魔を狩る者
どうして世界はこんなに不条理で満ちているのか。
俺は唸り声を上げる男の猿ぐつわを外すと、そいつが何か言葉を口にする前にその舌を引っ張る。そしてヌルヌル滑るそれを手放さない内に手にしたナイフで切断した。
男が叫び声を上げるとそれに合わせて再び猿ぐつわを噛ませ、頭を下に向けた。出血による窒息死を防ぐ為だ。
だがそんな配慮が必要ないようだ、血は簡単に止まる。恐ろしい回復力だ。
化け物め、俺は心の中で毒づく。もしこの力があれば妹は──。
こいつら魔法使いは精霊の力によって様々な術を行使する。それは何もない所にいきなり火を起こしたり氷で固めたりする術だ。
それ以外にも肉体強化や回復力を高めたりする物もあるらしく、恐らくこれもそういった物なのだろう。
だがこいつらは知らない、その精霊の力を無理やり行使する事でこの世界に何が起こっているか。
灰の森と言われている。精霊の居なくなった森、命のなくなった土地の事だ。そこの水は飲んでも人を癒さない、採れた作物も人の糧にならない。
それどころか──。
俺は椅子の背後にくくり付けた男の指を一本一本切り落とす。その度に猿ぐつわの下から男は妙な叫びと唾液を放出する。
別にこんな事がしたい訳ではない。だがこいつらを無力化するにはこんな手しかなかった。つまり舌を切り取って指を失くす事、これで魔法は使えなくなる。
出来れば殺したくはなかった、このまま生き地獄を味わって貰いたい。俺の精一杯の優しさだった。
次に切り落とした指を焚き木の火で焼いて行く、灰になってしまえば流石に元に戻せないだろう。未だに出血を続ける十本の指を火の中に放り込むと、火は少し勢いを留めたがやがてまた強く燃え出した。
十数年前に隣国で起きた戦争のせいで俺たちの住む森は精霊を失い、そして家族は命と魂を奪われてしまった。
どうしてこうなってしまったのだろう、両親は死に妹は今も苦しみ続けている。
どうして俺だけが平気な顔をして生き延びているのだろう。その理由は一つしかない、──復讐だ。
こいつらの言う正義や悪とやらの為に、犠牲になる者が居る事を思い知らせてやらなければいけない。
この男に恨みがあった訳ではない、俺は大人しくなった男に少しばかりの同情心を動かすが、その指の付け根が運動しているのを見て一瞬で青ざめた。
「化け物め……!」
俺は思わず毒づいた。焚き火の向こう側で一本の焦げた指が魔方陣を書いている、その形は爆発の──。