5.上原さん
なゆ、絶対怒ってるよな……
今日も早くに出勤する父さんを見送ると、僕はソファーに座り、ため息をつく。昨日も帰って来てからずっと同じようなことを考えていた。
それから何分経ったんだろう。ふと我に返ると、いつもならとっくに上原さんが降りて来ている時間だということに気がつく。だがまだ彼女の姿はない。
心配なので階段を上り、ノックをして呼びかけてみる。
「上原さん起きてる? そろそろ準備しないと間に合わないよ」
返事がない。
上原さん? ……開けるよ?
それでも返事が無かったため、ゆっくりと扉を開き、慎重に中の様子を伺う。
彼女が住むことになってから、初めて部屋の中を見る。数日前に荷物が届いた様だが、あまり生活感は無い。
「……上原さん、……なんで泣いてるの?」
彼女はベッドの隅で小さく座りぽろぽろと涙を流していた。その涙は、窓から射す太陽の光に反射して、僕の目に突き刺さる。
「すみません。なんでもないので大丈夫です」
僕に気づき、そう言って部屋から出ようとする彼女を僕は慌てて止める。
「そんな事ないだろ、足ふらついてる。一旦座って」
とりあえずベットに座らせ落ち着くのを待つことにした。今日の上原さんは、初めて家に来た時のように暗い顔をしていた。
あの時はどんなことを考えていたんだろう。
「今日、夢を見たんです。お父さんもお母さんも居なかったことになって、私だけが楽しく暮らしている夢を」
しばらくして落ち着いた上原さんは、1度僕を見てから話し出した。何も無いと言っても、僕に納得して貰えないと思ったのだろう。向かい合って立つ僕も、真剣に彼女の話を聞く。
「私は2人が死んで、辛くて悲しくてずっと泣いていました。
でもそのうち辛いことが辛くなってきて、何とかこの気持ちを忘れたいと思うようになりました。私は辛さから逃げたんです。
いつも通りに振る舞い、笑顔を作り、楽しそうにしていると、なんだかすごく楽でした。……」
「でも夢を見て気づいたんです。私は、辛さを忘れようとしてたんじゃなく、お父さんとお母さんを忘れようとしていたと。あんなに大好きだった2人を……」
無意識に拳を握りしめていた。なんで僕は、彼女を強い人だなんて都合のいい解釈をしていたんだ。
親を亡くす悲しみは僕がよく知っているはずなのに……
「ごめん、上原さん……」