1.彼女はなぜか家にいる
「……よってX+……になる……10の……」
ブツブツと念仏のように数字を唱える教師を横目に、窓の外を眺める。
この高校の周りは住宅街になっているため、2年になって教室が2階になると、景色が開けて見晴らしが良くなる。
やっぱり窓際の席は最高だ、などと考えながら僕は時間を潰していた。
「なあ裕司、まじでどうしたんだろ上原さん。今日も欠席らしいぞ」
隣の席の酒井竜一が、自分の1つ後ろの空席を見ながらそう呟く。
「さあ、大方風邪をこじらせたとかじゃないか?」
「そうだよなぁ……はぁ……」
分かりやすく落ち込み、分かりやすくため息をつく竜一。
どんだけ心配するんだよ、と突っ込もうとしたがやめた。返ってくる答えはなんとなく予想がつく。
「どんだけ心配すんのよ」
心の声が漏れたわけではない。
声の主は僕の1つ後ろの席に座る、肩にかかるくらいの明るい茶髪に大きな瞳が特徴の、北島なゆだ。
地味な制服も彼女が着たら不思議と華やかに見えてしまう。
気が強くてはっきり物を言うタイプの彼女とは、幼なじみで無ければ、同じ高校に居てもまともに関わる事なんてなかっただろう。
「北島は心配じゃないのかよ、もう3日目だぞ? この薄情者」
竜一は、大体僕が予想した通りの答えを返す。
「はいはい、いいからさっさと告っちゃいな」
軽くあしらって無表情で右ストレートを打ち込むなゆ。
「な……」
「酒井ってほんとにそういう所見かけによらずって感じよね、デートにも誘えないの? ちょっとは勇気だしなよ」
「高嶺の花って感じで喋りかけづらいんだよ。な、裕司」
罰が悪そうに話を振ってくる。
「そうだな」
軽く同意した僕も上原さんとは中学校から同じ学校で、何回か同じクラスになったことがあるが、まともに喋ったことはない。
「だよな、さすが俺の親友だ」
なゆの顔が一瞬曇ったように見えた竜一だが、気に止める様子もなく授業に戻った。
◇
授業が終わり、僕、文山裕司は、掃除当番でもなかったのですぐに学校を後にした。
梅雨が開けてまた一層暑くなったので、寄り道せず真っ直ぐ帰路につく。
10分程歩くと到着するごく普通の一軒家。
ふぅ。と一旦ため息を着いてから玄関の扉を開く。普段はなにも無い玄関だが、今日はそこに父さんの革靴と、もう1つ見慣れないスニーカーがあった。
父さんの連れのものだろう。やけに帰りが早いがその事と何か関係があるのだろうか。
そんなことを考えながら靴を脱ぎ、いつもなら階段を上って自分の部屋に行くところだが、少し気になるのでリビングに通じる扉を開く。
その音に気づき、長い黒髪を揺らしながら振り返るどこか落ち着いた雰囲気の女子。
「……なんでここに?」
「同じクラスなんだってな、上原千里さんだ。今日から一緒に住むことになった」
向かい合って座っていた父さんの言葉で、僕は驚いてしばらく声も出なかった。