統合
映し出されたそれを読み取り、俺は困惑に首を傾げた。
目をこすり、最初から最後迄もう一度眺めるが、必要最低限の質実剛健、【信仰】の啓示にはそもそも見間違える余地など無い。
「……なんじゃこりゃ」
思わずと言った風に、今度は唇から言葉が漏れた。スキルと言うものは、生まれたその時に神から授かる賜物であり、後天的な取得は出来ず、ごく一部の例外を除いて一生涯変わる事はない。その筈だ。そして、最後に確認した時点での俺のスキルは、確かこんなものであった。
A:万能 Lv4 -BCDEFGHIJ
B:槍術 Lv2 A-CDEF**IJ
C:投擲 Lv2 AB-DEF**IJ
D:体術 Lv2 ABC-E***IJ
E:蹴撃 Lv1 ABCD-***IJ
F:工作 Lv1 ABC**-G***
G:算術 Lv1 A****F-***
H:対話 Lv1 A******-**
I:走行 Lv1 ABCDE***-J
J:跳躍 Lv1 ABCDE***I-
因みに、流石は神と言うべきか、それとも、複数の転生者から想像されるように、ここと地球に何らかの関係があるのか、俺に対する啓示はまんまこの通りである。別に日本語や英語がこの世界の古代文字とかではなく、他の人には普通にこの世界の文字で表示されているようだ。
なおLvの後ろの表は、スキル同士の連携の熟達を現すらしく、*から枠の記号に変化したものは、多少連携時の難易度や負担が減少する。また、特殊なスキルである為か、【万能】のみ初めから、全てが枠の記号に変化した状態にあった。
それが、今ではこうなっている。
A:万能 Lv4 -BCDE 備考:■■□□□/38%
+全技Lv-
B:流派 Lv3 A-CDE 備考:スカアハ流
+槍術Lv2/投擲Lv2/体術Lv2/蹴撃Lv1/工作Lv1/跳躍Lv1/走行Lv1
C:投矢 Lv1 AB-**
D:対話 Lv1 A**-*
E:算術 Lv1 AB**-
まず驚いたのは、スキル枠が半分の五枠まで減っている事だ。そして【万能】が暗転しており、追加された備考欄には進捗度らしきものが表示されている。加えて、減った五枠のそれを含めて計七種類ものスキルが無くなっており、差し引き空いた二枠には、備考に“スカアハ流”と記された【流派】なるスキルがLv3で、追記のない【投矢】なるスキルがLv1で、それぞれ追加されていた。
【万能】【流派】の熟練と備考の間に追加された、+の記号と幾つかのスキルを見るに、これは追記されたスキルが統合されたと言う事なのだろうか? もし統合されたスキル同士の重ね掛けが出来ないのなら、これはむしろ弱体化に思えるが。
また、【万能】に付記された【全技】に至っては、字面のアレさに加え、由来も分からなければレベルも無いと、一体何処から突っ込めばよいのやら、もう訳が判らない。
そして、時間切れか? 困惑する俺の目の前、映し出された【信仰】の啓示が霧散する。呆然と顔を上げ、同じものを見た筈の神官さんへと視線を向ける……と、同じく呆然、顔を上げた彼女と目が合った。
「おい、一体何があったんだ?」
そして、そう尋ねかける声。
二人、ただぼうと顔を見合わせる姿に、その心配が畏敬に勝ったのか? ホライのそんな問いかけに、俺たちははっと我に返った。
「あ、その……」
そしてヴィーさんが、直ぐになにがしかを言い掛け、その途中で詰まる。その眉根を顰めて、静止するようにこちらに片掌を向けた。残る片手で自分の額をトントンと、何かを思い出そうとしているような素振り。
それからややあって、彼女は諦めたように溜息を吐くと、こちらに跪き、両手の指を絡ませて聖印を結んだ。
「えー、なんと言いますか。到達者様、スキルの開眼おめでとうございます」
「……はい?」
そして、なげやり気味に紡がれたその言葉の、意味が解らず首をかしげる。
「だって、五十年か百年に一人、でるかでないかの椿事の為の聖句ですよ? そんなん、私が覚えてるはずないじゃないですか!」
「いや、そもそもそれ以前に……って、え? 到達者? 嘘?」
そんな俺の言葉をなにか誤解しているらしい彼女に、そう言いかけて、ふと気づいた。
到達者。神殿、というか、スキル関連の称号であるそれを、俺は知っている。
「……マジですよ、大マジ。
【流派】のレベルが、統合された一番レベルの高いスキルより増えてますよね?
シューさんの技が、新たなるスキルとして認められた為に上昇したんですよ、それ。
練達者ではなく、到達者である証です」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ給えよ。さっきから到達者、到達者って、それはよもやスキルマスターの事ではあるまいな?」
最低限の体裁すら取り払った口調でヴィーさんがそう答えると、遊び人に見えて意外に教養深い金髪が、震え声でそう問いかけた。
到達者――それは、自らのスキルの枠を乗り越えた者を指す言葉。一部の天才のみが限界を乗り越えて辿り着くと言う境地。グラの言うスキルマスターとは、その一般的な呼称であり、神に認められた技を持つ者、神の御手が降りた者として、ある種の信仰の対象になっていた。
そして、もう一つの“練達者”の方は、準“到達者”に与えられるらしいという以外、今迄実体が良く判らないでいた称号だが、彼女の口ぶりからすると、統合されたそれが既存の枠に収まった為に、レベルが上がらなかった者を言うようだ。
確か、ウチの隊長がその“練達者”様で、なるほど、やたらとスキルの使い分けや組み合わせが巧いとは思っていたが、どうやらそれはスキルが統合された結果であったらしい。
「いえ、そのマジですよ、コレ。
しかもこの追加された【投矢】もLv1ですから新しく神に認められたスキルの筈です。
良かったですね! 一度に二つも開眼されるなんて、過去の記録にも見たことありませんよ!」
とまれ、そんなグラの問いかけに、跪いたままの彼女は顔を上げ、ヤケクソ気味にそう頷いた。
「それにそもそも、なんなんですかこの【万能】って?
未取得スキルが統合されただけでも異常なのに、しかもそれが、今迄確認された事が無い【信仰】以外のレベルの無いスキルだなんて、前代未聞の意味不明ですよ!?
その上、剥奪されたわけでもなく、スキル枠が減ってるなんて……ほんっと、意味わかりません!」
そして、再び俯いて、そのままグチグチと……。最早本人にしか判らないだろう愚痴じみた言葉を吐きだす彼女に、蚊帳の外の二人が、ごくり、唾を飲み込む。そして、半信――否。多分、三信七疑位の物問いたげな目で、俺とヴィーさんを見比べるその視線に、溜息を吐いた。
「そんな目で見たって、こっちもさっぱり飲み込めてないんだよ。
俺にわかるのは、槍術と連携して使ってたスキルが、統合されてスカアハ流って【流派】に変わったのと、そのレベルが一番高かった槍術や投擲に1足した数だって事。そうしてできた空枠の一つに【投矢】Lv1が追加されて、残りが全部消えたって事位だぜ」
後は、槍を放ったあの時に気絶したり、未だにその後遺症が抜けきらなかったりするのは、恐らくその負荷ではなく、一度に七つものスキルが統合されたり、未だ処理中と思われる【万能】が悪さしたりしたせいなんだろーなーと言う憶測位か。
使い手の技術を補ってくれるほどではないのだが、“スキル”は使おうとさえすればある程度その権能が理解できる様になっている。だから、後遺症と現在進行形でかかるこの負荷が収まりさえすれば、もう少し詳しい事も分かるのだが……。
「だからまぁ、もうちょっと詳しい説明があるか、謹慎が解けて訓練に参加できるようになるまでは、これ以上は何も言えねぇよ」
そう言って、ちらりと視線を向けると、グラは困ったような顔で、ホライは心配そうに、跪いた姿勢のままに頭を抱えている神官を眺める。
「……なぁ、シュー。ヴィー様はいつもこんななのか?」
そんなホライの問いかけに、首を横に振る。
「いや、流石にそれはない。
……俺なんかが間違えて到達者になったのが、そんなにショックだったのかね?」
俺と彼女とは、全く知らぬ仲と言う訳ではない。何時もであれば、祝福するか、あるいはそれをネタに揶揄うかのどちらかだと思うのだが、或は到達者と言うのは、神官達にとってそれほどまでに重い称号なのだろうか?
「俺は、無理もない話だと思うがね。
なにせ、この近辺のスキルマスターと言えば、御伽噺の英雄が最後だった筈だ。
あの隊長ですら、剣聖の影を踏む事しかできなかったのだよ」
そんな自嘲に、グラは苦笑交じりにそう答えた。
確かに、上位種の牛頭人をただ一人で倒したウチの隊長を含め、強いと噂される戦士の名は、地方ごと一人か二人は聞くが、その中に到達者の噂が流れた者はと言えば、非常に少ない。それこそ近年では、今彼が名前を挙げた、央都の剣聖位のモノだ。
そんな称号を、兵士歴二年のぽっと出が何かの間違いで手に入れたりしたら、それは流石に呆然とするか?
自嘲を苦笑と納得に変え軽く頷くと、それを待ったかのように、ぽつり、呟く声がした。
「御伽噺の英雄……臆病な勇者様、か」
遠い目で紡がれたその名は、この地で語られる御伽噺の、名も伝わっていない剣士のそれだ。
かつて、この地に大攻勢を掛けた混沌に対し、決して正面から戦わずに足止めに徹する事で軍を支えて、中央軍の到着までこの地を護り切った英傑。愚かな上司から逃げ続けた為に臆病と呼ばれ、後の世にパルクールの技術を残した、転生者と思しきもの。
彼は、障害を乗り越え走る【パルクール】と身を守りながら周囲を把握し命令する【前衛指揮官】の二つに開眼したと言われている。
「ああ、そうだ。もう何百年か前のスキルマスターで、周辺地域の兵士を束ねて、この地を纏める領王となった方だよ。
それに、他の地にしても似たり寄ったりで、今の時代にそう噂されているのは央都の“剣聖”様位、それも、初老に差し掛かってからの話だ」
「……随分とまぁ、詳しいな、グラ」
驚いたようにホライが言うと、グラは照れ臭そうな笑みを浮かべた。
「ああ、今迄に話す機会が無かったが、私は、昔からこういった話が好きなんだ。
そもそも領都からこの街に来たのも、一介の衛兵から始まり、剣聖流を修めるに至った隊長にあこがれたからでな」
剣聖流を修めた――先の言葉を踏まえると、隊長はスキル統合で自らの流派を起こせず、剣聖流のスキルを得たと言う事か?
「とすると、もしかして【流派】の事も知っているのか?」
「知らない事も無いが、その辺りは本職の方に尋ねた方が良くはないかな?」
そう言って顎で示す男に、俺たちの視線が、自然、奇行に耽る神官へと集まった。
なんとも困った顔で顎鬚を撫でつける大柄に、肩を竦めて溜息を吐くグラ。
……知り合いなんだろ? 何とかしろよ。
何よりも雄弁に態度で示す二人に、頬を掻いて苦笑で返す。
「……ええと、ヴィーさん。
時間が大丈夫なら、まだ幾つか聞きたい事があるんだが……」
身を乗り出してその肩を叩くと、
「わひゃっ!」
百年の、恋も冷めそうな怪鳥音。驚き慌て、その首を振って避けた彼女の、麦穂髪が丁度そこにあった俺の顔を撫でた。
「わぶっ」
慌てこちらも身を引いて、ずきり、痛む頭を両手で抱えれば、流石の敬意も溶けて消えたか、髭のホライが困ったようにこう溜息。
「……二人とも、混乱するのも分かるが、もうちょっと落ち着けよ」
「ああ、すまん」
「こちらこそ、すいませんでした」
見合った二人、ペコリペコリと頭を下げ合うと、傍らのグラから耐えかねた様な含み笑いが落ちてきた。
「全くの同感だ。見ていて楽しくもあるが、こう繰り返されては話も進まない」
その言葉に息を吐きだし、口に歪んだ苦笑い。そうして周りを見回すと、未だ彼女は地に足を付き、兵士二人もE調理器具という為体だ。
さて、備え付けのスツールは取りに行けばまだあるが、兵士二人の筋骨に豊かな母性、加えて調理器具ともなれば、流石に少々手狭だろう。
「いや、焦っているとは、自覚していたつもりだったんだがな」
だからとまずはそう言って、神官さんに隣のベッドを、続いて二人に着席を促した。