓋に手を伸ばした。何か前よりも重く感じるそれがゆっくりと開き、ズズズと横へとスライドしていく。
「は?」
眩しさに目を細めて視界を広げれば、知らない天井だった。
寝室が違うことはよくある。清掃の都合なので起きた時に別の部屋に一時的に移動されていたなんてことはよくあった。だが、今回のは状況が大変に異なっていた。
「いつから、私の部屋は馬小屋になったの?」
宮殿にこんな簡素でみすぼらしい天井などない。電灯もその光量が乏しく何やら古めかしい紐がぶら下がっている。木目の板も年季を感じ黒く汚れている。
「え?」
その部屋にいた先客は、シシィを見て間抜けな顔をした。
「あなた、ソフィーよね? ここは一体どこなの? というか、何ですかその服装は?」
黒い髪の人間の少女に、シシィは怪訝な顔で説明を求めた。見慣れた世話係の侍従が、少し寝ている間に袖のない綿でできた薄い肌着に、丈の短いズボンの姿。もしかしたら休んでいる時間だったのかもしれないが、それだとしてもシシィに仕える侍従なら相応しい格好というものがあるだろう。
詳しく説明しなくてもわかるだろうが、シシィがソフィーと呼んだ少女はランニングのシャツにホットパンツという大変ラフな服装をしていた。
「……もしかして、あなたソフィーの子供なの?」
記憶よりも若干幼いように見える彼女に、さらにシシィは頭を悩ませる。いくら人間が短命だといっても、まさか世代が変わるほど眠るつもりはなかった。とんでもない失敗をしてしまったのかもしれない。
それでもソフィー(仮)の少女はあんぐりと口を開けて、零れそうなくらい大きく目を見開いてシシィを見ていた。短くあ、あ、あ、と何とか発声しようと空気が漏れたような声だけが漏れ、徐々に頬が紅潮していく。
「本当に一体どういうことなの?」
まさか、いくら眠っていたとはいえソフィーの家系の人間が仕える主の顔を知らないというわけはないはずだが、ソフィー(仮)がいつまでの説明をしないことにシシィは次第に苛立ちを募らせる。シシィを前にしてその魅力から上手く話せなくなる者は多々いたが、そういう者たちはこんな死体が突然動き出したのを見たような驚いた顔をしない。
「ん?」
そしてソフィー(仮)に詰め寄ろうとここで始めて立ち上がったシシィは、自分の身体に起こった違和感に気付いた。立っているのに視線が低い、座っている少女よりも少しだけ上で止まっている。
「な、な、な!」
違和感に下を見れば、久しく見えなかった自分のつま先が見えた。それも、まるで女児のような小さな足が。
「私のおっぱいなくなってるぅうううう!」
自慢だった豊満な胸が見る影もなくぺったんこになっていた。身体全体が、若返ったように縮んでしまっていた。ぶかぶかになって被っているかつてピッタリだったドレスが、寂しくなった身体には哀れに思えた。
「あぁああああああああああああああ! マジで復活したぁあああああ!」
ソフィー(仮)の少女も、シシィの大声に共鳴して頭を抱えて叫び出す。安アパートの一室で、2人の少女の絶叫が響いた。






